据え膳食わぬは予定時間より少し早くレッスンスタジオに入るとまだ雨彦さんしかいなかった。挨拶もそこそこに雨彦さんは僕を呼び寄せるとわずかに声を潜めて告げる。
「すまん北村。今夜の約束は無しにしてくれ」
今夜の約束。雨彦さん家に泊まる予定のことだ。
そもそも僕が押しかけるような形の一方的な約束なのだし、雨彦さんにだって都合も気分もあるのだから中止にしたって全然構わないのだけど。「うん、わかった」と頷いた僕からなにかを汲み取ったのか雨彦さんは少し早口で付け足した。
「うちのエアコンが壊れちまってな。修理が明後日になるそうだ」
「え、それは大変だねー。雨彦さんどこで過ごすのー?」
「日中は事務所や清掃社に避難するさ。夜は今日明日はホテル泊かね」
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