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    ⚠︎WJの7号(Z=225)までのネタバレ含む

    ※ほんのりSAI→龍水

    沈没船にはなり得ない龍水が宇宙船のパイロットを託した。スタンリー・スナイダーという男性に。
    パイロットの適任者だと自他共に認めていたにも関わらず龍水がこの決断に至ったのならば、その理由は聞かなくても分かる。彼は龍水より優れた技術があり、この石の世界において、パイロットとして一番信頼のおける人物なのだろう。

    その話を再び本人から聞いたのは、その日二人で行っていたチェスが三度目の終わりを迎えた時だった。
    最近の龍水はチェスAIと勝負することを楽しんでおり、僕と二人でチェスをするのは久しぶりだったのであと二、三局はやりたがるだろうと思っていたけれど、龍水はチェスボードから駒を一つずつ取って片付け始めた。
    これまで龍水と何度もチェスを行ってきたけれど、木製の駒にはほとんど傷みがない。龍水は昔から自由奔放な振る舞いをするものの、どんな物でも等しく丁寧に扱う。そういえば龍水が何か壊したところを見たことがないなと、この時初めて気が付いた。

    「宇宙へ行くことはなくなったが、俺はこれからも万が一に備えてパイロットとしての腕を鍛え続けていくつもりだ。」
    一度背負った責務から離れることなく最後まで全うする、個人的な願いが叶わなかったとしてもその先にある成功を手に入れるために努力を惜しまないその考えに「龍水らしいね。」と答えた。
    目の前で普段と同じように笑っている龍水は、昨日パイロットの変更を皆に伝えた時も、チェルシー君に真意を尋ねられた時でさえも笑顔を崩さなかった。
    宇宙船の話が持ち上がる度に「俺は絶対に乗るぞ!」と口にしていた龍水が、自分で作った宇宙船の模型を嬉しそうに眺めていたあの龍水が、喉から手が出る程追い求めていた宇宙船の席を自ら明け渡す決断をした時の心境を思うと言葉では上手く言い表せない感情に襲われた。
    これまで龍水のせいで苦しく思うことは何度もあったけれど、龍水自身に対して思いを馳せ、胸が痛んだことはこれで二度目だ。

    今まで龍水は望むもの全てを自らの力で手に入れてきたのに、あいつでも叶わないことがあるなんて思いもしなかった。
    幼い頃、支配してこようとするあの人達から逃げ続けた僕とは対照的に、向かってくるもの全てを打ち倒し、自分の信じる道へ突き進む龍水が眩しかった。既に光り輝く場所へいるのにも関わらず、日陰にいる僕へも真っ直ぐに手を伸ばしてくる龍水を疎ましく感じたこともあった。
    何故僕なんかを誘うのか、一人で好きな所へ自由に行ってくればいいのにと思っていたけれど、たった二人の兄弟である僕だからこそ何度もめげずに誘ってきたのだと今なら分かる。それに気付いたのはゲン君達のおかげで、あのきっかけが無ければ昔のように龍水を拒んだまま距離を置いてしまっていただろう。

    龍水に目を向けると駒を全て片付け終わったようで、マグカップを手に取っていた。部屋へ来た時には暖かった珈琲は今やすっかり冷えてしまったけれど、それを気にすることもなくじっくり味わっていた。
    「どうした?SAI。」
    ずっと黙っていた僕を不審に思ったのかこちらを見た龍水と目が合った。
    毎日のように僕を様々な要件で誘いに来ていた龍水が珍しく来なかったこの二日間に、パイロットへの気持ちの整理をつけたのだろう。
    そこにはきっと千空君やフランソワ達、皆の存在が大きかったのだと思う。
    ここが石の世界になる前、縦横無尽に駆ける龍水を七海一族の誰も扱えきれないと手を離していた。僕もそんな龍水から逃げてしまったけれど、石の世界で出会った仲間達は龍水の在り方を否定せず理解して受け止め、互いに切磋琢磨してここまで進んで来たんだろう。龍水が信頼し合える彼らと出会えて良かったと心から思う。
    「龍水、全部手に入れよう。皆と一緒に。」
    僕の言葉を聞いて龍水は瞬きを一つ落とした後、いつもの笑みを浮かべて言った。
    「……ああ、当然だ。全てを手に入れるぜ、俺は。」

    龍水が部屋を出た後、机の上に置いてある宇宙船の模型に触れた。縮尺が正確で見事な出来のそれからは、龍水が宇宙船に掛ける強い思いがひしひしと伝わってくるように感じた。
    まだ僕達が幼かった頃、龍水に言われて帆船の操縦シミュレーターのプログラムを作った時、龍水はボトルシップを作っていた。しぶしぶ付き合っていたけれど、傍から見れば到底無理な夢をあまりにも楽しそうに話す龍水につられて少し笑ってしまったことを覚えている。龍水が大切そうに持つボトルシップを見て、いつかきっとお前は様々な努力を重ね、その船に乗るのだろうと思っていた。
    今回宇宙船の操縦シミュレーターのプログラムを作った時も、お前が宇宙船に乗ることを確信していた。けれど今回は。

    宇宙船の席を明け渡した龍水の判断に異論はないし、同情なんてするつもりもない。龍水がそれを望まないことも分かっているけれど、それでも幼い頃に夢を語っていたあの日の姿が重なって、今だけはお前のことを思ってしまう。

    行きたかったよな、龍水。自分の手で。

    宇宙船の模型を指でなぞりながら息をゆっくり吸って、吐く。それと同時に無意識の間に張り詰めていたものが解けたようで、目から涙が零れ落ちてきた。あんなに手を焼いた龍水のことを思って泣く日が来るなんて思いもしなかった。



    宇宙船が発射する日、搭乗直前の龍水とスタンリーさんのやり取りを見て、僕の中にほんの少しだけ残っていた疑惑が消えた。会話は聞こえなかったけれど、スタンリーさんが龍水の思いを確かに受け取ってくれていたことも、この人だからこそ龍水が夢であった宇宙船のパイロットを託したこともよく分かった。
    僕に出来ることなんてたかが知れてるだろうけれど、宇宙にいる彼らのアシストとして出来ることを精一杯行おう。ホワイマンとの闘いは避けられないだろうし不足の事態に陥ることもあるだろうから、せめて宇宙船の連結までは何事も起きませんように。

    そう願っていたけれど、恐れていたことが起きてしまった。トラブルの原因はまだ確定していないけれど、宇宙船側の無線が故障したのだ。それに付随して電気系統の異常も発覚し、宇宙船の連結が困難になっている可能性が高いとゼノさんが皆へ簡潔に報告した。
    皆のどよめきが耳に入る。千空君達の声は受け取れるものの、こちらからの連絡手段はないこの状況下で四号機を発射するべきか否か話し合うクロム君達の声も聞こえてきた。
    千空君達をはじめ、世界中の人達が協力して進んできた道がここで終わってしまうなんて。クロム君やスイカちゃんだって宇宙船に乗る皆が無事に帰って来れるようにこれまで沢山頑張ってきたのに。



    こんな絶望的な状況を今すぐ突破できる人物なんて、僕の知る限りでは一人しかいない。

    「はっはー!!向こうが操作できないのなら、こちらから宇宙船を操作して連結すればいい!違うか!?」
    声がした方に視線を向けると予想通り、普段と同じように笑顔を浮かべた龍水がそこに立っていた。
    この深刻な状況でも変わらず自信に満ち溢れた佇まいで、さっきまでこの部屋全体を覆っていた憂いを一気に吹き飛ばしてしまった龍水を見て思わず笑ってしまった。
    龍水の隣に立つフランソワの手には皺ひとつない、きっちりと畳まれた船長服が用意されていた。


    「行ってらっしゃい、龍水。」
    「龍水様、どうかお気を付けて。」
    「ああ、行ってくる!」
    僕とフランソワ、そして皆からの声援を受け龍水が宇宙船に乗り込んだ。
    ゼノさん達との最終確認が終わり石化装置が作動した後、龍水を乗せた四号機が宇宙へ向けて発射された。

    フランソワは龍水と同じようにいつでも笑みを絶やさない。自らが仕える龍水のために優秀な執事であり続ける。そんなフランソワの手が、龍水を宇宙船へ送り出した後微かに震えていたのが見えた。
    宇宙での死亡率はわずか五%程であり、今回打ち上げたものは全て成功しているとはいえ龍水が乗っている四号機の打ち上げの成功が確証されているわけではない。皆と共に作り上げた宇宙船の性能を疑うつもりは一切ないものの、どうしても最悪の事態が頭をよぎってしまう。神様がいるのかは分からないけれど、もし本当にいるのなら、どうか僕のたった一人の弟が進む道の邪魔はしないでくれ。



    「はっはー!!飛び出たぜついに!!!宇宙は俺のものだ!!!!!」
    僕達が祈るようにお前の無事を願っていたことも知らないで、意気揚々と声を上げる龍水。声しか聞こえてこないけれど、楽しそうに笑いながら宇宙船を操縦している姿が十分に想像出来る。
    「宇宙第一声が これだよっ。龍水は……。」
    龍水はどこへいてもその在り方を変えずに、まっすぐ前へ進む。
    不可能だと思われた壁にぶつかっても、これまで積み重ねてきた自らの力と、共に進もうとする皆の力を活かして突き進んでいく。
    ああ、お前がいるのなら 例えどんな船でも沈没船にはなり得ないのだろう。
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