今、ニールの机の上には保存袋が置かれ、その中には半分に割れたクッキーの片割れが入っている。
ニールは顔の前で手を組み、そのクッキーの片割れを真面目に見つめているが、チラチラと腕時計で時間を確認しては居直し、まるで落ち着かない。
この5分ほど遠くから何の気なしにニールを眺めて観察していたが、あまりにもソワソワしているので、そのクッキーがどうしたのかと声をかける事にした。
「ブルース達がクッキーをくれたんだ、手作りだよ。初めて作ったんだって」
「何故半分なんだ?」
「ほら、僕らは原則、素人の手作りNGだろ?ブルース達を疑う訳じゃないけど規則の乱れは命取りだからね。ちょっと無理言って、半分を成分分析に回してるんだ」
やりすぎかとも思うが、そうでもしなければ捨てるだけになってしまうか。ついさっき、ニールを自由にさせすぎでは?と解析班のリーダーに言われたのはこういうことだったらしい。
ニールともなれば自分で簡易的に調べられるだろうに、余程真剣にこのクッキーと向き合っているようだ。さっきから落ち着きがないのは、そろそろ結果がわかる予定時刻なのだろう。
「ニール、結果出ましたよー!」という声に、飛び上がるように軽い足取りで相手を迎えに席を立つ。
「ありがとうありがとう!えーと…、…異常なし!良かった」
成分分析表と、その為に粉々になったクッキーの片割れだったものを見ながら、ニールは目尻を下げる。
「そうとなれば早速、午後のティータイムといこうか。といってもここにはコーヒーしかないけれどね」
そう言って、ニールはまだ無事だった保存袋の片割れをパスッと折ってしまった。
「おい⁈なんで…」
「なんでって、元から君と分けて食べるつもりだったんだ、分析結果が大丈夫だったらね。付き合ってくれるかい?」
「…あぁ、付き合おう」
折角無事に残っている半分なのにと思ったが、そういうことならば。ひとくち分というには随分と小さくなってしまったクッキーを、差し出された保存袋から受け取る。
外気に放たれたクッキーの片割れのさらに片割れが、ベルガモットの爽やかさと香ばしさでふわりと鼻をくすぐる。
「んん〜!美味しい!」
ニールは心底嬉しそうな、顔の筋肉がコントロール出来ないと言った顔をしている。
受け取った片割れに目を落とすと同時に、予定外の言葉が口からこぼれた。
「随分気に入っているんだな、彼を」
言ってから、しまったと口元を自ら塞ぐようにクッキーを放り込む。しっかりと保存されていたからか、食感は損なわれておらず、より一層ベルガモットの香りを味わえる。もしかして、焼き菓子には勿体ないくらいの茶葉なんじゃないか?
バターもふんだんに使われているのだろうが、茶葉のおかげかあっさりしながらも満足のいくひと口だった。
「…すまない、含みのある言い方をした。…確かに、美味いな」
次に彼に会ったらご馳走様と伝えてくれ、そう言ってコーヒーでベルガモットの香りごと不甲斐なさを胃へ流し込む。
そんな自分を見て、ニールは唇を波打たせた。
「…なんだろうね、弟が居たらこんな感じなのかな…って、構いたくて仕方がないみたいなんだ。おかしいよね、自分でも不思議だよ」
「あれだけ見た目が近いんだ。「特別」な気持ちが湧くのも、何かの必然だろう」
「…それからね」
コーヒーをひと口、コクリと飲み込むとニールが無防備な顔で腕を広げた。
「僕としては、色々「含んで」てもらっても構わないんだけど」
言ってから恥ずかしくなってきたのか、また唇を波打たせ、2秒ほどで広げた腕が下がり始める。
下がり切る前にニールの両脇に腕を通し、胴体を密着させるとネクタイにのった小さなクッキーのカケラを見つけて、フッと吹き飛ばした。微かに「ぅ」と喉を鳴らしたニールの顔を見上げる。
さっきまで、これ以上は上がらないとばかりに楽しげだった口角も、緩やかな弧を描いていた眉も見る影もなく下がって、かわりに頬を艶やかに赤く染めていた。
「その顔を見せる「特別」は俺だけにしてもらえるとありがたいな、ニール」
「そんなのは、当然…」
あまりに仔犬のようにいじらしいので、堪らず薄い唇を撫でて可愛がった。