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    しおつき/干し

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    しおつき/干し

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    SS
    スクカー軸のエレライが出会って付き合うまでの小話です。全年齢。三人称とエレン視点、ライナー視点が混ざっててカオスです。タップで全文表示されます。

    ##エレライ

    我慢がきかないティーンたち「本日返却したテストがE+より下の評価だったものは、明後日の4時間目終了後にこの講義室へ来るように。追試験を行う。NOじゃない。リベンジのチャンスがあるだけ感謝しろ。それでは解散」
     物理基礎クラスを担当する教師が教壇から冷たく言い放つ。禿げ頭の物理教師は、軍隊上がりで異様に厳しいことで有名だった。終業のベルが鳴って教師が出ていくと、第2講義室に集まっていたタイタンハイスクールの学生たちは抗議のブーイングを大きくもらしてざわつき始める。窓際の隅の席に座っていたエレン・イェーガーは手元の解答用紙に目を落とした。書き殴るように真っ赤なF+が記されている。エレンはため息をついて窓の外の青空をぼんやりと眺めた。周りの生徒たちはせかせかと教室を飛び出している。目的や夢を持つ学生にとって時間はいくらあっても足りない。そんな忙しい学生たちの中でエレンは浮いた存在だった。熱中してるものがなく、他人に話を合わせるのを嫌ったエレンには2年になっても友人も恋人もいなかった。両親は健在で、いじめられることもなく、大きな活躍で目立つこともなく、可もなく不可もない人生。劣等感を糧に奮起することも、艱難辛苦を味わって野望を抱くこともなかった。エレンの日常はスクールバスから眺める外の風景のように、突っ立ったままでいても過ぎ去っていく。
    「かっ、返してよ!」
     唐突に甲高い声が聞こえて、エレンは講義室を見渡して声の主を探す。ドアの近くで長身で茶髪の男子生徒がノートを高く掲げ、背の低い金髪の男子生徒が必死にノートを取り返そうとしているようだった。二人ともなんとなく見覚えがある顔なので、同じ2年生かもしれないな、元気が有り余ってて結構なこった、とエレンは思った。いつまでも講義室の窓から空を眺めている訳にはいかないので、重い腰を持ち上げてリュックを背負い出口へと向かう。
    「おい、そこのお前、何見てんだよ」
     茶髪の男子生徒がエレンを睨みつける。彼の名前はジャンと言って、高校入学後に悪ぶり始めた成り立てほやほやの不良少年だった。エレンは二人の後ろにあるドアから出ることしか頭になかったので、ジャンに話しかけられているとは思わず黙って通り過ぎようとした。
    「おい、無視してんじゃねえよ!お前だよお前!」
     ジャンが目を吊り上げて、エレンの胸倉につかみかかる。
    「っ?!いきなり何すんだよ!服が破けちゃうだろうが!」
    「しらばっくれんな!馬鹿にすんじゃねえぞコラ!」
     エレンはジャンの手を引きはがそうと抵抗するが、なかなか離すことができない。エレンが振りかぶった拳は躱されて、ジャンのカウンターがエレンのみぞおちにめり込む。なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ。理不尽な暴力に怒りが湧いてくる。ジャンを睨み返しながら、エレンは状況を打破するための策を考え始めた。こいつ、細身だけどの身のこなしが良くて、無駄なく急所狙ってくる、頭のいいケンカしやがるな、この冷静さを崩せたら。
    「はっ!弱いくせに突っかかってきてんじゃねぇよ、このチビ!」
    「はあっ?その弱い奴に手こずってるお前はどうなんだよ」
    「手こずってねえよ!今のしてやるからな」
     ジャンはエレンの強がりを鼻で笑って、整髪料で固めた前髪をかき上げる。こんな状況でも格好つけのポーズを忘れないのは余程のナルシストだ。エレンは相手の神経を逆撫でするような言葉を探した。
    「気づいてないみたいだから言っておく、その頭、ワックスつけすぎだ。ギトギトに光ってんぞ。ちゃんと母ちゃんにチェックしてもらえよ」
    「っんだと、コラぁ!」
     ジャンの顔が羞恥と怒りで赤くなる。力んで大きく振り上がったジャンの腕をエレンが絡みとって、手首の上あたりに噛み付く。
    「ってぇえ!クソっ、離せ!!」
     構わずエレンは歯を食い縛る。ふとエレンを引き剥がそうとしていたジャンの手のひらが離れて、エレンの顔に向けて肘が振り下ろされた。エレンは後ろに倒れる。鼻が熱い、じんじんと痛みが広がる。
    「狂犬かよてめぇ!そのツラ覚えたからな!次見つけたら容赦しねえぞ!」
     腕を押さえたジャンが引き攣った表情で捨て台詞を吐いて去って行く。エレンは興奮が収まってようやく周りの風景が見え始めた。講義室にはエレンたち以外の生徒は残っておらず、ジャンにいじめられていた金髪の男子生徒がうずくまって震えていた。エレンは手の甲で鼻血をぬぐってから話しかけた。
    「おい、大丈夫か?」
    「ひっ!き、君の方が大怪我だよ……」
    「ああ、鼻血出たぐらいで、たいしたことないよ」
     ずずっとエレンが鼻をすすると口内に鉄の味が広がった。
    「よかったらこれ、使って」
     アニメのキャラクターがプリントされたハンカチが差し出される。
    「ありがとう、えっと……」
    「アルミン・アルレルトだ、君は?」
    「エレン・イェーガー」
    「よろしくエレン」
     眼鏡越しに青い瞳をキラキラと光らせたアルミンが鼻血に濡れたエレンの手を両手で握ってくる。
    「エレン、なんで僕を助けてくれたの?」
    「助ける?何の話?」
    「みんな見て見ぬふりして出ていったのに、君だけがジャンに立ち向かってくれたじゃないか」
    「いや、俺は、あいつが先に絡んできたから、やり返しただけで」
     なんならジャンとアルミンがじゃれ合ってるだけで仲良い奴らだな、と思ってたぐらいだった。アルミンは片手をあごにやり嘆息をついた。
    「なるほど、先に相手に手を出させることで正当防衛を主張できるもんね!流石だよエレン」
    「いや、そんなこと思ってなかったけど。アルミンお前結構ゲスいこと思い付くんだな」
     エレンの否定の言葉はアルミンには届かなかった。
    「エレン。君は僕のヒーローだよ!」
    「ヒーロー?」
    「お礼させてよ、っあ!でも昨日コミックを買ったから金欠だ…。そうだ!僕の家においでよ!
    エレンの手当てもしなきゃ。何か予定ある?」
    「いや、特に予定はない」
     エレンは冷静を装っていたが、内心はそわそわと落ち着かなかった。その日はエレンが高校に入ってから初めて同級生の家に誘われた記念すべき日だった。ガランとした講義室の隅には連れたって出ていくエレンとアルミンの姿を、気配を消して見送っている人物がいた。ゴシックファッションに身を包んだ少女ミカサは、しばらく前からジャンに付きまとわれていた。なるべくジャンと関わらずに過ごそうと気を遣って講義室を出るタイミングを見計らっていたら、救世主のようにエレンが現れたのであった。ミカサは不良少年を成敗した闇の騎士の訪れに感謝し、いつも持ち歩いている魔術書を胸に抱きながら悪魔を称える呪文をぼそぼそと暗唱した。
     アルミンが祖父と暮らすトレーラーハウスは学校から歩いてすぐの場所にあった。
    「ようこそわが家へ!エレン、そこのソファに座って。飲み物はコーラでいいかい?」
    「なんでも飲むよ、おかまいなく」
    「エレンなんか緊張してる?」
    「いや、別に」
     図星だった。エレンは初めて座るくたびれたソファに、背筋を伸ばして腰かけ、友達の家デビューの瞬間に緊張して冷えた手を擦り合わせていた。
    「エレン、君って……」
     アルミンは神妙な面持ちでエレンを見つめる。
    「な、なんだよ」
    「カラテとかジュウドウやってる?姿勢の良さが武道家のそれだよね」
    「は?いや、何もやってないけど」
    「自己流に鍛錬してるってこと?それってすっごくカッコいい」
    「いや、ちが……。まあ、いいや、それで」
     アルミンの瞳のきらめきがどんどん増していく。エレンはようやく脱力し、コーラのグラスに口をつけた。
    「そうだ!エレンちょっと待ってて」
     アルミンはバタバタと部屋を出ていくと、交通整理棒のようなものを両手に2本持って戻ってきた。
    「エレン、あのさ、僕、友だちが出来たらやりたいことがあって」
    「なんだよ」
    「このライトセーバーのレプリカでチャンバラしたいんだ……。どう?」
    「……そんなの、や」
    「……や?」
    「やるに決まってんだろ!」
    「君ならそう言ってくれると思ってたよ!」
     二人の若きジェダイは庭に出て日が沈みかけるまでライトセーバーを振り回した。アルミンはエレンをバスの停留所に送りながら、スター・ウォーズシリーズの見どころについて熱く語り続けた。
    「もともと僕のおじいちゃんがスター・ウォーズフリークでさ、自然と僕も好きになっていったんだ。ジョージ・ルーカスがスター・ウォーズの世界観を作り上げるのに東洋や日本の文化や思想を取り入れているってことを知って、それで日本の文化に興味を持つきっかけになったんだ。日本のアニメやマンガ、ゲームはアメージングだよ!今度おすすめのコミックを貸すね」
    「おお。アルミンってなんでも知ってるんだな」
    「いやいや、なんでもは知らないよ。知ってることだけ」
    「?なぁアルミン、物理、得意か?俺今日返ってきたテストがひどくて追試受けないといけねぇんだ」
    「すっごく得意ってわけじゃないけど、まかせて。じゃあ明日僕の家で勉強しよう」
    「ありがとう。じゃあ、また明日」
     その後、いつもより遅く家に帰りついたエレンは母親のカルラからこっぴどく叱られたが、テスト勉強のため図書館に残っていたと嘘をついて事なきを得た。
     2日後、4時間目終わりに講義室に集まってきたのは面構えが違う学生たちばかりだった。追試にもパスできなかった場合のペナルティは校内で最も汚い1階トイレの清掃だと知っているから、受ける前から憂鬱に打ちひしがれているのだった。そんななかで1人エレンだけは薄ら笑みを浮かべていた。新しくできたばかりの頭脳明晰な友人アルミンに試験対策をしてもらったことが、エレンの心の余裕につながっていた。用紙が配布されるまで禅の境地の如き表情をしていたエレンだったが、問題文が目に入ると落ち着きが一気に崩れ去った。その時エレンは思い知った。分かりやすく教えてもらったからといって、自分1人で答案が作成できるわけがないということを。頭を掻きむしりながら必死の形相で答案用紙と格闘したが、成果は酷いものだった。トイレ掃除確定だ。勉強を見てくれた友人のアルミンに申し訳なくて、エレンの眼から涙がこぼれたが、周りの学生にはエレンが泣くほどトイレ掃除を嫌がっているようにしか見えなかった。
     翌日、4時間目終わりにエレンは用務員室へと向かった。トイレ掃除のための用具を借りるためだ。用務員室の前には、赤いネルシャツを着た体格のいい金髪の男子生徒が立っていた。
    「よおエレン、お前も追試ダメだったのか」
    「そうだけど、なんで俺の名前知ってるんだ?」
    「そりゃお前が有名人だからさ。ジャンの腕を嚙みちぎったって噂になってる」
    「嚙みちぎってはいねえよ。お前の名前は?」
    「ライナー・ブラウンだ。一応アメフト部のキャプテンやってる」
    「よろしくライナー。なあ、さっさと掃除してさっさと帰ろうぜ」
    「ああ」
     エレンはライナーの横に並んで、用務員室のドアをノックする。
    「2年のイェーガーです」
    「3年のブラウンです。トイレ掃除のための道具を借りに来ました。入室してもよろしいでしょうか」
    「おいおいおい、なんだお前らその恰好は」
     用務員室の奥のデスクに足を組んで腰かけた男が、二人をじろりと睨みつけた。タイタンスクールでもっとも恐れられている伝説の清掃員リヴァイ・アッカーマンその人であった。ライナーが震えた声でリヴァイに尋ねる。
    「な、何かお気に召さないことでもありますか?」
    「おおありだ。ガキども、お前らは掃除を舐めてるのか?」
    「いえっ、舐めてませんけど」
    「おいエレン」
     ライナーが小声でエレンを制する。
    「誰が反論しろと言った?いいか、トイレ掃除には塩素系洗剤を使う。必ず手袋とマスクを装着しろ。仕上げの水まきとブラシ掛けのために長靴と防水エプロンも忘れるな。分かったらさっさと行け。時間は有限だ。俺は忙しい」
    「はいっ!承知しました!いくぞ、エレン」
    「しつれいしやしたっ!」
     エレンとライナーはすばやく清掃用具をかき集めると、腰を90度以上曲げてリヴァイに礼をして出て退室した。用務員室から離れても、震えが止まらないまま二人は黙々とトイレの掃除に取り組み、目の届くあらゆる部分をピカピカに磨き上げた。
    「エレン、そろそろ終わるか」
    「ああ。にしてもリヴァイさんマジで怖かったな……。清掃員にあんな眼光の鋭さ必要か?」
    「噂によると元々はギャングのボスだったらしいな」
    「ライナーって噂に詳しいんだな」
    「エレン、お前が周りを気にしなさ過ぎなだけだと思うぞ」
    「そうかあ?なあ、腹減ってねえか?」
    「ああ、飯食いに行くか。安くてうまいダイナーがあるんだ」
     ライナーに連れられてやってきたダイナーは、年季の感じるテーブルセットに黄色い内壁で、初めて来たのに既視感を覚えるような懐かしい雰囲気の場所だった。ライナーはグリルチキンのバーガーを、エレンはチーズハンバーガーを注文した。エレンは熱々のバーガーをほおばると、チーズと肉汁で脂ぎった口の中を冷たいコーラでリフレッシュして、すかさず塩のきいたポテトを放り込む。油分糖分塩分の永久機関だ。
    「エレンお前意外と食いっぷりいいな。これも食うか?」
     ライナーがエレンにポテトを差し出した。
    「なんで?いらねぇの?」
    「揚げ物控えてるんだ、筋肉のためにできるだけ低カロリーで高タンパクなものを食べるようにしてる」
    「そこまでこだわるのすげぇな」
    「ああ、我がチームを勝利に導くために日々自己管理は欠かせない、というのは建前でな」
    「ん?」
    「俺の家は母子家庭でさ、母さんを楽にさせたくてスポーツ特待狙ってるんだ。結果残さないといけなくてな、内緒だぞ」
    「別に、言いふらす相手もいねぇよ」
    「そうか……。よしどんどん食え!」
    「ん」
     ライナーが機嫌よくポテトを差し出してくるのをエレンはひな鳥のように受け止めていった。
    「食事制限がしんどい時にさ、大食いの動画とか見るんだよ」
    「自分も食べた気になるってことか?」
    「そうだ。エレンはモヤモヤした時はどうしてる?」
    「んー、俺は走ったり、部屋に置いてるサンドバッグ殴ったりしてるな」
    「エレンお前、スポーツやったらどうだ?」
    「あー、体動かすのは好きだけどルール覚えたり守ったりすんのが嫌なんだよ」
    「なんだそれ、勿体無い、そうだちょっとこれ見てみろよ」
     ライナーがスマホを操作して、エレンに動画を見せてきた。
    「赤のユニフォームがうちのチームだ。白が敵」
     四角い画面の中で茶色い楕円形のボールを抱えた選手が、襲いかかる敵チームを避けながらフィールドを縦横無尽に走り抜けていく。あわや敵チームに捕まる、というところで味方チームのブロックに守られてゴールラインまで駆け抜けた。歓声が沸いたところで動画が停止される。エレンはふうっと息を漏らした。いつのまにか呼吸を止めて見入ってしまっていたようだ。
    「ボール持ってたのがライナーか?」
    「いや、最後に相手のタックルをブロックした方だ」
    「なんだ」
    「俺は足が遅いからランニングバックには向いてないんだよ。タッチダウンを決めるランプレイは華があるよな。だけどブロックで味方を守るのは最高に気持ちいいんだぜ」
    「ライナー、お前カッコいいな」
     エレンが真顔でこぼすと、ライナーはきょとんとした顔になった。
    「なんだよ急に」
    「いや、ほんと何言ってんだ俺、忘れてくれ」
    「嬉しいよ。エレン、お前はお世辞を言うタイプじゃなさそうだ。本心で言ってくれたんだろ」
     ライナーが微笑んできたので、エレンはむずがゆい心地になった。
    「アメフトに興味持ったらいつでもウチのチームの見学に来てくれよ」
    「いや、俺はアメフト部に入るつもりはない。怪我したくないから」
    「ははっドライにも程があるだろ」
    「でもライナー、お前には興味あるよ」
    「じゃあアドレス交換するか、今度遊ぼうぜ」
    「お世辞じゃないだろうな?」
    「本心だよ」
     お互いのスマホを操作して連絡先を交換する。ライナーのアイコンは大型犬と並んで笑っているライナーの写真だった。
    「可愛いだろ?」
    「ああ、ライナーお前笑うと可愛いな」
    「は?俺?いや、犬が可愛いだろって」
    「犬なんかどれも同じ顔だろ」
    「いやそんなことないだろ、ふっくくく」
     ライナーは腹を抱えて笑った。エレンは周りが明るくなったように見え、向日葵の花を思い起こした。
    「この子より俺が可愛いとか、お前、病院に行ったほうがいいぞ」
     困ったように苦笑いするライナーを見て、エレンはやっぱり可愛いよな、と再確認していた。
    「なんだよ、失礼だな。これお前が飼ってる犬?」
    「いや、幼馴染のベルトルトん家の子だ。あいつより俺に懐いてる」
    「ふーん。あー、なんか胸がムカムカしてきた。ポテトを食べすぎたせいか?」
    「俺、胃薬持ってる。一応飲んでおけよ」
     ライナーがエレンを心配そうに見つめてくる。エレンの胸のむかつきはおさまったが、今度はバクバクと心臓が鳴り始めて呼吸が浅くなってきた。
    「エレン、顔も赤くなってきたぞ。熱があるんじゃないか?」
     ライナーがエレンの額に手のひらを当てる。
    「微熱があるかもしれないな。エレン、早く帰った方がいい。送ろうか?」
    「いや、大丈夫だ、家、近いし」
    「そうか?気をつけて帰れよ。心配だから帰り着いたら連絡くれ」
    「おう」
     エレンはふらふらとダイナーを出て、なんとかバスに乗り、自室のベットに倒れ込んだ。仰向けになり見慣れた天井を見上げる。ライナーとのやりとりを思い出し、メッセージを打つ。
    『エレンだけど。ちゃんと家に帰ったよ』
     しばらくしてライナーから返信が来た。
    『よかった。でも念のためおとなしく早く寝るように』
     本当に面倒見がいいやつだな、とエレンは感心した。
    『分かった、おやすみ🐶』
     テキストを打ち込んで犬の絵文字を押す。ライナーから返信。
    『おやすみグッドボーイ🦴』
     骨の絵文字つきだ。なんでもないやりとりが嬉しくてにやけてしまう。その夜の夢の中で、エレンは子犬になっていた。子犬のエレンは飼い主のライナーと一緒に疲れ果てるまで遊んで、同じベットで眠りについた。
     タイタンスクールでは週に2回授業が終わってから20分間の課外活動が義務付けられている。エレンはアルミンに誘われて現代視覚文化研究クラブというアニメや映画を鑑賞する活動を選んだ。エレンを闇の騎士と呼ぶゴシック趣味の少女ミカサも同じクラブを選択していた。3人は昼食を一緒にとり、休日は映画館に繰り出すような仲になっていった。
     カフェテリアで昼食をつつきながら、エレンはアルミンに相談を持ち掛けた。
    「アルミン、最近知り合った奴がいるだけど、一緒にいるとドキドキするんだ、病気かな」
    「なんだってエレン、心臓の病気は放置すると手遅れになるよ!病院行った?」
    「いや、俺の母ちゃんが言うにはそれは絶対に病気じゃないって」
    「ふむふむ。他に変わったことはある?」
    「そうだな。そいつのことがずっと可愛く見える」
    「うんうん、一緒にいるとドキドキして?相手のことが可愛く見える?エレン、やっぱり君は病気かもしれないよ」
     アルミンは見えないバインダーにメモをとるようなジェスチャーをとりつつ、さながら医者のように質問を続けた。
    「マジで?」
    「ねえ、その相手が他の男の話をしたらむかついたりしてない?」
    「した!なんだお前エスパーかよ」
     エレンは、ライナーが友人のベルなんとかの話をしてきた時のことを思い出し、激しくうなずいた。
    「ふふ、エスパーだったらいいな、と星に願ったことはあれど、残念ながら僕は凡人だよ。こんなフツメンの僕でさえ見抜いてしまえるぐらい君は分かりやすく不治の病に冒されているってことさ」
     アルミンがメガネをくいっとあげて怪しい笑みを浮かべる。
    「は?やっぱり病院行った方がいいのか?」
    「いや、病院に行っても解決しないよ。なぜならエレンがかかっているのは……『恋の病』だからさ!」
     アルミンは『恋の病』と言いながら、両手でピースの指を曲げて強調する。どや顔の友人を、鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆然とした顔でエレンが見つめ返す。
    「…は?恋?いやいや、そんなわけ」
    「エレン、試しにその子のこと思い浮かべてみて」
    「うーん」
     エレンはライナーの笑顔を思い浮かべる。じわじわと体温があがる心地がする。
    「あーっ、顔が赤くなった!間違いないよ!恋だよ!」
     アルミンが飛び上がって喜んでいる。なんで他人の色恋でこんなに興奮できるんだよ。
    「そんな、そんなわけ……」
     あるかもしれない。あれ以来エレンはライナーのことがやたらと気になって仕方なかった。
    「くそっ、俺はどうしたらいいんだ」
    「エレン、まずその子と連絡先を交換して……」
    「連絡先?ならもう交換してるけど」
    「なんだって!最初の関門は突破してたんだね!じゃあデートに誘うんだ」
     アルミンが勢いよくグッドポーズを突き出す。
    「デート?急すぎだろ」
    「エレン。連絡先を交換したってことは、いつでもデートに誘っていいって了承を得たことと同じだよ」
    「そ、そうか?いや。まあ向こうが今度遊ぼうって言ってたしな」
    「きっとその子はエレンの誘いを待ってるよ!」
    「でもデートってどこに行ったらいいのか分かんねえし」
    「そうだね、いきなり全く勝手の知らない店なんかに誘うのは得策じゃない。エレンにとって落ち着く場所がいいんじゃないかな」
    「落ち着く場所?家しか思いつかねぇ」
    「家でもいいんじゃないかな!お家デートってやつだ。2人きりになれるし。一緒にビデオでも見ながらお菓子を食べて談笑して、仲を深めるんだ」
    「エレン、恋人と2人で見るのならトワイライトをおすすめするわ」
     いつの間にかエレンの隣にはミカサが座っていた。
    「うっ、ミカサ、いつからいたんだよ。ていうかまだ恋人じゃねぇよ」
    「大丈夫、運命の輪のタロットカードがあなたの恋の進展を予兆している。あなたなら思い人の心臓を必ずや射抜けるはず。時は金なり。いちはやく逢瀬の誘いをかけるべき」
     エレンの恋は、アルミンとミカサにとっても大きな事件だった。常にローテンションなエレンが、乙女のように頬を赤らめて思う相手が現れるなんて。絶対にこの恋を実らせてあげたい。メール!メール!と叫ぶ2人の友人からのコールに押される形で、エレンはライナーにメッセージを送っていた。
    『ライナー、助けてくれ』
    『どうした?今どこにいるんだ』
    『友達に吸血鬼の映画のDVD押し付けられててさ。感想せびられて面倒だから一緒に見て。俺じっと座ってるの嫌いだから、1人じゃ無理』
    『なんだ、心配させやがって。てっきりゾンビにでも襲われたのかと思った。いいぜ。お前が映画を見てる間じっとしてられるか監視すればいいんだな?』
    『ああ、よろしく頼むよ。じゃあ今度の週末に俺の家に来てくれ』
    『分かった』
     メッセージのやりとりがひと段落したエレンを、アルミンとミカサが心配そうに見つめている。エレンがグッドポーズを突き出すとアルミンとミカサは飛び上がってガッツポーズを突き上げた。
     そして週末。エレンは手汗をズボンで頻繁に拭きながらライナーを自宅へと案内した。
    「ここが俺の家だ」
    「ご両親は?」
    「父さんは土曜も仕事。母さんはママ友の会?とかでアフターなんとかに行ってるらしい」
    「もしかしてアフタヌーンティーのことか?」
    「おお、それだと思う」
    「じゃあ帰ってこられるのは夕方ぐらいか?一応、ご挨拶に焼き菓子持ってきたんだ。後で渡しておいてくれ」
    「わかった。わざわざありがとな。ライナー何飲む?」
    「ミネラルウォーターあるか?」
    「あるぜ。ちょっとまっててくれ」
     エレンは冷蔵庫から水の入ったペットボトルを2本取り出す。エレンが振り返るとライナーは壁にかかったイェーガー家の家族写真を眺めているところだった。エレンの10歳の誕生日に写真館で撮影したものだった。エレンはライナーに幼いころの自分を知られるのは無性に恥ずかしいと思ったが、それを伝えるのもまた恥ずかしかった。
    「ライナー、俺の部屋で見るから」
    「ん、わかった」
     エレンはライナーを自室に招いて、ベッドに座るよう伝えた。ミカサから借りたDVDをパッケージから取り出してプレイヤーにセットする。エレンがライナーの隣に腰かけた。香水だろうか、ライナーから柑橘系の香りが漂ってきて、エレンは急に自分の体臭や部屋の匂いがどう思われるかが気になって不安になった。壁際に置いたテレビの液晶画面の中では、予告編を終えて映画本編が流れ始める。トワイライトは霧が濃い田舎町へ引っ越してきた高校生のベラと、人間の血を吸わないベジタリアン染みた吸血鬼のエドワードのロマンスの物語だ。生物のクラスでエドワードの隣の席になったベラは、エドワードがベラの匂いを我慢するような素振りをすることを不審に思う。
    「なあライナー。ベラって実は体臭きつかったのか」
    「いやこれはエドワードがベラのフェロモンにやられてるってことだと思うぞ」
    「じゃあそう言えよ。ベラ傷ついてるだろ」
    「初対面の印象が悪い方が相手のことが気になって仕方なくなるってやつだ」
    「あー、確かにな」
     ベラが車に衝突されそうになり、エドワードが吸血鬼の超人的なパワーで助ける。ベラを心配した父親が、離婚した母親に連絡するように伝える。
    「自分が怪我したときに親に過剰に心配されるの腹立つよな」
    「大事な家族なんだから心配して当たり前だろ。優しいご両親たちじゃないか」
    「でも離婚してるんだよな?どっちかが浮気したってことだろ」
    「……よくあることだろ」
    「まあ、そうだな。俺も腹違いの兄貴いるし」
    「エレンはご両親が再婚してたのか」
    「らしいよ。兄貴の母さんはもういないし、兄貴のこと写真でしか見たことないけどな。親父そっくり」
    「そうか」
    「エドワードはなんであからさまな嘘つくんだ?」
    「正体がばれると困るからだろ」
     エドワードの正体に気づいたベラが、森の奥で二人きりになり思いを伝えるが、エドワードは捕食者と獲物の関係では幸せになれないと拒絶する。
    「ライナー、エドワードが急に動物の話をしだしたのはなんでだ?」
    「例え話だろ。吸血鬼のエドワードがライオンで、ただの人間のベラが羊ってことだ」
    「ふーん……。おいなんでいいところで木の枝を映すんだよ」
    「ああ、あの後絶対エロいキスしてたな」
    「うわ、見ろよあいつらの顔。もうヤったのかよ」
    「いや、すごいエロいキスだけでああなったのかもしれないだろ」
    「キスだけでああはならないだろ」
    「さすがに山奥で初夜は迎えないんじゃないか?」
    「もうこの話はやめようぜ。いつのまにかベラとエドワードが校内公認カップルになってるぞ」
    「エドワードが急にサングラスかけだして完全に調子のってるな」
    「うわあ、なんか血吸ってるとこエロくね?」
    「ああ、セクシーだな」
    「俺の友達でアルミンってやつがいて」
    「うん?どうした急に」
    「そいつ日本のアニメとかコミックが好きなんだけど、アニメの女の子が苦しむ表情とか集めた動画で抜いて後でめっちゃ後悔するらしい。なんか思い出した」
    「エレン、そういうの本人に了承せずに他人に話すのよくないぞ」
    「そうか?カフェテリアでアメフト部がデカい声で同じようなこと話してた気がするけどな」
    「あいつら猥談封じられると話題がすぐ尽きるからな……」
    「ライナーは?どんな子がタイプ?」
     エレンの突然の質問にライナーはフリーズした。軽い付き合いの友人たちに同じことをを聞かれる時は間髪入れずに学校のクイーンビーの名前を挙げている。周りが期待する男として振舞うために、身体を作り、自分の感情を偽ってでも大多数が納得する言動を選択して、ライナー・ブラウンはジョックとしての地位を築いてきた。しかしライナーはエレンの前で自分を偽りたくないと思った。
    「……俺は、男が好きなんだ」
     ライナーは何ともないように伝えたかったが、語尾が震えてしまっていた。エレンは微動だにしないが内心ではガッツポーズをしたい気持ちを必死に抑えている。
    「ふーん。男が好きなのか」
    「お前から聞いておいてなんだその薄い反応は」
    「男にもいっぱいいるじゃん。俺は?」
    「は?」
     全く表情を変えないエレンにライナーは不安になってきた。
    「エレン、全然驚かないんだな」
    「誰が何を好きだろうが勝手だろ」
    「エレンのそういうところをアルミンは好きなんだろうな」
    「は?なんで今あいつの話になんの?ライナーは?お前は俺のこと好き?」
    「そういうお前は俺のことどう思ってるんだ?」
    「俺は、好きって、よく分からない、けど。でも、ライナーのことが気になる。笑ってると嬉しいし、他の男の話してると腹立つ。こんなの初めてなんだよ。お前のこと考えると頭がぐちゃぐちゃになる」
     緊張しきったエレンの表情は、愛しい相手に向けるものというより敵を確実に仕留めようとする武道家のようだった。ライナーは自分がエレンを狂わせてしまったことに気づかされて、動揺すると同時に仄暗い喜びを感じていた。
    「エレン、お前は俺にどうして欲しい?」
    「俺は、ライナーに俺のこと好きになって欲しい」
    「もうなってるよ」
    「は?」
    「俺もエレンのことが好きだ」
     ライナーは必死な表情をしながら上目遣いで見つめてくるエレンをかわいいなぁ、と思い、エレンの艶のある黒髪をくしゃりと撫でてしまっていた。
    「お前の裏表ない、どストレートなところが好きだ」
     エレンが、目を見開き、ふーっと鼻息をもらす。
    「じゃあ俺と付き合って」
    「は?」
     エレンの大きな瞳が液晶画面の点滅を反射してライナーにはギラギラと光って見えた。
    「エレン、お前はストレートじゃ」
    「わかんねぇ、俺誰とも付き合ったことねぇし」
    「だったら」
    「だったら何」
    「いや…」
     エレンの瞳孔が開いている。吊り上がった口角は肉食獣を思わせた。獲物を前にした獣だ。俺に喰らいつこうとしている。だったら。まだ女の子と付き合ったことがないんだったら。俺みたいなゴツい男なんかと付き合おうなんて気の迷いだろ。ライナーはそう言おうと思っていた。お前は間違ってる、そんなの常識的におかしいと。それらの言葉がエレンの逆鱗に触れることは、短い付き合いのライナーにだって分かった。
    「なんで俺と付き合いたいんだ?」
    「もっとライナーのこと知りたいから」
    「じゃあ友だちでも…」
    「友だちじゃ駄目だ。その他大勢と同じだ。ライナー、お前ってさ、いつも周りの奴らに合わせてガチガチの鎧をつけてるような感じがするよ。でも俺はそれを剥がしたい。裸のお前を見てもいい特別な存在になりたい。まっさらなお前がどんな奴なのか知りたい」
    「…っ」
     ライナーは口内に溜まった唾液を飲み込んだ。ビリビリと腰から背筋に甘い疼きが立ってじわりと視界が滲む。飾らない自分を受け入れてくれる誰かを、ライナーは心の奥底で求めていた。エレンの欲望を裏返せばライナーの欲望になる。ライナーはふっと口元を緩めてエレンを見つめ返した。
    「エレン、付き合うのはいいが、条件がある。絶対浮気するなよ」
    「は?本当か?OKってことか?」
    「ああ」
    「うわ、信じられねえ。現実か?ちょっとぶってくんねえか?」
    「いきなりハードなプレイを要求してくるなよ。エレン、とりあえずエロいキスしとくか?」
     ミネラルウォーターを口に含んだエレンはライナーの唐突な発言に思わず咳きこんだ。エレンは皺の走るシーツでそっと掌の汗を拭う。
    「ごほっ、え?ベッドの上でそういうこと言うのかよ。俺止まれる自信がないけど」
    「ラインバッカ―なめるなよ。好きなだけ攻めてこい」
     不敵に笑うライナーにエレンはとまどいながら覆いかぶさっていく。我慢がきかないティーンたちを尻目に、液晶画面の中ではモノクロのエンドロールが流れていた。

    おわり
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    Replies from the creator

    しおつき/干し

    DONESS
    スクカー軸のエレライが出会って付き合うまでの小話です。全年齢。三人称とエレン視点、ライナー視点が混ざっててカオスです。タップで全文表示されます。
    我慢がきかないティーンたち「本日返却したテストがE+より下の評価だったものは、明後日の4時間目終了後にこの講義室へ来るように。追試験を行う。NOじゃない。リベンジのチャンスがあるだけ感謝しろ。それでは解散」
     物理基礎クラスを担当する教師が教壇から冷たく言い放つ。禿げ頭の物理教師は、軍隊上がりで異様に厳しいことで有名だった。終業のベルが鳴って教師が出ていくと、第2講義室に集まっていたタイタンハイスクールの学生たちは抗議のブーイングを大きくもらしてざわつき始める。窓際の隅の席に座っていたエレン・イェーガーは手元の解答用紙に目を落とした。書き殴るように真っ赤なF+が記されている。エレンはため息をついて窓の外の青空をぼんやりと眺めた。周りの生徒たちはせかせかと教室を飛び出している。目的や夢を持つ学生にとって時間はいくらあっても足りない。そんな忙しい学生たちの中でエレンは浮いた存在だった。熱中してるものがなく、他人に話を合わせるのを嫌ったエレンには2年になっても友人も恋人もいなかった。両親は健在で、いじめられることもなく、大きな活躍で目立つこともなく、可もなく不可もない人生。劣等感を糧に奮起することも、艱難辛苦を味わって野望を抱くこともなかった。エレンの日常はスクールバスから眺める外の風景のように、突っ立ったままでいても過ぎ去っていく。
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