「構いませんよ」珍しく腹が減ったと申告された。対するこちらは、自分の腹具合がいまいち認識し切れていなかった。時間的には、確かに腹が減っておかしくない頃合いだが…。ひょっとしたら、こちらがいつものように空腹を訴えないことに疑問を抱かせてしまったのかもしれない。いや分からない。まずいな。自分で予想していた以上に、自分が緊張していることを疑う。しかも。「今この辺りはファーストフード店しかない」移動時間と休憩時間を上手く考慮出来ていなかった。ミスだ。しかしそれに対してが、冒頭の返事である。「…良いのか?」「なぜ?」いつもおまえが食べているのでしょう?「チェーン店とは言え、店舗に寄っては多少並ぶ商品に差があると言いますからねえ。おまえがいつも頼んでいるのはどれです?ありますか?これとかおまえ好きそうですけど?」「…これだな。」「そうですか。」すみません、注文よろしいでしょうか?ハイお伺いいたします。こちらを二人前お願いいたします。2セットですね?かしこまりました。セット…ああ、はい、2セット、お願いいたします。「お、おい…」あの男が…ファーストフード店で注文をしている…。良かった、誰も並んでいなくて。並ぶという手順を知っているか、後程確認しなくては。それではお席までお持ちしますのでお掛けになってお待ちください。分かりました。「席で待てと言われましたが…?」「ああ、どこでも良いんだよ。行こうか。」席を案内されないことに戸惑っている様子の紳士を連れて、適当な場所を選ぶ。座れば直ぐ、トレーが運ばれて来る。ごゆっくりお召し上がりくださいませ。「すごい。本当にファーストですね。」紳士も納得の行く速さだったようだ。心の中で見知らぬ従業員らに感謝する。「じゃあ、食うか。」「ええ。」イタダキマス。いつも自分で頼むのは、セットになっている、骨つき肉1ピースとナゲット5組とポテト、それからドリンクだ。飲み物はどちらもコーラを選んだようだ。たぶん、指さしたメニューの写真がコーラだったから、それにしたのだろう。次は一緒にやろうか。なんて思いながら食べ進めるも、相手は仮面をずらして口元を晒して以降、こちらを見たまま、何にも手を付けていない。けれどどうしたのかと見つめると、ナゲットをひとつまみ。こちらの様子を見ながら、ケチャップを付け、口に運んでいる。どうやら食べ方の手本にされているらしい。そんな倣われるような食べ方していないし、第一そんな食べ方なんてないんじゃないかと思うのだが。ナゲットを平らげてしまえば、少し余ったケチャップは、ポテトにも付ける。…良かっただろうか。行儀が悪くはないだろうか。気にするも食べ進めれば、相手も黙って見倣う。最後にメインのチキンに取りかかるわけだが、ふと、思う。ここまで、まるで雛鳥のように、なんの文句もなしに動きを真似されていたのだ。悪戯心がわいてきた。必要以上に大口を開ける。齧り付く。大仰な動作で咀嚼。相手をちらと見る。すると向こうも、がぱりと口を開いた。実を言うと、なかなか見れるものではないのだ、これが。そうしてもぐもぐと蠢く頭に、自分の目尻が下がるのが分かる。「いつもより沢山食べてるな?美味いか?」呑み込む様子が分かった。「ええ。」おまえがこれを美味そうに食べるということは分かりました。つい癖で、指をぺろりと舐め取る。すると。「…へえ?」避けた三日月から、肉付きの悪い、けれど美味そうな舌が覗く。これもこの距離でこの明るさで見ることは余りない。普段は、もっと。