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    せのお

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    死なせて はやく

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    せのお

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    2019/06/10/それだけ

    それだけ指先でたしかに感じていた体温だとか、与えられた言葉たちへのどうしようもない愛憎だとか、私のようにいやな癖のない、すとんとまっすぐに伸びる黒い髪のなめらかさだとか。そういう古びてしまったものたちばかりが、寝起きの脳内にぽつぽつと想起されてゆく。浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく水泡のように。
    何かから逃げるみたいに顔を手でおおって、同時にシーツがかさ、と音を立てる。寝癖のつきやすい毛先は、きっとあちこちに跳ねているだろう。無意識のうちにほそく長い息を吐いた。
    忘れてしまうことは、ひどく無責任だ。たしかにそこにあったかけがえのないものたちが、まるで最初から存在しなかったかのように振る舞うというのはなんて惨い行為なのだろう。不可抗力なんてことはなくて、きっといつまでも努めていなければならない。時間とともに確実に薄れゆく人の記憶は、どんなに細い糸でもいい、痩せこけた老婆の力ない指一本でもいい、繋ぎとめておかなくてはならないのだ。
    「もう、嫌になる」
    忘れてしまうことは、ひどく簡単で、ひどく残酷だ。
    おもむろに身を起こして視線をあげると、薄暗い部屋を囲う白いカーテンから細やかでまばゆい朝日がつぷつぷと滲み出していた。やさしい朝のひかり。光、光は。
    「…いい加減忘れられたら楽なのに」
    彼女が私にとっての光であった頃から、私の悩みはほとんど尽きることがなかった。
    たとえば、彼女のように美しくなびくことのない自らの癖毛について、彼女には目視できない何やらが私にはやたらと見えてしまうことについて。あるいは、そういった私の悩みをなんでもないようにうちはらって手を引いてくれる彼女の存在についてだ。
    私達は失敗作だから、家族からこの先ずっと忌み嫌われ、厭われ続けることが約束されていた。ほとんど揺るぐことのないように思えたそれを、彼女はただうち破ろうと抗っていた。
    『ほら目ぇつぶってろ。見えなきゃいねぇのと同じだよ』
    何度だって、ひとりじゃ動けない私の手を握ってすくい上げてくれる。彼女が私の目に代わることもできるし、いずれは私が彼女の目に代わることだってできるだろう。なんて想像したりもして、この先も手を繋いでいられる日々が続くとぼんやり思っていた。
    自らの体質を恨むことは幾度となくあったけれど、それについて無理に周りからの理解を得たいとは思わなかった。彼女のように自発的に現状を変えようと思える度胸も力も勇気も、私はまるで持ちあわせていなかったのだ。いっそこのまま、家の底辺でくすぶっていようとさえ思っていた私は、ひたすらに先へ突き進もうとする彼女をどうにか、私の手の届く距離に繋ぎとめておくことに必死だった。
    『お姉ちゃん、手、放さないでよ』
    『放さねーよ』
    『絶対だよ?』
    『しつけーなぁ』
    ベッドサイドテーブルに無造作に置かれた、黒光りするリボルバーにふと目をやる。.38スペシャル弾のセキュリティシックス。弾数のブラフをはれる、私が私であるための構造は、わだかまり続ける不安と、途方もなくわき起こる自信のなさをさっぱりつつみかくすためのものだ。痛いのも怖いのも、本当はもううんざりなのに。
    衝突があった。私の独りよがりな祈りをただ無心に突き動かしていたのは、他でもない彼女のてのひらの温もりと、不器用にやわらかな言葉たちだけだ。自らの体質を、自らの生まれを、自らの片割れを純粋に憎んだ。けれど、憎むほどに同じ熱量の虚しさと悲しみがあふれて、私は過去のあたたかな思い出にすがること以外にどうすることもできなかった。
    『絶対、おいてかないでよ』
    『当たり前だ。姉妹だぞ』
    ただ、近くにいられるだけでよかった。そのままふたりで生きてゆくことができたらよかった。
    ずっと、手を繋いでいられたらよかったのに。
    『ごめんな』
    「嘘つき」
    呪力も術式もないくせに、あいつはおぞましい呪いを私にたやすくかけていったのだ。いつまでも解くことのかなわないそれは、今なお私の胸のうちで永遠に廻りつづけているというのに。
    「真希、全部あんたのせい。なにもかもぜんぶ」
    ベッドの上で膝を抱える。ひとりでに溢れる涙を、もう自分の意思では止められないことを理解していた。壁にかかった時計の秒針の音がひときわ大きくなったように感じる。
    空っぽになった心と部屋にひからびた祈りが注ぎ込まれて、私はそれらの温度によって内側のやわらかな部分を火傷した。そうしてうまれた爛れと擦り切れた思いを呪力に綯交ぜて、私はひとつの弾丸をつくる。弾丸のひとつひとつに憎しみと愛情と、それからささやかな希望とをこめて、頭が割れそうなほど軋むなかで、身の捩れるような思いで、私は日々弾丸をつくるのだ。そうしていつか撃ち抜いてやろう。私からあんたへ、いつまでも胸に焼き付いて消えないような、ありったけの呪いをこめた弾丸で。






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