The hole初めて彼を見た時、なんて綺麗な男の人なのだろうと思った。浅黒い肌に凛々しい眉、そして真っ直ぐな黒髪は、たまらなく私を魅了した。この子が欲しい。私のモノにしたい。部屋に飾って、毎日眺めていたい。私は手を伸ばしてその子の頬に触れ、お父様を見上げた。
「ねえお父様、本当に貰ってもいいの?」
「勿論。今日からその子は、美月の許嫁になるのだから」
許嫁、とは。幼い私には父の言っていることがあまりよく理解できなかった。けれど、とりあえず彼は私のモノになる、ということで間違いはないようだ。私はドレスの裾を少しだけたくしあげ、首を垂れて挨拶をする。
「こんにちわ、私は美月って言います。あなたは?」
「…おいは、音之進じゃ。わいは、勝手に許嫁なんて決められて嫌じゃなかとか?」
「え…?」
「おいは嫌や。おいは物じゃなか。わいも、嫌ならこげんこっ、断った方が良か」
そう言って、音之進君はぷいとそっぽを向いてしまった。私にそんな態度を取る男の子は初めてだったので、少し戸惑ってしまう。けれど、彼の髪の隙間から見えた赤い耳に、私はすぐに合点がいった。なんだ、ただ恥ずかしがってるだけじゃないか。私は彼の前へと回り込み、ぎゅっと手を握る。すると思った通り、音之進君はぎょっとして私を見て、顔を赤らめた。
「あのね、私は全然嫌じゃないよ。だって、音之進くん、すごくかっこいいから。音之進君は、私と許嫁になるの、嫌かな」
「…べ、別に嫌うてほどじゃなか。ただ親ん言いなりになっとが嫌なだけじゃ」
「ふふ、じゃあ私のことは嫌いじゃないんだね。良かった」
「なんじゃ、わいは。変わったおなごじゃな」
そう言って音之進君は少しだけ微笑んだ。それを見て、お父様も笑った。特に音之進くんのご両親は手を叩いて喜んでいた。それもそのはず。だって自分たちの息子が、内閣総理大臣の娘と婚姻を結んだのだから。この婚姻により、鯉登音之進の父・鯉登平二は大手製薬会社代表理事への就任が決定し、将来の音之進の縁故採用及び階級特進が決定的となった。そんなこと、当時の私には知る良しもなく、私はただ美しいこの少年とどう人生を共に歩んでいくのか、それしか考えていなかった。
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これはチャンスだ。鯉登には2つ年下の許嫁がいる。そして、それと同時に秘密で付き合っている同性の彼氏がいる。鯉登は日々許嫁がいるにも関わらず浮気をしてしまっている事実と、それ故に好きに動けない不自由さを感じている。だが、今日は婚約者である美月が大学のゼミの合宿に行くとのことで、彼氏である月島と一緒にお泊まりができる貴重な1日となった。鯉登は美月を無事送り出すと、いそいそとスマホを取り出し月島に連絡を取る。すると、事前の打ち合わせ通り近場にいたのかすぐにピンポーンとチャイムが鳴り響いた。
「よく来たな。上がれ」
「はい、その、お邪魔します」
鯉登の彼氏こと、月島はおずおずと玄関から入ると、靴を脱ぎ行儀良く並べた。男女2人暮らしにしてはだだっ広い3LDKの高級マンションに臆せずにはいられない。いや、それだけではない。月島にはこの家へと足を踏み入れてはならない理由があった。何故なら月島こと月島部長は、鯉登の父が代表理事を務める会社の社員なのだから。もしこの件がバレれば自分の首が飛ぶだろう。さらには現総理大臣の愛娘を傷つけたとし、実際の首が飛ぶことにもなるだろう。ダラダラと冷や汗が止まらない。やはり、いつものように月島の家や、ラブホテルで過ごした方が良かったのではなかろうか。だがそんな月島の心境を意に介さず、鯉登はニコニコと手招きする。
「ほら、かしこまってないで中へ入ってこい。アイツはたっぷり2日は帰ってこん。ビビらんでもよか」
「はあ、そうですね…。じゃあその、失礼いたします」
鯉登に導かれるままに、月島は本革で出来た高級そうなソファに座る。すると当然のように鯉登も隣に座り、月島にもたれかかった。そしてまだ外の熱気も冷めやらない月島の太腿を両掌で摩り、目を細めて彼を見る。
「ふふ、おいん家にわいがおったぁ、なんか変な感じがすっ。久々ん休みだし…、しよっか?」
「ちょっ、鯉登さん、流石に性急すぎませんか?もしかしたら彼女、戻ってくるかもしれないですよ」
「そげんこっあっわけなか。美月はこん旅行、昨日から顔に色々と美容液を塗りとうて楽しみにしちょったでな」
そう言う鯉登の指先が、月島の股間へと進んでいく。そのまま玉の裏側をさすられてしまえば、月島は体の自由が効かなくなる。黙りこくってしまった月島の様子に気分を良くした鯉登は、ゆっくりと彼のベルトを外していく。
「今日はソファでやったぁどうだ?月島ん家にあったソファは小せで無理じゃっどん、こんた大きかじゃろ。いつもとちごっシチュエーションっていうとも興奮すっな…?」
「あっ、鯉登さん…」
月島の逞しい腿に、鯉登がのしかかる。抵抗する間もなく押し倒され、体と体が密着する。そんな状況下であそこを撫でられれば、もう諦めるほか無かった。月島はポッケに潜ませていたコンドームを取り出すと、ソファの肘掛けに忍ばせる。そして、鯉登の小さな顎を掴むと、むちゃくちゃにキスをした。どうせ1日時間があるなら、24時間この男を感じたい。月島はその体格に見合った通り、絶倫であった。そして、ようやく彼の”スイッチ”が入ったと気づいた鯉登は、心の中でニヤリと微笑んだ。
その時だった。
「ただいまぁ!音君、聞いてよ、飛行機がね〜…、って、…は!?」
鯉登の婚約者である美月が、帰宅したのだった。