事後、翌朝。 あつぴがだざの背中を押す話願いは変わらなかった。
────彼女に出逢ったあの日から。
そばにいて、守りたい。
たった、其れだけの事だった。
【EVERLASTING】
「…あれ?太宰さん…?」
「やぁ、敦くん!!早いねえ」
「…太宰さんが探偵社に一番乗りだなんて…明日は槍でも降ってくるのだろうか」
これが私を見た敦くんの第一声だった。
…よかった。これなら、彼女との間に何があったのかを悟られている様子は──────
「なんて、冗談ですけどね」
──────否、矢張り、彼は気付いている。
「先程、僕に電話が有りました。今日は会社を休むから、国木田さんに上手く伝えてくれって」
敦くんに連絡が行くことは想定内だった。あの状況で、国木田くんに社を休むと連絡をする事は避けるだろうし、乱歩さんに話せば事の次第を全て知られてしまう。かといって、無断で仕事を休むなんて彼女に出来るわけが無い。
「泣いてましたよ」
「…だろうね」
「矢っ張り、知ってるんですね」
当然だ。彼女を泣かしたのは私なのだから。そう云えばいい。それで後は何時ものように道化を演じ、誤魔化せば──────
「何の話だい?」
…あれ?
「一ついいですか?」
「構わないよ」
違う。私は、一体何を──────
「太宰さん」
彼に期待しているのだろうか。
「僕は…女性と関係を持った事は無いですし、太宰さんが今迄どんな恋愛をして来たのかも分かりません。でも、貴方が彼女を…和葉さんを大切にして来た事は知っています。ずっと、ずっと…大切にして来たのに…どうして、傷付けたんですか?」
「…随分と直球だね」
「すみません。でも、納得が行かないんです!ずっとずっと御二人を近くで見てきたから…和葉さんが傷付く姿も……太宰さんが悲しむ姿も僕は見たくないんです!」
虎を写し見に憑依させる彼の異能。それ故なのか。それとも、彼が元々持ち得ている才なのか。
「御二人には沢山助けてもらいました。だから今度は、僕が助けたいんです」
野生の勘。とはよく言ったものだ。
其れは時々、心臓を抉る様な勘の鋭さを見せ
「…残念だけど、手遅れだよ。彼女はもう私の元には「中也さんに譲るつもりですか?」…」
私の痛い所を的確についてくる。
「なんだい、敦くん。今日は随分と食らいついてくるね、君らしくないよ」
「らしくないのは太宰さんですよ」
全く引く様子の無い敦くんの様子に徐々に怒りが湧き上がる。私から理性を奪い取るには充分なくらいに。
「君が私らしさを語るのはお門違いだ」
「そうかもしれませんね」
「敦くん。いくら君でもこれ以上、私達の関係に口を出すなら────引き金を引く」
私は懐から拳銃を取り出し、敦くんの顬に押し付けた。
「太宰さんは僕を傷つけたりしません」
「忘れたのかい?私は元ポートマフィアの幹部、太宰治だ。その気になれば、君なんて簡単に殺せる」
尤も、本当に引き金を引くつもりはない。ただ威圧するだけだ。気が動転して、口を滑らせてしまったが…これ以上彼に何かを期待したところで──────
「引き金を引くのは、大切な人達をもう二度と喪わない為」
敦くんが唐突に口にした言葉。
其れを聴いた瞬間、銃を持つ右手に力が入らなくなった。
「和葉さんが何時も口にしてる言葉です。彼女の云う大切な人…その中には太宰さんだって入ってるんです。」
「…」
敦くんは床に落ちた拳銃を静かに拾い、私に手渡すと、表情を崩し云った。
「僕の知っている太宰さんなら、中也さんに譲るなんて…絶対に有り得ませんよ。だから───思う存分に喧嘩して、取り返してきてください!」
嗚呼、私はきっと最初から──────
「敦くん、国木田くんへの言い訳…二人分、頼めるかい?」
「解りました。そのかわり一つお願いを聴いてください」
「其れはなんだい?」
───彼(あつしくん)に背を押してもらいたかったのだろう。
「お腹いっぱい茶漬けが食べたいです。今度は太宰さんのお金で」
否、──────彼に命を救われたあの日から、何かを期待していたのかもしれない。
「…考えておくよ」
敦くんに背を向け、扉を開ける。
社に着いた際は鉛の様に重かった扉。
宛ら、私の心を表す様に重かった鉄の扉でさえ、木製の扉のように温かみのあるものと同様に感じた。
願いは変わらなかった。
彼女に出逢ったあの日から。
そばにいて、守りたい。
たった、其れだけの事だった。
それなのに私は彼女を酷く傷つけた。
だから私は手放す事を選んだ。
もう二度と彼女を傷つけない様に。
でも、それは彼女が一番望んでいない事だ。
真逆、其れを敦くんに教えられるとはね…。
「行ってらっしゃい!太宰さん!」
敦くんに見送られ社を後にし、外に出て直ぐ携帯を開く。数分前に送られてきた電子文書。その内容を確認し、私はその場所へと歩を進めた。
これからは涙も、痛みも
私が引き受ける。
何が起こっても、守る。
だから、私を信じてほしい。
────そう、彼女(かずは)に伝えるために。