極東の隣人エターナルズ……邪悪な捕食生命体であるディヴィアンツから、人類を守ることを命じられた不死・不老の宇宙種族。七千年以上人類を見守りつつ文明の発展を支え、時に導いていた
マッカリ……宇宙エネルギーを動力源とする神速並の超光速移動能力を使い惑星を偵察したり、それを応用した戦闘を得意とするエターナルズの一人。古代都市バビロンに停泊している宇宙船ドーモに潜み暮らしている
ドルイグ……宇宙エネルギーを使い他人の心をマインドコントロールすることができるエターナルズの一人。ディヴィアンツを全滅させた後、アマゾンの奥地にて村を作り暮らしている
ファストス……人類の技術的進歩を密かに支援する、知的な宇宙エネルギーによる発明能力を持った発明家でありエターナルズの一人
セルシ……宇宙エネルギーで物質を別の物質に変換出来る能力を持ち、人類に親和性と共感性を抱いているエターナルズの一人
エイジャック……人類の文明の進歩を助けるエターナルズの賢明で精神的なリーダー。宇宙エネルギーによる治癒能力を持つ
ディヴィアンツ……知的生命体の天敵とされる怪物。多くの星々に襲来し知的生命体を捕食している存在で、これの殲滅がエターナルズの使命の一つ
Wikipediaより引用
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読んでいた本の中に気になるものを見つけ、それをこの目で見てみたいと思った。
マッカリが日本の北海道に行く事にした理由はただそれだけだった。
日本には昔、ドルイグと一緒にディヴィアンツ退治のために訪れたことがある。
あの頃は都が京都にあった。今から、そう、大体千二百年前のことだ。流石に十二世紀以上も経っていたら国家も政府も統治者も変わっているだろう。そんなこと、マッカリには関係のない話だけど。
マッカリを動かすのは好奇心だけだ。ここ数百年の楽しみはドルイグのところに遊びにいくことと、そのついでにちょっと気になったものを“蒐集”することだけだった。
だから自分が久しぶりにこんな気持ちになることが嬉しい。地球上のありとあらゆるものを探索し終えた後の、惑星オリンピアに帰還するまでの暇つぶしにもならない退屈な時間をほんの少しだけでも埋めてくれる本も、目的のモノも。
以前ファストスに作ってもらった機器で目的地を確認すると、宇宙一の瞬足を持つエターナルズ、マッカリは宇宙船ドーモの外に出る。
久しぶりの太陽光に少し目を細めてから、たんっとバビロニアの土をひと蹴りし、二歩目でパキスタンもインドも清国も越える。
三歩目には海に出て、そのまま水面を蹴り上げれば、瞬きする間も無く辺りの景色は一面の銀世界に変わっていた。
ーーバビロン地下のドーモを出てコンマ数秒後の話である。
(雪!久しぶりに見た!)
マッカリは綿のシンプルなシャツとズボンという薄着だが、コズミックエネルギーが体内の隅々まで循環しているため寒さは一切感じない。まとわり付く冷気はむしろ心地良いくらいだ。
しんしんと天から降ってくる粉雪が彼女の長いまつ毛に積もり、じんわりと融けていく。
普段イラクを拠点にしている彼女にとって雪は珍しいものだったし、きっとアマゾンにいるドルイグも久しく雪は見ていないだろう。
(ドルイグにも見せてあげようかな)
雪を持っていくか、それともドルイグを北海道に連れていくか、どちらにしようか迷いながら雪山を散策してみる。
マッカリに音は聞こえないけれど、それ以外の全てが優れている彼女にこの山は喧しいくらい賑やかだった。
鳥の羽ばたく振動や獣の息遣い、そして人間の気配。広範囲まで感覚を拡げて位置を探ると、ここから三万六千メートル程離れた先に人間が五人居ることが分かった。歩き方のクセや発声振動の高低から成人男性が四人、小さな女の子が一人といったところだろう。
今回はある民族が持っている装飾品が目当てだ。
遺跡だったら勝手に入って目ぼしいものを拝借すればいいだけの話だが、今日はそうはいかない。
その五人が目的のものを持っているかは分からないけれど、この付近に他の人間は居ないようだし少し様子を見ようとマッカリはそちらに足を向けた。
マッカリにとって三十六キロの距離は全く意味がない。
一瞬にして目的の場所に着き、先ほど感知していた人間たちの背後に身を潜め、同時に唇の振動を読む。どうやら彼らは食糧を探しているようだった。伝統的な民族衣装を身に付けているのは少女と男性一人だけ。
(あの二人がきっと“アイヌ”ね)
先ほど彼女が本で見たのは、タマサイと言うガラス玉を繋いだ首飾りの絵だった。
たった一行「大きくて青いガラス玉の首飾りで、アイヌの儀式の時に使用する」としか載っていなかったのにもかかわらず、マッカリはそれをどうしても見てみたいと思った。多分、つい最近も自分たちエターナルズが地球へ来た時のことを思い出していたからだろう。
宇宙船ドーモから仲間達と一緒に見たこの惑星を、また同じように宇宙から見たい。
七千年間抱えてきた想いを、ふとこのガラス玉に重ねてしまった。ただそれだけの事。
(女性が身につけるものだって書いてあったから、あるとすれば女の子の方なんだけど……)
白い毛皮のマントに包まれた小柄な少女は、仲間の男が捕まえてきた兎を手にピョンピョンと飛び跳ねてはしゃいでいる。
視覚感知できるのはフードからチラチラとのぞくループ状の耳飾りと、首元の刺繍の施された布製の首飾りだけだった。
(此処には無いのね)
そういえば儀式に使用すると書いてあった。狩りに着けてくるはずが無い。
彼女たちの後についていけば集落に辿り着くだろうが、そこでも確実に手に入れられるかどうかは分からない。
手っ取り早いのは彼等に確認する事なのだが、マッカリにはそれが面倒だった。
セルシやエイジャック、ドルイグのように人間社会に溶け込んで生活しているエターナルズもいるがマッカリは今まで極力人間との交流を避けてきた。彼等は保護し、慈しみ、進化を手助けしてあげる庇護対象ではあるが、それは星レベルでの話でありマッカリ個人としては違う。
あの女の子に聞くのが一番良いのだろうが、生憎マッカリは手話での会話方法しか持ち合わせていない。
(しまった、ペンとノートを持って来れば良かった)
筆記用具を取りにバビロンまで戻ろうかと思った時、ヒュンッと風を引き裂いて一本の矢がマッカリに向かって飛んできた。
慌てもせずに左手で楽々とそれを掴み、改めて人間たちに視線を戻す。
「アシリパさん、どうしたの?何かいた?」
「ヒグマは冬眠中だし、この辺りは足跡も何も無かったはずだぞ」
「いや、視線を感じたんだが……気のせいだったな。ちょっと矢を取ってくる」
「気をつけてね」
(やだ、あんまりジロジロ見ちゃったから気付かれた?)
少女が一人で矢を探しにこちらに向かって来るようだ。ならば、これは好都合。
雪山に薄着で佇む異国ーー正確には異星だがーーの女に驚いた少女が叫び出す前に(shhhhhh)と人差し指を唇の前に立て、口を噤むよう伝える。喋れなくとも、言葉が通じなくとも、この仕草は全世界共通だ。少女にも意図は伝わったらしく、一度開きかけた小さな口がはく…と白い息を吐き出してから再度閉じた。
そう言えば沈黙を促すこのジェスチャーを初めてやって見せたのは古代エジプトで、それからギリシャやローマに伝わったんだった……なんて関係のないことを思い出してしまった。
革のサンダルで雪を踏み締め、一歩前に出る。笑顔見せ敵意がないと示しながら、持っていた矢を返そうと差し出した。
「お前は誰だ」
しかし差し出された矢を受け取らず、警戒心を露わにした少女にマッカリは肩をすくめ無言を貫くしかない。
利き腕を後ろに回したのは矢筒に手を伸ばすためか、それとも腰のナイフを抜くためか。きっとマッカリが丸腰の女性だから、どう出れば良いのか逡巡しているのだろう。別にここで仲間の男たちを呼ばれても一向に構わないが、これでチャンスが潰れてしまっても困る。
(あーあ、やっぱり先にドルイグを連れて来れば良かった)
そうすれば雪景色も見せてあげることが出来たし“穏便に”タマサイとやらも手に入ったはずだ。その間も少女は仲間のいる方向を気にしながらジリジリと後ろに下がろうとしている。マッカリに彼女や仲間たちに危害を加える気はさらさら無いが、この状況ではきっと分かってもらえないだろう。
むしろエターナルズにとって何時だってこの星の人間たちは慈しみ見守る存在だ。ただちょっと、ほんの少しだけ、退屈してしまった地球の守護者の一員たるマッカリの好奇心を満たして欲しいだけだ。そう伝えたいのに、それが出来ないのがもどかしい。
そう、もどかしいのだ。ずっと帰還命令が無いことも、地球上のありとあらゆる場所を調べ尽くしてしまった後の空虚な気持ちも、いま目の前に居るこの少女に自分の思いを伝えられない事も。
ずっとそうやってこの星で七千年過ごしてきた。
……さて、これからどうしたものかと改めてじっくりと相手を見つめた時、ゴオオォォォッと二人の間を冷たい山風が通り過ぎ、その風圧で少女のフードが勢いよく捲れてしまった。
その時マッカリはフードから現れた、緑が散った濃紺の瞳とバチリと目があった。
(あ!)
地球だ。
七千年前に見たこの惑星と同じ色を持つ少女の瞳に思わず釘付けになる。
暗い宇宙の中、セルシやイカリスたちと眺めていた蒼く光るこの星は本当に綺麗だった。
早くまたその蒼を見たいと何時になるか分からない帰還を夢見ながら、ドーモの中で本を読み漁っていた日々の中、たまたま手に取ったどこで入手したかも曖昧な極東の島国の旅行記にたった一行の説明しかなかった首飾りに惹かれ、降り立った北海道の雪山でマッカリは少女の中に星を見つけた。
「答えろ、すぐ近くには私の仲間たちがいる」
弓を構え強い口調で尋問する少女に今度こそニッコリと笑いかけ、一瞬で彼女の眼前まで近付くと互いの鼻がくっつきそうなほど顔を寄せて、マッカリはもう一度惑星を覗き込む。
その緑は誰よりも人間を愛したセルシを、その青はエターナルズたちのリーダーであるエイジャックを彷彿とさせた。
瞳の中の惑星に、興味津々で好奇心を抑えきれない表情を浮かべた自分が映りこむ。ああ、この顔に久しぶりに会えた。
その間も絶え間なく降り注ぐ粉雪が少女のまつ毛に積もり、それはあの時の宇宙船の真っ白な窓枠と重なる。
今一番望んでいたものが、まさかこんな形で見れるなんて!
(うん、今日はこれで良いや)
後退りした少女が咄嗟に放った矢を今度は右手で軽々と受け止めてから、二本一緒に足元に放り投げてやる。
「杉元ぉ!キロランケニシパ!」
仲間の男たちを呼んだであろう少女にはもう目もくれず、マッカリは駆け出した。この後一秒もかからずに海を渡り大陸を越えて、ドルイグのいるアマゾンの奥地に到着するだろう。
今日、マッカリは北海道のアイヌの少女に地球を見つけた。
ドルイグにその話をしたら彼はなんて言うのか考えたらとってもワクワクする!本物のタマサイを手に入れるのはその後で良い。
(こんにちは、ドルイグ)
「やぁ、僕の麗しのマッカリ姫」
アマゾンの地に降り立った時、マッカリの体に積もっていた雪がやっと溶け出した。