She.「本日をもって、花垣武道を除名する」
マイキーの冷ややかな声はシンとした神社によく通っていた。
家で橘と通話しながらまったり爪を整えて、週末に遊ぶ約束の話をしていたらメールで緊急集会だと招集をされた。
こういう緊急性のある呼び出しは珍しくて、大抵副隊長から集められているので少人数での話し合いになる。
いつもの集会場所に着くと、まず
空気が重かった。
武道が現れたことにより緊張感が走ったのだ。
Q.それはなぜ?
A.武道が一般人女性を恐喝し、性的行為を強いたから。
マイキーから「やったのか?」と問われたが、彼の言い方はものすごく冷たくて自分が確信している人の強い語気だった。
けれども武道は幼馴染みで、この状況下でもマイキーに「違います…」と否定の声を上げる。
「違くねェだろ。証言が揃ってんだ、実際に被害者の女にも会った」
「で…でも違います…」
武道が否定すると、どこからか舌打ちと溜め息が聞こえてきた。この場にいるほとんどの者が自分を疑っているらしい。マイキー以外の隊長達は誰一人として庇う者はおらず、細い目をして武道を睨んでいる。
次に武道が「本当にやってません」と言おうと口を開き、本当にやってま……のところで気が短い場地に思い切り殴られて遮られてしまう。
「ッア」
武道は砂利道に蹴飛ばされ、ジワジワ熱くなる左頬を押さえて見上げると誰も自分を心配する素振りを見せず、あのかつて相棒だと信頼し合っていた千冬さえも場地に殴られて当たり前だと言わんばかりに殴り飛ばされた追放者を冷ややかに見下していた。
そのあとはほぼ迫害だった。
身に覚えのない罪を擦り付けられた武道は暴言、暴力を受けて奥歯が抜けてから言い訳さえも、自分の性別が女だということもまともに喋らせてくれなかった。
帰宅後は風呂を沸かしてから汚れた衣服類は親に見られる前に手洗いして隠滅した。
ついさっき整えた丸こい爪は転んだ拍子に割れてしまった。
「……」
武道は風呂から上がり暫しの間ボーッとして自室の天井を見上げていた。
総長代理として、タイムリーパーとして彼らをフォローして人生の大半を捧げてきたというのに。
彼らは数年付き合いのある自分よりも、たかが出会って数分の女を信じたのだ。
きっと硬派な彼らのことだから、被害者(と自称する女)の涙と悲痛な訴えを聞いてしまったので信じざるを得なかったのだろう。
先程のリンチは落とし前だと彼らは言って1発ずつ殴られた。誰も武道の話は聞かなかった。みんな頭に血が上っていたから…。
「?…ハ?え?普通におかしくね??」
最初は勘違いだとしても、武道が性別を偽って入隊していた事実も自分に非があると思っていたが何十回考え直しても「いや、普通におかしいだろ」とフツフツ腹の底が吹きこぼれそうになる。
すでに左頬は内出血で真っ青になって腫れていた。
奥歯も抜けたから食事と摂ることすら困難だった。
短いけれど手入れをしていた髪だって乱暴に引っ張られた。
先週までは散々「タケミっちタケミっち」で人の都合もお構い無しに先約を蹴らされ、彼らの所有物のように動いていたのにあっさり契約解雇されてしまったのだ。
総長代理の座なんて呆気なく、きっと今頃隊長達の連絡先から武道のアドレスは消去されているであろう。
武道は薄情な男達が不快で堪らなくなった。
タイムリーパーとして彼らに尽くして救っていたのに、と恨めしく思ってしまうほど怒っていた。
口内に鉄の味がする度に東京卍會にいた時間は人生の半分を損したと思って「ふざけんなよ…」と誰もいない部屋に独りごちる。
もう彼らとは関わりたくもなかったし、救いたいとも思わなかった。
そもそもタイムリーパーなんてボランティア活動に過ぎないのだ。無償の愛で武道はマイキーのそばに寄り添い、火事の中に取り残された乾姉弟を助けて、メンタルが不安定な面々のケアを欠かさずやってきた。
武道の努力がなければ繰り返しなのだから、必死に最前のルートで動いたがこんなにもあっさり裏切られるとは思ってもみなかったので涙も出なかった。
つまり失望したのである。
後日、武道は東京卍會を辞めた。
男装も辞めた。馬鹿らしくなったので。
不良の世界では女は舐められる存在で下手に女っぽい格好をすると最悪マワされる。
だから短髪にして服装も体のラインが分かりづらいものを選んでいた。
しかし脱退したことによって男のふりをするのは辞めた途端、まず同じ中学に在籍するメンバーが「あれ…」と思う。
女子の制服に身を包む武道を見てクエスチョンマークが浮かび、驚いたが気色悪いとは思わなかった。
華奢な武道に似合っていたから違和感が感じられなかったのだ。髪も黒染めして普通の女子生徒のようで一瞬見逃すほど馴染んでいたもんで千冬と一虎は「やらかしたか…?もしかして、」とお互いの目を見つめ合う。
マイキーに報告する前にキチンと裏を取り、花垣武道の性が『女』であることが周知されるのは間もなくした頃だった。
家に押しかけられて、全員余命3日前みたいな顔で「あの…」とか「その…」と言ってから各々謝罪をする。
マイキーや場地は特に顔色が悪かった。
武道に手を出した面々はもれなく全員罪悪感と後悔で申し訳なくなり、彼女の家に向かうまでずっと心臓が苦しくて早く解放されたい一心で頭を下げた。
武道を殴らなかったが信用しきれずあの迫害を止めなかった者も居た。
「タケミっち…その、ゴメン、オマエをスグ信じてやれなくて……」
「……」
「その、ッ、本当にごめんなさい………」
武道はずっと上の空で「はあ…」と返していた。
相槌だけで彼を許す言葉は絶対言わなかった。ただ無表情でお母さんが本気で怒ったときみたいに無関心なのだ。
少年達はその対応が本当に嫌で嫌で堪らなく、早く仲直りしたいと心の底から全員が思った。
ほにゃほにゃ笑う聖母みたいな総長代理は夜みたいな女になっていたし、最後に会った時とは別人みたいになっていた。
以前よりも女らしくなり、化粧やお洒落も年相応にして美人になった武道は以前と打って変わって雰囲気が違った。
彼女の近くは甘くて良い匂いがした。
最近女子高校生の中で流行りの香水の香りだ。
「顔を上げてください」
武道は淑やかに言い聞かせるように言った。
物腰柔らかな口調だったが、どこか他人行儀で一歩距離を感じるトーンである。
薄い瞼をぱち…と軽く伏せて、彼女特有の青い目を男達に向けて言うのだ。
「許すもなにも、東卍は抜けたんで」
と、あっけらかんと困り顔で謝罪を蹴散らす。
どうしようもなくなって切羽詰まった誰かが「どうしたら許してくれる」と声を上げた。
それを聞いた武道は脳天を貫かれたような衝撃を覚え、つい先日のリンチされたことを鮮明に思い出して衝動的にマイキーの胸ぐら掴んだ。
「許してもらえると、ほ…本気で思っているの……?」
「は、」
「ハ?ふざけんなよ、オマエ__」
武道は思い切り最強と謳われた男を殴り、隠していた怒りを露にした。
信じられないくらいキレていたし、手の甲が擦り付けるほど思い切り殴った。
今までどれだけ唯我独尊の男共の我儘を大人しく聞いてやったと思ってんだ。
約束をブッチしないと不機嫌になってしまうから愛玩動物のように笑って先約を飛ばした数だって片手じゃ足りないくらいあった。
散々暴言を吐いてリンチしたあとに「ごめんなさい」の一つで許せるほど武道は聖女じゃないし、普通の女の子だったので普通にブチ切れた。
「…ホント、気持ち悪いから。帰って。お願い」
「たけ、たけみっち」
「無理。もう今日は話したくないから」
「、」
初めて彼女に殴られたマイキーは捨てられた犬みたいな声で名前を呼んだが、あっさり拒絶されてしまって真っ青になっていた。