Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    shido_yosha

    @shido_yosha
    お知らせ=日記です。ご覧になんなくて大丈夫です!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 91

    shido_yosha

    ☆quiet follow

    以前書いてみたイド五話直後の百貴さんのお話を修正して清書。
    理想の百貴さんはもっと人間離れして清廉だけど、
    理想の二人はこんくらい付かず離れず。

     午前二時。夜のとばりに覆われた室長室。資料を睨む百貴を見かねた東郷が、
    「室長、仮眠を取るべきです」
    と言った。
    「酷い隈です」
    「ああ。これを見直して調書をまとめてから……」
     と上の空で答えると、東郷が、
    「私がやっておきます。失礼ですが、室長から汗の匂いがします。顔がやつれています。正直に申し上げて、現場の士気に関わります」
    「うっ……わかったよ。シャワーを浴びて、三時間ほど休んでくる」
    「いえ、四時間半を目指してください」
    「わかった、わかった」
     苦笑する百貴。すると、平素凛と佇み、表情を崩さぬ補佐官が、安堵した様子をみせた。
     よくできた部下だ、と百貴はよぎる。百貴の重い腰を上げるために、百貴の性格を汲んで、辛辣な物言いをした。百貴は立ち上がり、扉を開けて、暗い廊下に出る。

     仮眠室に到着した百貴は、衣服を脱ぎ捨ててシャワーハンドルをひねった。湯を浴び、さっぱりと全身を清める。柔らかなスウェットをかぶり、替えのワイシャツをハンガーにかけておく。寝台に横たわって目をつむった。まんじりともせず、寝返りをうつ。肉体は疲れているのに脳は昂って、眠れなかった。
     やがて真っ黒な沼を泳ぐ意識。四肢の力が抜けふわりと浮かぶ。「良かった、ようやく眠れる……」と安心した瞬間、
    ────……きさ……
    ────…百貴さん!
     百貴は、がばっと飛び起きた。
    「はっ、はぁっ、はっ……!」
     呼吸が乱れる。直接見たはずのない爆炎が瞼の裏をちらついた。深呼吸をして、動悸を抑える。
    「はっ……は、は……」
     暗闇の中で、百貴は顔を掌で覆った。冷や汗がこめかみを濡らす。自らの指示によって部下が殉死するのを初めて経験した。
     刑事部に勤めていたとき、上司の号令で突入したSITが瀕死の重傷を負ったことがあった。痛ましい、と感じたものの上司を非難する気持ちは全くなかった。今でも正しい判断だったと確信している。しかしどこかで他人事に感じていなかっただろうか。
     警視庁刑事部の新機関「蔵」にて副トップを務めるにあたり、投入した名探偵達が何度も凄惨な死を遂げた。仮想空間とはいえ、受ける苦痛を想像して顔をしかめた。繰り返される実験と捜査によって廃人と化していく受刑者達を見て、「これは真っ当な服役をさせているのか」と煩悶した。しかし心の底でうっすらと、自業自得だという冷ややかな嘲りがあった。
     以上の負の感情とは異なる、圧倒的な自責に苛まれていた。自分の判断にミスがなかったか、何らかの兆しを見落としていなかったか、幾度も資料を見直した。還らぬ生命の儚さが、遺族の悲しみが、胸中に重く去来する。
     壁の時計を一瞥すると、床に就いてから二時間半ほが経過していた。少し早いけれど百貴は起床することにした。
     親切な補佐官を心配させたくなくて、百貴は閑散とした建物内を散歩する。時刻は午前五時。建物の内部は山奥の雪原のように静かで、革靴の足音が冴え冴えと反響する。
     百貴は歩を進めながら、蔵の根源たる飛鳥井木記を考察した。
     百貴はミヅハノメの仕組みを深く知らない。ただ彼女の心身を礎にして成立していることは、早瀬浦局長と百貴だけの秘密だった。重ねて明かされたのは、彼女が目覚めれば世界に災厄がもたらされること。よって特別な環境下で保護し眠らせることで能力を抑えていること。早瀬浦がその力をコントロールする代わり、国家の治安に活かしていること。そして全ては彼女の意志である、ということだけだった。
     猟奇殺人が増加する情勢において、全く新しい捜査方法を提供する彼女は、オルレアンの乙女と呼ぶに相応しいのかもしれない。
     しかし聖処女の犠牲の上に築かれる社会は、果たして自分の正義から外れていないのか。疑念を抱きつつも口を閉ざし、彼女を祭り上げて行軍しつづける。自分は卑怯で弱い兵士だ。
     百貴は急激な吐き気をもよおして、近くの手洗い場へ走った。便器を抱いてえづく。わずかな食物残渣のほか胃液しかまろびでず、もどかしさのあまり、自ら喉奥に指さえ突っ込んで腹に力をこめた。
    「げぇっ!……ぐっ、…は、」
     そういえば、昨日の朝から何も食べていないのだった。休息することも落ちこむことも下手な情けなさに視界がにじんだ。

    「すまん、寝ていたよな」
    と、虚空に向かって謝る。百貴がもたれるガラス壁越しに、鳴瓢が、
    「いいえ、いつもこの時間には起きているので構いませんよ」
    と答えた。百貴は、逞しい囚人服の背中を僅かに顧みて、
    「ほんとうか?退屈じゃないのか」
    「筋トレとかしてます」
    「毎朝運動場で行進させられてるだろ」
    「慣れちゃいました。今では物足りないくらいです」
    「凄いな。俺は最近ジムに行けてないよ」
    「まじすか。お腹ぷよぷよですか」
    「まだ大丈夫……だと思うが」
     背中合わせで床に座りこみ、他愛もない会話をぽつぽつと交わす。当たり障りのない話題はいつしか底をついて、まもなく沈黙がおりた。互いの表情は見えず、厚さ五cmの隔たりは立場の差以上に遠い。鳴瓢が、ぽつりと、
    「彼らは……あの酒蔵で焼死した百貴さんの部下は、百貴さんが殺したんじゃない。でもあなたが命令した結果死んだ。つまり、あなたが死なせた」
     百貴は拳を握りしめる。背後の囚人は冷然と、
    「『百貴室長の判断は間違っていなかった。数少ない証拠で最善の捜査をおこなった。そもそも悪いのは殺人鬼だ。』……周りの誰もがそう理解しているから、決して百貴さんを責めない。でも裏を返せば、あなたに従順な彼らは、あなたが正しかったと証明してもくれない。斬首を待つみたいに、あなたへ垂れたこうべの群れを見下ろして。正しさの頂上にいるのは、寒いですね。孤独ですね」
     淡々と語りかけられているだけなのに、首筋に氷を当てられているような感覚。
    「部下といえば、鳴瓢秋人、なんて名前の後輩刑事がいましたね。あなたをとても慕っていましたけど、最後は私怨で人を殺し、自殺しました。あなたは何度も功績賞をもらい、異例のスピードで出世してきたのに、肝心な時は誰も救えない。むしろ百貴さんが其処に居なければ、死ななかった人が大勢いる。本当は、気付いているんでしょう?生きている限り、あなたは自分の正義と罪悪感と秘密から逃れられません。……もういいんじゃないですか?」
     呼吸が浅くなり、視野が狭くなる。目眩と震え。悪寒で歯の根が合わない。
    「百貴さんがいたって、世界は悪くなる一方です。百貴さんの苦しみを終わらせる方法はひとつだけ。百貴さんが、百貴さん自身の手で、百貴さんを……」
     ダァンッッ!
     背後の壁に何かがぶつかる音。
    「だまれ。俺は死んでやらない。絶対お前に、俺を殺させない」
     無意識が口をついてから、はっと顔を上げる。翡翠のまなこと視線がぶつかった。鳴瓢の口角が、
    「ははっ。調子、戻ってきたじゃないですか」
     と歪む。痛みを覚えて、右手を見やる。ガラス壁を殴っていたのは自分だった。
     衝撃音を聞きつけた刑務官が慌てて走ってきた。
    「ナンバー13!お前、室長に何をした……いや、何を『言った』!」
    「ご無事ですか、室長」
    「来い。懲罰房へぶちこんでやる」
     独房へどたどたと侵入し、鳴瓢の頭髪を荒く引っ張る。鳴瓢が、
    「よかった」
     と、呟いた。百貴が、
    「待……」
     と制止しようとするも、
    「やめてください」
     と独特の低い声が遮る。
    「俺は室長の自殺を教唆したんです。懲罰があって然るべきだ。でも失敗しました。……あなたはまだ死んでいない」
     拳をあげたのは自分なのに、張り手を食らわされた心地だった。
     疲れきっていた。失望していた。罰されたい。許されたい。解放されたい。
     百貴の衰弱を察した鳴瓢は、百貴が欲しかった言葉を口にしただけだ。その上で、自身の立場の瀬戸際で、百貴の背中を蹴飛ばしたのだ。
    ────そうだ
     と百貴は自覚する。
    ────泣いて、吐いて、のたうちまわっても
    ────まだ、逃げる気も諦める気もない
     いきりたつ刑務官に引っ張られ、鳴瓢が廊下の奥の暗闇へと歩いていく。去り際、人差し指を唇に当てて、
    「左様なら。また井戸の水底でお会いしましょう」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭👏😭👏👏👏👏👏💯💯💯💯💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works