隊長が猫になりました、と聞いたら普通は、現世で言う、マスコットとしての猫が隊長に就任している図を想像することだろう。しかしそれならば、隊長が猫に、ではなく猫が隊長に、と書くべきだ。そう、即ち。
本当に、隊長が、猫に、なってしまったのだ。
「妖術やって。笑うてまうわぁ」
重は白くてふっくらした両方の前脚を掴んで、にやぁと人の悪い笑みを浮かべた。重の膝の上には、ぶすくれた顔の猫が乗っている。
片目に傷のあるその猫は、かなり大柄な猫だった。被毛が長くふわふわしていることや、毛色が白いことも相まって、かなり大きく見える。さらに、見た目通りにずっしりと重い。
重は掴んだ白い前脚をヨイヨイと動かして、猫を盆踊りさせる。猫は迷惑そうだ。
「英隊長どの、おいたわしや。こんな姿になってもうて・・・ぷくく・・・くく・・・っ!」
嘆くような声を作りつつも、思わず吹き出してしまう。盆踊りを続けさせられている猫、もとい英は、おぁぁ、と不満げに鳴いた。
「何それぇ、可愛くな!もうちょい可愛く鳴けへんの?ほら言うてみ?にゃーんて」
「・・・・・・ぉぁぁ」
「にゃーんよ、にゃーん。ほらぁ、言うてみ?にゃーん」
「ゥー・・・」
「ちぇ、強情やの」
にゃんにゃんと手本を示してみても一向に鳴かない英に、重はつまらなそうに白い毛並みに鼻先をうずめる。すん、と匂いを嗅げば、ひだまりのような匂いがした。まるい前脚をにぎにぎしつつ、頬で滑らかな毛並みを楽しむ。
「にゃんにゃん、気の毒な英はん、猫になってしもた。もふもふ、おかしゅうてたまらん」
妙な節をつけながら、重は歌うように囁く。抱きかかえた白い身体は、猫としては大柄だが、人間と比べれば随分小さい。
目を伏せて、小さな後頭部に唇をつける。そして誤魔化すように、ふう、とその毛並みの中に息を吹き込んだ。ぞわわっと身体を震わせた英が、にぁぁと鳴く。
「かいらし。ずっとこのままでいてもええんよ?」
人間よりも高い体温を腕の中に感じながら、重は呟いた。
「そしたら俺、出歩きたい放題やもん。夜も出歩くし、街にも出るし、中央にも泊まる。夜は帰らんで朝帰りするし、仕事もせんで昼寝する。最高やんなぁ?」
ふすー、と小さな音がする。猫がため息をついた音だ。大きな白い猫はぐるりと重の膝の上で向きを変えると、小さな頭を重の首筋や頬、手のひらにぐりぐりと押し付けた。ふわふわの毛並みを擦り付けながら、わぅわぅと英は小言のように鳴き声を上げる。すこし痛いくらいの力で、ひだまりの匂いを押し付ける。
「わぁー、大変や。こんな毛だらけになってもうたら、今日はどっこも行かれへん」
着物にも羽織にも白い毛をつけられながら、重はけらけらと笑った。
英は気が済むまで散々頭をぐりぐり押し付けたあと、どっかりと重の膝の上で香箱座りをする。断固退かない、という姿は頑固な英そのものだ。
「やぁ隊長殿、優雅にお昼寝ですか。こりゃ参った、お膝を占領されちゃあ、立ち上がることもままならん」
ふっかりとした背中を撫でると、猫は申し訳程度に、にゃあん、と可愛らしい声を上げた。可愛らしくも強引な足止めに、重は満足だった。