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    shoujouboku

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    shoujouboku

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    Webオンリー第2回、おめでとうございます!
    ドレスを着ていても軍装でも変わらないフロイライン が大好きです。
    (4/10追記)ヘルムートはヘルミーネの「弟」でしたね…修正忘れていたので直しました。その他誤字修正。
    ※諸々の設定捏造
    ※モブがよく喋る

    #祝砲ホーアー
    ceremonialGunHoar

    ある令嬢の肖像「ヘルミーネによそゆきのドレスを。この間作ったペールブルーのタフタにしましょう」
    メイドに指示を出す母の声がドア越しに聞こえてきて、ヘルミーネはベッドの上に広げていた緑革の本から顔を上げた。
    それから思いっきり顔を顰め、ズボンを履いた足をバタバタと上下させる。
    今日はこの戦記物語に出てくる全部の戦いを、兵隊人形たちで再現したかったのに!
    今日は「ヘルムート」の気分だったのに、お母さまは急すぎる!
    床に中途半端に並べられた鉛の兵隊や馬たちも出陣の機会を失って悲しげに見えたが、仕方ない。
    小さな指揮官は首を振って重々しく解散を告げると、彼らを錠のついた木箱に戻し始めた。

    「きれいに支度できたわね、ヘルミーネ。
    先生にご挨拶なさい」
    「ヘルミーネ様、今日もよろしくお願いいたします」
    メイドに連れられ居間に入ると、昼のドレス姿の母ともう一人、ゆったりとした上っ張りを身につけた女性がティーセットを囲んでいた。
    少し離れたスペースにはトランクと木箱、さらに
    イーゼルが置かれている。
    彼女は自分のー正確には自分と、自分の「弟」の肖像画を描くために呼ばれた画家で、既にヘルミーネも下描きや打ち合わせのために何回か顔を合わせていた。
    特に子どもを愛らしく描くことで欧州中で有名な画家なのだと母は嬉しそうに話していたが、その画家の作品の中で微笑む子供たちはどれも宗教画に出てくる天使のようで、ヘルミーネ自身はあまり気に入っていなかった。

    「今日は構図を決めていく予定ですが、その前に私から一つご提案がございまして」
    ひとしきり雑談を終えると、女性画家はそう切り出した。
    「お嬢さまのお気に入りのおもちゃなどございましたら、そちらも一緒に描かせていただけないでしょうか。きっと良い思い出になりますわ」
    そう言いながら開いたスケッチブックには、彼女が今までに描いてきた他の家の子供たちのデッサンが多数収められていた。うさぎのぬいぐるみを抱く幼児や人形の髪を梳る少女の愛らしい姿に母の目も輝く。
    「それは良い案ですこと。では今メイドに…」
    「お母さま、わたし、自分で選びます!」
    質問された時以外は大人の話に口を挟んではいけない、と言われ育ってきたヘルミーネだが、今だけは無視した。
    メイドになんてまかせたら、一度も遊ばず本棚の飾りになっているモレイユ土産の磁器人形でも用意されかねない。
    形に残るものに、自分があまり気に入ってないおもちゃと描かれるのは嫌だった。
    母は娘のマナー違反を咎めるような目を一瞬向けてきたが、反対する理由は特に見つけられなかったのか、渋々退室を許した。
    「あまり先生をお待たせしないようにね」と、一言釘を刺しながら。

    さて、何を持っていこうか?
    スカートの裾をばたつかせて大急ぎで部屋に戻ったヘルミーネは、おもちゃを収めた棚の前で仁王立ちしていた。
    部屋には「ヘルミーネ」と「ヘルムート」用のおもちゃ棚があり、それぞれの名前の時に遊べる玩具が詰め込まれていた。前者には主に人形やその衣服、小物などがギッシリと入っていて、母もメイド達も何かと理由をつけてはそちらの棚の中身を見たがった。繊細なミニチュアは、子供以上に大人を惹きつけるものなのだ。
    が、所有者である彼女自身はズボンの時でもスカートの時でも変わらず、もっぱら外遊びを好むパーソナリティの持ち主である。
    幼馴染のユルゲンを率いて倒木の中に隠れたり、高台に設えたブランコを思いっきり漕いで風を感じたりする時も、スカートだからと躊躇うことはない。
    そのため、「ヘルミーネ」用の棚はよほど退屈している時ぐらいしか開けられることはなかった。

    そうなるとお気に入りは「ヘルムート」用の棚から選ぶということになるが、これがなかなかの難題だった。
    一番自慢のおもちゃは父から贈られたサーベルだが、これをドレスに提げて出ていったら当然母は怒るだろう。
    最近のお気に入りは先ほどまで遊んでいた兵隊人形、しかしこれもサーベル同様、母は許しはしないはずだ。それに武器や馬まで入った一揃いを持って居間まで行くのは骨が折れる。メイドを呼ぶにしても、時間がかかってお叱言をもらうのは御免だった。
    木馬なら許されるか?だが既に本物の馬に乗り始めているヘルミーネにとって、木馬は「お気に入り」というにはちょっと違う気がした。
    ううん…と首を捻ったところで、ベッドが目に入る。寝転がっていた時そのままのシーツの上を見て、ヘルムートは小さく声を上げた。

    「お待たせしました、お母さま!先生!」
    スケッチブックを見ながらあれやこれやと話して
    いた大人たちは、弾むような少女の声に顔を上げた。
    その姿をとらえると、二人とも一瞬訝しげな顔を
    見せたが、すぐに母は納得したように小さく頷き、画家は満面の笑顔になった。
    「おもちゃではなく、ご本をお持ちに
    なったのですね」
    ヘルミーネは一冊の緑革の本を左胸に抱えていた。
    「はい、先生。あとこの子も…」
    右手でさげていたクマのぬいぐるみを持ち上げて
    見せる。
    このクマは今よりもずっと小さい頃から絶えず身近にいて、「お気に入り」というよりもはや別格扱いのおもちゃだ。
    「本だけでは何か言われるかもしれない」という用心もあり、ヘルミーネは枕元からこのぬいぐるみを持ってきたのだった。
    「ヘルミーネ、あなたには綺麗なお人形がいくらでもあるでしょうに。そちらじゃなくていいの?」
    「だってお人形は選べなかったの、どれも可愛くて」
    可愛くてどれも同じに見えるから、あまり興味がないんですーと続けたかった言葉は飲み込んだ。
    母は常になく殊勝な娘の言葉に何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに画家が取り持つように言葉を発した。
    「本がお好きな令嬢というのも知的で素晴らしいかと。際立った印象になりますわ」
    それに彩りとしてのお人形でしたら、私があとから描き込めますので…そんな言葉が決定打となり、ヘルミーネの肖像画の方針は決まった。

    「そちらはどんな本なのですか?」
    イーゼル越しに画家が声をかけてくる。低い椅子に腰掛け、本を膝の上に広げてポーズをとっていた
    ヘルムートはにっこりと口角を上げた。
    「世界中で起きた色々な出来事が絵入りで
    紹介されている本です」
    「それはそれは、お勉強になりますね。それに手彩色の挿絵まで何て手の込んだ…私の方からも、青い空と山並みが描き込まれているのが見えますわ。
    そちらは古代の地中海の風景でしょうか?」
    ヘルムートが左手で抑えたページの上半分は、鮮やかで美しい色彩が占めている。
    「はい、昔ある峠で起きた出来事…らしいです」
    何も嘘はついていない。
    青い空と山々の光景は、知識を有する者には地中海のある地域をたやすく連想させるものだ。
    しかし迫り来る大軍を押し返すべく男たちが密集陣を敷いた、かの有名な峠であることは、いくら本職の画家の目をもってしても見抜けないだろうーヘルムートの手が、血と汗に塗れて戦う半裸の男たちをそっと覆い隠しているのだから。
    ちらと手を動かすと、指の下から雄叫びをあげる男の顔が見える。
    自分の本当に好きなものを貫くことができた喜びに、ヘルムートは満足気に目を細めた。

    ****************

    「母上は、『ヘルミーネ』の肖像画だけを
    修道院に持っていかれたのだな」

    久々に入った実家のギャラリーで、先祖たちの肖像画が並ぶ中にぽっかりと空いた長方形のスペースを見上げながら、ヘルムートは独りごちた。
    その隣には、空いた空間とまったく同じサイズの
    肖像画がかかっている。

    それは「ヘルミーネ」の絵が描かれた後に同じ
    画家によって作成された「ヘルムート」の絵だった。
    こちらは父も口を出してきて、ヘルミーネの
    時のような自由な選択の余地はほとんど無かった。
    結果的に生み出されたのは、領地の軍服を身にまとい、サーベルを掲げる理想的な若様の肖像画だ。

    おそらく母は、この絵を見るたびに心の中まで軍人に変質してしまった冷酷な娘の姿を思いださずにはいられない、と考えたのだろう。
    そしてかつて確かに存在したはずの愛娘の幻を追うために、ドレス姿の絵だけを携えていったのだー家の利益のために生み出した「息子」を後に残して。

    そのこと自体に、特に感傷はなかった。
    自分には泣き言に付き合っている暇はないのだから
    ーその資格すらないだろうー、干渉せず好きに
    過去を追わせることは、むしろ親孝行だとさえ
    思う。

    だが、それでも。
    幼い日の小さな戦いを思い出して、今のヘルムートは言葉を漏らす。
    「…ヘルミーネの中にも、ヘルムートはいたのですよ」
    その顔にどんな表情が浮かんでいたかを知る人は
    いない。
    ただ先祖たちの数十の目だけが、今や領地を失った末裔を見下ろしていた。
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