潜椛 進捗(前略)
「……っ。……レッスン、始めましょう」
「おやおや、せっかちなチィツァ。でも、君が誘ったんだからね?」
潜さんは相変わらず感情の読めない顔でにこりと笑って見せた。自分から始めましょうと言った割に、こういう時の作法がわからず一瞬迷っていたのを見逃してはくれない。手持ち無沙汰だった私の腕を掴んだ彼の手は冷たかった。
「チィツァ、こういう時は……」
誘導されるがままに従うと、潜さんの首に手を回すような格好になってしまった。誘うような花の香りが鼻腔をくすぐり、物理的に距離が近づいたことを嫌でも理解してしまう。
導かれた先はいつも身につけているネックレスを留めている金具だった。まずはアクセサリーを外して欲しいということだろう。いつもなら難なく解くことができるであろう小さな金具は、今の状況では素直に言うことを聞いてくれない。
「手が震えてるね? ふふ、可愛い」
「うぅ……。手伝って……くれませんよね。待ってください」
「僕はチィツァが健気に頑張ってるところを見ててあげる」
ご機嫌な潜さんの視線をびしびしと感じながら、時間はかかったけれどパールのネックレスを外すことができた。無数の真珠がついたこのネックレスは一体どのくらい高級品なのか想像もつかない。慎重にサイドテーブルに置くために潜さんの膝から退こうとすると、逃げるなと言わんばかり顎を捕まえられる。
「よくできました。ご褒美だよ」
きっといつものように感情の読めない顔で微笑んでいたんだろうけど、私がそれを確認することはできなかった。だって、近づいてきた顔に反射で目を閉じることしかできなかったから。
触れるだけの口付けは、終わってみれば一瞬だった。唇に淡く残る感触はすぐに消えてしまいそうで。そう思ったところで、自分が潜さんの唇を忘れたくないと感じていることに気づく頃には、二回目の口付けが始まっていた。
「まぁだ」
逃げ腰になっているのを引き寄せられながら、上半身がべったりとくっつく。服越しでも逞しい肉体がわかって今更とんでもないことをお願いしたのではと気が気じゃなくなってきた。角度を変えてまた唇が重なり、今度は触れるだけじゃなくて、ちゅっ、ちゅぅ、と啄むようなキスをされる。
「口、開けてごらん」
「……ん」
「いい子だね……」
薄く開けた唇から存外分厚い舌が侵入してきて、されるがままに口内を掻き回される。さっき飲んだワインの味と、潜さんの感触で酔ってしまいそうだ。時々、自分の舌に当たる金属のような異物が潜さんのピアスだと理解するのにそう時間はかからなかった。撮影に同行した際に見たことがあったからだ。
「……鼻で息をして」
「っ……、んっ……」
苦しくなる前に唇を離して、指南を受けた通りに作法を覚えていく。ついて行くのに必死だけど、ちゃんと加減をされているのがわかるから、どうしても嫌いになれない、むしろ。
(続き制作中。9/21に発行したいです)