仲良く寝ちゃう黒蝶原作 太中再会前夜。
中東の小競り合いを制圧する仕事を云い渡され半年。数ヶ月ぶりに本部へと帰還する前夜、中也は何時もの様に紫煙を燻らし、長椅子で寛いでいた。
「半年、か」
「月日が経つのは早いものね」
口に煙草を咥え誰に云うでも無く呟いた中也の言葉に返答したのは、彼の現相棒。
「お疲れ様、中也」
「和葉」
和葉は紫煙を燻らす中也の隣に並び腰を降ろすと、柔らかな笑みでそう告げた。
「報告書、終わったわよ」
「あ、嗚呼...」
「如何したの?」
「否...」
歯切れの悪い返答をする相棒の様子。不思議に思った和葉が怪訝そうに問えば、眼を細める中也。
その様子は睡魔に顔を歪める様に似ていた。
「中也」
「...」
「はい」
和葉の行いに先程よりも深い皺を眉と眉の間に刻む中也。対する和葉は平然とした顔で中也の次の反応を待っている。
「...何の真似だ」
「何って、疲れてそうだから膝貸してあげようかなって」
「その体勢で。か?」
「あ」
長椅子に脚を組んで坐る中也の横に胡座をかいて坐る和葉。何処から如何見ても、他人に膝を貸して眠りに誘う事等、出来るような体勢では無い。
その事に和葉は云われて初めて気付いた様子だった。
「...座り直す」
おずおずと脚を崩しはじめる和葉。
「構わねえよ、別に」
中也は静止の声をかけつつ、吸い終わった煙草を目の前に置かれた灰皿へと押し潰してから、空いた方の手で口許を覆い大きく欠伸をする。
「矢っ張り、眠いんじゃない」
其の姿を見て確信をつく和葉に中也は瞳に涙を貯めながら、云った。
「そりゃ朝から晩まで働いてたからな」
「...だから膝貸してあげようと思ったのに...」
片頬にだけ空気を含み其の儘、ぷくーっと膨張させる和葉。
実に”らしく無い”彼女の行動。
其の行動に何かを悟ったのか「成程な」と小さく呟いた中也は組んでいた脚を降ろし、横に居る和葉を自身の方へと抱き寄せる。
「中也?」
「疲れてンのは手前も同じだろ。特別に俺の肩貸してやるからさっさと寝ろ」
「...」
悪戯な笑みを浮かべる中也の言葉に
和葉は大人しく眼を伏せ、代わりに口を開いた。
「私より小さい中也の肩を借りて寝れるかな」
「前言撤回だ。今すぐ重力で押し潰してやる」
「否、嘘、冗談です」
紅い光を身体に纏う中也に和葉は即答してから中也の胸元に顔を預けた。
「肩じゃなくて、こっちがいい」
沈着冷静、黒蝶の頭脳と呼ばれる和葉。彼女が自分から人に甘える事など普段ならば決して有り得ない事だ。
然し、度重なる事件に疲弊しきっている今の和葉の様子を”普段通り”と称するのはやや語弊が有る。
中也は和葉の些細な言動から
其の違和感を確りと読み取っていた。
数分の後、規則正しい寝息を立てて和葉が深い眠りについた。胡座をかいた儘に。
「...はぁ」
和葉の女性らしからぬその姿に大きくため息をついた中也は肩に掛けていた外套を””異能力””で持ち上げると、宛ら掛け蒲団のようにして彼女の身体に覆い被せる。
「手前の方が、余程疲労困憊じゃねえか。人の心配してる場合かよ」
そう云う中也の眼も半分しか開いて居ない。其れもその筈。
彼の睡魔もとっくに限界を超えていた。
自室に和葉を運ばねば。
頭でそう解っては居ても
身体は云う事を聞いてくれそうに無い。
「一時間だけ、寝る...か─────」
半ば落ちるようにして眠りに深い眠りについてしまった中也は、無意識にも和葉を其の腕に抱き締めた儘に眠ってしまった事を翌朝部下に聞かされ、和葉と共に顔を真っ赤に染め上げるのだった。