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    shido_yosha

    @shido_yosha
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    shido_yosha

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    愛されミナトさん。

    ミナト最高司令官が禁煙を始めたらしい、という噂が、一部のシティ住人の間で囁かれた。彼の素体としての身体は、代替のきく人工物であるから、健康にいいとか特段騒ぐことではないのだが、電子煙草は彼のトレードマークだった。だから彼を知る者は。心配半分、好奇心半分の興味を抱いた。
    「ミーナトさん」
     久方ぶりに素体姿でシティを散歩していたミナトへ、最初に声をかけたのはナツメである。
    「うん?」
     ミナトが振り向くと、目の前に橙色の長い髪をした女性タンカーが立っていた。
    「煙草、やめたんですか」
    「む。誰から聞いたんだ」
     ここは旧司令塔を基礎にしてつくられた展望台。デカダンスシティを一望に見渡すことができ、ガラス壁を介して屋内とデッキに分かれている。
     ミナトは前職を担っていたころからこの高台を愛用していた。当時とは異なり、今では役職と種族にかかわらず万民が憩うことが許されている。
     女性タンカーはにっこり笑うと、
    「口寂しいでしょう。どうぞ」
     とミナトの掌に小さな包みをのせた。
    「なんだ。これは」
     リボンを解くと色とりどりの宝石の欠片のようなものが詰まっていた。ナツメは、
    「琥珀糖です」
     琥珀糖とは何か分からなくて、ミナトは検索をかける。貴重な砂糖を素材にした食べ物らしいと分かり、
    「ありがとう」
    と包みを胸へ仕舞おうとした。
     しかしタンカーは、相変わらず花の群生のようにミナトを見つめているので、ミナトはひとつつまむ。彼女の瞳と同じ、蒼穹を閉じこめたような塊を口に含む。
     ざらついた触感と弾力のある噛みごたえ。素朴な甘さが口腔にしみた。
    「美味いよ。ありがとう」
     改めて礼を述べると、ナツメは嬉しそうに去っていった。

     次に現れたのはジルだ。ブルーグレーのボブショートヘア揺らし、簡素な制服の上から白衣を着ている。
    「こちらにいらしたんですか。新しいゲームを製作したので試してほしいのですが」
     と言った。ミナトは頷いて、
    「分かりました。場所はどちらです」
    「いいえ、RRPG(リアル・ロール・プレイングゲーム)ではなくこちらの携帯端末を用いたゲームです。シティを探索して隠しアイテムを集めたりモンスターを退治する内容です。どうぞ」
     ミナトは渡された端末を持ち、操作する。
    「臨場感がありますね。仮想空間であれば現実のコストや損害が少なくて済む。ですがこれ、消費者はサイボーグがターゲットですか?」
    「いいえ。仰るとおり、私達にしてみれば、ゲームの中でゲームをすることになるのでどちらかといえばタンカー向けですよ。ぶっちゃけ、手慰みでつくりました」
    「そう、なんですか」
     彼女の現職はソリッド・クエイク社研究部門の最高責任者であるが、矯正施設へ送られる以前は開発の方にも携わっていたらしい。仕事の合間に仕事をするとは、根っからの研究者であるようだ。
    「他にも何人かへ渡したので、オンライン対戦もできます。気晴らしにどうぞ」
     少ししわがれたハスキーボイスでそう言うと、彼女は現れたときと同様颯爽とヒールを鳴らして、踵を返した。
     ミナトは凛とした白い背中を見送る。「気晴らし」ということは、彼女も彼女なりに自分を気を遣ってくれたのだろうか。怜悧でクールな振る舞いをする一方、情深い気性なのだ。

     ボタンと十字キーを両手で叩きながら、
    「そちらへ追い込みました」
     と声をかけると、隣で同じくゲーム機を握るクレナイが、
    「了解です」
     と、仮想世界でアバターを走らせた。二人並んで口腔内で琥珀糖を転がし、ぴこぴこと操作する。やがて、
    「これで、いっちょ……あがりィ!」
     クレナイの勝鬨とともに、モンスターが切り裂さかれる。つづく「♪テレレッテレー」という古風で軽快な電子音。クエストクリアを祝すバナーが表示される。
     クレナイは、褐色肌の可憐な顔をあげて、
    「すごいですね。ミナトさん、先程始めたばかりでしょう」
     と褒めそやした。ミナトは謙遜して、
    「大雑把にくくれば、ゲームの操作は本職ですから。しかしクレナイさんは実際に身体を動かす方がお好きなのではありませんか」
     と訊ねる。クレナイは、
    「そうですね。でも、こういうのも新鮮で楽しいです」
     と屈託なく答える。そして腰ポケットから革製の箱を取りだし、煙草を一本咥え、ライターで火を灯した。お馴染みの苦さはなく、華やかな香りがした。
     彼女との縁は正直奇妙なものだ。シティ建設後、ミナトの親友たる「カブラギマニア」同士話が合って、今ではギアを務めていた頃の親友の映像鑑賞会なんかを催したりする。
     彼女は聡く、礼儀正しく、気っ風のよい性格で、コロシアムでの華麗なプレイから種族問わずファンが多い。
     紫煙をくゆらすクレナイが、ふと、
    「新鮮といえば、私が吸ってる花タバコをご存知ですか?」
     と話しはじめた。
    「いえ」
    「材料である植物は、実際には花弁をつけないんですが、葉部分が花みたいにいい香りがするんです。それを細かく刻んで乾燥させ、ガドルの革で巻きました。有害性も低いし最近流行してるんですよ。ミナトさんは喫煙おやめになったんでしたっけ」
    「ええと……」
    「どうぞ」
     差し出された一本を、ミナトは一瞬躊躇ったものの、
    「ありがとうございます」
     と受け取る。
    「あ、火を貸してもらえますか」
    「ああ。はい」
     とクレナイが小さな頭を寄せた。ミナトは自分の煙草の先端をクレナイのそれに口付ける。呼吸が触れるほど近づき、彼女のレモンイエローのまつ毛が薫風に揺れているのが視認できた。やがて細煙が二つたちのぼる。
    「有難うございます」
    「良ければ差し上げます。一カートンごと」
    「いいんですか?作るの大変ですよね」
    「構いません。いつもお世話になってますし」
     燃える夕焼け色の瞳が、まっすぐミナトを映す。デカダンスの崩壊直後、混乱したタンカーたちをまとめ、ミナトへ正式に事実説明を求めてきた人間が彼女だ。初対面を交わした際の彼女は全く物怖じせず、さりとて怒りや動揺にのまれた様子もなく、毅然と対話を求めてきた。ミナトには彼女が慕われリーダーと望まれる理由が理解できた。

     その後やって来たのはドナテロと、旧ゲームでは武器屋を営んでいた、機械工の男だ。ドナテロは大きな袋を担いでおり、
    「よぉミナト」
    「こんにちは。最高司令」
     欄干にもたれるミナトは、二人の並びをみて、
    「珍しい組み合わせだな」
     ぷかりと煙の輪を浮かべた。ドナテロが、
    「武器の調整と実地テストしてたんだよ。なんだ。お前、ヤニやめたんじゃねぇのかよ」
    「やめるのをやめたんだ」
    「まぁいいや。今度アルティメットファイトの特別試合やるから来いよ」
    「誰が出場するんだ」
    「俺とお前と……」
    「待て、聞いてないぞ」
    「今言っただろ」
     眉間をくもらせるミナト。
    「そうじゃあない。大体俺は数えるほどしかやったことないんだぞ。いきなり公式試合なんか……」
     理路整然と非難するミナトだったが、ドナテロは構わずに、
    「よいしょ」
     と肩の荷をおろした。武器工は袋を探り、
    「こちら、最高司令のために用意しました」
     と長さに一メートル半ほどの槍を取り出した。
    「これは……」
    「僕は旦那から依頼されて知ったのですが、最高司令、以前ギアを務めていた時期があったのですね。ですので当時の映像をもとに、最高司令がよく用いられてた武器を再現しました。いかがでしょう」
    「ほぼ完璧だ。すごいな、懐かしい」
    「光栄です」
     まじまじと槍に見惚れるミナトだったが、はっと我に返って、
    「いや、まだ参加を決めたわけじゃないぞ」
    「いいじゃねぇか。カブも出るぜ」
    「!本当か」
    「観客席で応援してれば満足だろうけどよ。たまにはダチと、ガチで一戦やりたかねぇか」
    「……」
    「じゃあな。肩慣らししてぇときはいつでも付き合うぜ」
     無骨な背をくるりと向け、のっそのっそと歩きだすドナテロ。機械工の男は垂れた目尻で軽やかに笑い、
    「サポーターとか諸々サービスしておきました。何かあれば僕にもご相談ください。ちょお、待ってくださいよ、旦那ァ」
     ドナテロを追って去っていった。

    その後も続々と、知り合いのサイボーグやタンカーがミナトのもとへ現れては、物品を授けていった。
    いつしかミナトの腕と足元は大小さまざまな贈答品で埋められ、ミナトは青空を仰ぐ。観念して、友人へ通信を送る。
    「カブ。今、手ェ空いてるか」
     ほどなくしてカブラギが到着した。そして開口一番、
    「慕われてるじゃないか」
     にやっと口角を曲げた。ミナトはそれへは答えず、
    「運ぶの手伝ってくれ」
     と肩をすくめた。
     
     ガラガラと台車を押すミナト。向こうから子供とサイボーグが戯れながら走ってきて、
    「最高司令!こんにちは」
     と元気よく挨拶する。ミナトは、
    「こんにちは。危ないから前を見て走りたまえ」
    「はぁい!」
     とすれ違う。あるいは店頭で道具を磨いていた壮年の男が、
    「最高司令。視察ですか。荷運び手伝いますよ」
     と声をかける。ミナトは、
    「いや、今日はオフで単なる散歩の最中だ……。そうだ、先月設計してくれた橋、とてもいいぞ。すぐさま建設にとりかかろう」
    「へぇ。有難うございます」
     そんなシティ住人とそうしたやり取りを交わしながら、ミナトは隣の友人へ、
    「俺の視覚データ参照したお前が荷車を持ってきてくれて助かったよ」
     と言った。カブラギは、
    「すごい量だったからな」
     と相槌をうつ。
    「……にしても、」
     ミナトは首を傾げる。
    「今日は贈答イベントの日なのか?どこを歩いても浮き足立った雰囲気はなかったが。バレンタインデーはとっくに終わったし、直近で予定されてるイベントは街全体使った宝探しゲームだ。プレゼントは関係ない」
    「ん?気付いてなかったのか」
    「俺が禁煙したという噂のせいか?ちょうど電子煙草の機器が故障したから卒煙は考慮したが。そんなに心配されることなのか」
    「じゃなくて今日、お前の製造月日だろう」
    「ああ。先週、先一昨日から三日間かけてメンテナンスしたよ。大事をとって今日はオフだ」
    「タンカー流にいえば、誕生日おめでとう、というやつだ」
     カブラギがミナトの電子煙草を差し出す。ミナトは少し目を見開き、装置を受け取る。
    「直せたのか」
    「内部が焦げついた原因はコイルの寿命切れだった。だから新しいコイルと交換したらおさまったよ。だが修繕を繰り返すくらいなら新品をつくった方が面倒じゃないんじゃないか」
    「いいんだ。気に入っているから、都度お前に直してもらう」
    「そうか」
     ミナトが現在使っている電子煙草は、シティ創立後、ナツメや他の人間達が記念にとくれたものだ。少ない部品をかき集めて作ってくれたようで、時折故障しては修理している。
     カブラギの指摘する通り、全く新しい物を購入してしまえば煩わしさは解消される。以前のミナトであればとっくにそうしていたが、
    「おそらく愛着というものが湧いているんだな」
     とミナトは自覚した。カブラギが、
    「お前からそんな言葉を耳にするとはな」
     と感心したように言った。ミナトは、
    「誕生日おめでとう、か。そういえば、タンカー達は毎年、自分や他人が産み落とされた日付を祝うと聞いたことがある。だが彼らは不衛生や栄養不足によって短命であるから、ひととせ過ごしきるごとに無事を確認する慣習が生まれたのだろう。俺たちサイボーグには無関係な話だ」
    「それもある。あとは……いや、俺も上手く言えんが、なんというか、」
    「うん?お前が言葉を濁すのは珍しいな」
    「生まれ、今在る奇跡を感謝する意味合いがある」
     はたとミナトは立ち止まる。
    「集団でなく個としての存続を尊び、寿ぐのか?」
    「ああ」
     カブラギが頷く。ミナトは、
    「合点がいった。替えのきくべき、集団の一端たる俺たちでは持ちえない概念だ」
    「そうだな」
    「俺が俺として在ることを喜ばれる……不可思議だ」
    「そうか」
    「……悪くはないが」
    「……そうか」
     穏やかな風が吹き、広場に鎮座する樹木をさわさわと揺らす。数年前まではそびえていなかった生命だが、要塞崩壊後、生き残ったタンカー達が植え、ここまで育てた。カブラギがミナトを見ずに、
    「お前、今は私室ないから俺の部屋に置いとくんでいいんだよな」
     と問う。
    「頼む」
     とミナトは短く返す。
     今更「ありがとう」などと口にしない間柄だ。それが長らく心地よく、友人と職場での繋がり以外どうでもいいと思っていた。それが変わったのはいつからだろう。
    「歩くか」
    「そうしよう」
     ミナトは再び一歩を踏み出し、荷車を押す。何が起き、何も起きなくても、ミナトの責務は変わらない。しかし何故だろう。気のせいかもしれない。甘い味が、花の香が、空を駆ける興奮が、ほのかに総身を広がる気がした。
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