隣人とは愛し合うよりもトラブルの方が多いものだ。
「……どうした」
特に、集合住宅なんかはそうだ。壁の厚み分、隣との距離が近すぎる。
扉が並ぶ廊下で、柵に寄りかかって居る所在無さ気なさまは、なりこそ人外だが、子供にしか見えなかった。
返事をせずに不思議そうに見せるばかりの相手に、自分の頬を指さして示してやる。
子供はその痩せた白い頬を自分の右手でで撫でると、ぱらりと剥がれた、それを乗せた掌を広げて、漸く合点が行ったようだった。
「絵の具ですよ。」
赤い色の。
自分が見慣れた赤じゃなかったことで、相手への鬱屈とした気持ちが浮上した。なんてことは無い、人見知りだ。興味が失せたのではなく、意識しつつも遠ざけたい気持ちのことだ。
「怪我かと思いました?」
だのに子供は何故か笑って話を続けて来る。
「ああ。……親が、……使うのか?」
「いいえ。わたし自身で、ですよ。」
「……そうか。」
「わたしに描かせてばかりで、それ以外は、何も。」
仕方無かった。
「何も?」
子供の塒と思しき扉から、怒号が殴られる。
「……どうやら仕事のようです。」
子供はその扉が自ら開かれる前に滑り込んで行った。
おれはその扉を見遣りながら通り過ぎ、真っ直ぐと、しかし直ぐ隣へと進む。
子供の扉と垂直に、こちらの目指す塒が有る。そう、おれ達は隣人だ。いや、だから隣人では無い、とも言えるのかも知れ無い。
自分の扉を閉めて、その儘捻ったドアノブを外す。その穴から見えた廊下では、隣の扉が開くことは無かった。
それからまた暫く。
「なあ、」
もう、どうしたと問うことはしなかった。
「使え……」
子供はこちらが差し出したハンカチを受け取ると、赤色を拭った。
まだ真新しいそれを見間違うことはしない。今も滴り落ちる匂いがする。
「……返さなくて良い。」
「ありがとう。」
子供はまた笑った。
「あなたのような人も居るのですね。」
驚いて何も言えないで居ると、子供はまた話を続けて来た。
「牛乳要りますか?」
「え?」
「いつも二本買って来ますよね?……今から買い物に行くところだったんです、一緒に買って来ますよ、要ります?」
「あ、ああ……」
子供は笑って店へと駆けて行った。踊るようだった。