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    shido_yosha

    @shido_yosha
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    shido_yosha

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    鳴瓢秋人は待っている。ペールアクア色の部屋で。二人がけのソファに座って。テレビを眺めながら。
     あなたが来たら、木製のテーブルを持ってこよう。珈琲を淹れて、甘くないケーキを食べる。

     鳴瓢秋人は待っている。今日は仕事服でなく、濃紺のテーラードジャケットを着てストレートパンツを履いている。白いシャツはあなたが忘れていったオーバーサイズ。臙脂色の靴下は、あなたと深酒した帰り路、雑貨屋で買ったお気に入り。
     あなたが来たら、馴染みの居酒屋へくりだす。

     鳴瓢秋人は待っている。
     はやくきて。
     いつまでもこないで。
     あなたが俺を|観察《み》ているように、俺もあなたを見守っている。テレビに映るあなたは、自分の呼吸を止めて〈俺〉を井戸へ落とす。

     鳴瓢秋人は待ちくたびれる。
     肘掛けに身体をもたせかけ、脚を組む。待ち人をのぞむ時間は幸福だけれど退屈だ。突然テレビの画面が乱れて、音声が途切れ途切れになった。あなたは宇宙服を着て黒髪の女の子と泣いている。

     鳴瓢秋人は目を覚ます。
     どれほど時間が経っただろう。いつのまにか、うたた寝をしていたようだ。
    「鳴瓢」
     扉をノックする音。
    「鳴瓢。いるか」
     鳴瓢は立ちあがってドアに駆け寄る。ノブを引くと黒いスーツ姿のあなたが佇んでいた。
    「百貴さん」
     あなたは俺を認めると一瞬驚く。驚いて、眩しそうに微笑む。まるで泣くのを我慢するみたいに。あなたは、
    「髭を剃って髪をあげると昔のまままだな。ちょっと皺が増えたか」
    「百貴さんこそ白髪が混ざってません?心労がたたりました」
    「誰のせいだと思ってんだ」
     小突かれて、じゃれあいながら外へ出る。俺は、
    「もう終わったんですか」
    「ああ。全部」
    「井戸端は」
    「解散した」
    「飛鳥井さんは」
    「目を覚ましてリハビリを頑張っているよ」
    「井波や富久田は」
    「お前同様、執行猶予がついて住居も決まった」
    「よかった」
     俺の脚先で外羽根ストレートチップの革靴が艶めく。もともとは娘の卒業を祝うディナーへ行くために仕立てたものだ。初めて屋外で履いた。
     春うららかな快晴、澄んだ空気を肺いっぱいに吸いこむ。足取りは踊るように軽い。
    「百貴さん、早く」
     わくわくと振り向くと、あなたは、
    「ずいぶん待たせたよな」
     と立ち尽くしている。
     俺は「全然ですよ」と笑い飛ばしかけてやめた。そして正直に、
    「はい、少し」
     俺はあなたの隣に並ぶ。あなたは、
    「これから何がしたい?何でもしよう」
     俺は迷わず、
    「桜の並木路行きたいです。綾子と椋と百貴さんと、よく歩いたところ」
    「いいな。行こう」
    「百貴さん」
     優しい恵風がふわりと吹く。
    「なんだ」
    「おつかれさまでした」
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