「今どき錠前なんて、アナクロですねぇ」
二人だけの室長室。外は騒然とし、扉を開けんと奮闘する人々の怒号が聴こえる。
後ろ手に手錠をかけられ、床に転がされた百貴は、
「お前みたいな知能犯には有効だよ」
と返す。飴色の机に座った富久田は、肩をすくめ、
「たしかに。監房やこの部屋のセキュリティみたいに、電子ロックなら解けたんですけど。職員名簿が保管されてる肝心の金庫は物理的に鍵で封されてるときた」
「俺は蔵の職員全員の生命の責任も負っている。逆恨みした囚人から危機が及ばないよう努めている」
「逆恨み?とんでもない。俺は会いたいだけですよ、お嬢ちゃんに」
「『今』は無理だ」
「でも『いつか』を迎える前に、俺は名探偵をしてる最中死ぬかもしれないからさ。折れてくださいよ」
「絶対折れない。お前が折れてくれ」
「強情だなぁ」
ゆらりと腰を上げた富久田が百貴をまたぐ。巨躯をおりまげ、百貴の胸ポケットや腰をまさぐる。
こくりと百貴が嚥下した。それを認めた富久田が、
「あァ、そこか」
と百貴のネクタイを引っ張りあげる。鼻翼をつまむと、呼吸のできなくなった百貴が、わずかに口を開けた。
「もうすこしお願いします」
富久田が大きな手で無理矢理こじ開ける。
「ぅぐ、がっ、」
百貴の口端が裂け、血が滲んだ。
「どーこだ」
百貴の口腔に、長い舌が挿しこまれた。ナメクジのように濡れてあたたかなソレが百貴の舌に絡み、粘膜壁を這う。
じゅぷっ ぐちゅ ぢゅっ
あふれた涎が顎を伝う。
「んん?ないなァ。飲んらいまひた?」
喉奥をずるりと舐められ、気道を塞がれる。
「あ、ぐ」
窒息しかける百貴の頭がしびれてきた。反射で嘔気がこみあげる。
「吐いていいですよ」
ドスッとみぞおちに拳がはいる。
「ゔっ!うぉえっ」
紅いカーペットにびちゃびちゃと吐瀉物が落ちる。富久田が、
「あ。見ぃつけ……」
としゃがんたどころで、
「そこまでだ!」
警備員たちが扉を破壊し入室してきた。富久田は大人しく膝をつき後頭部で手を組む。
「タイムオーバーですね。さようなら」
捕縛され連れ去られていく痩身。百貴は補佐官に支えられながら、白いつなぎの背を見送った。
「やっぱり死刑になりませんか」
「あれくらいじゃならない」
「あれくらいじゃなりませんか」
富久田は特別製のショーケースの中で膝を抱える。百貴はガラス越しに彼を見下ろす。富久田が相手を見上げ、
「居心地いいですね、ここ」
「そうか?」
「何にもないし、イドに潜らなくていい」
「そうか」
「はい」
「お前は……」
「……」
「……いや」
それ以上、富久田は何も話す気がないと察した百貴は踵を返した。無機質で寒々とした懲罰房に、革靴の足音がひびく。
「またな」
と百貴が言うと、富久田がひらりと手を振った。自動扉が閉まると、室内は暗闇にのみこまれた。