ぴちゃん、ぴちゃん
目が覚めて最初に認識したのはそんな水音と、じゃりじゃりとした地面の感触。それから湿った空気とカビの臭い。
冷えきって固まった身体を起こすと、自分が地面に倒れていたんだということを自覚した。
「え、オレ……痛っ……なに、どこ……ここ……」
頭痛でぼんやりする頭で辺りを見渡すも真っ暗でなにも見えない。辛うじて見えるものは左右に一つずつ、遠くに小さく見える白い光だけ。
「ここ、あのトンネルの中……?」
最後の記憶にあった廃トンネルの入り口、なんで来たかもわからないから帰ろうとしたのは覚えてる。そこから先が……思い出せない。
「とにかく帰らなきゃ……収録あるし……」
きっと連絡が山ほど来ているだろうと恐る恐るスマホを確認するも『圏外』の表示、それともう一つおかしな点に目が行った。
「日付も時間も変になってる……」
99/99 99:99とあり得ない表記に困惑する。ネットが繋がらないのはトンネルの中だから仕方ないとしても、これじゃあ何時なのか確認すらできない。まさかこんな形で普段から腕時計をつけてないことを後悔する日が来るとは。
わからないことにぼやいても仕方ない、外の光からしてまだ日が高いだろうしなんとかなるだろう。
choirやrockに連絡を取るにもここを出なければ、と思ったところで一つの疑問が浮かぶ。
「えっと……どっちから来たんだろう」
右の出口と左の出口、トンネルを出られれば対して変わらないのかもしれないが結構な距離がある。
間違った方を選んでまたこのトンネルを歩いて戻るという事態は避けたい。
思わぬ選択に迷っていると、うっすらとだが片方から人の声、雑踏のようなものが聞こえるような気がした。
「人が居る方ならタクシーとかも、あるよね……?」
スマホのライトで足元を照らしながらよろよろと音のする方へと歩き出した。
「はあ……はあ……ん、……はあ……」
倒れている間に体力を持っていかれてたのか、思った以上に息があがる。少し歩いただけでこの様とは。
出口の明かりはまだ小さいが聞こえていた音は少し近づいた気がする。トンネルの反響で内容は全く聞き取れないけど、少しでも進んでると思うと気が楽だ。
少し立ち止まって休憩しよう、と足を止めたところで誰かに肩を掴まれた。
「Cys!!」
「ぅわっ!?」
完全に予想外のことで自分の叫び声がトンネルにこだまする。振り返りライトを向けると息を切らしたrockの姿が照らされた。
「……rock?なんでここに……」
「そっちは駄目だ、早く、こっち」
そう言ってオレの手を掴んだrockはオレが進んでいた方向と逆の出口に走り出した。
オレも転ばないように必死について走る。
「ね、ねぇ……rock……」
「説明はあとでする。Cys、絶対に振り向いたり返事をしたりするな。前だけ見て走れ。いいな?」
返事をするなと言われて思わずこくこくと頷く。ぎゅっと手を握り返すとrockはそれが返事と捉えてくれたのかオレの走る速さに足を合わせてくれた。
とにもかくにもrockが来てくれてよかった。自分で感じてた以上に心細かったようで、今更ながらに心臓がバクバクとうるさかったことに気づく。
(このまま着いていけば安心…………だよな……?)
rockが来てくれて安心したのは本当だ。でも、なんでここに?
誰にも連絡をとれないままここに居たのに、たまたまrockが助けに?
どう考えても都合が良すぎる。
オレの手を握っているこのrockは……本物なのか……?
さっきライトで照らしたrockの顔は本当にrockだった?
オレをここに連れ込んだ何かがrockの姿でオレを油断させてどこかへ連れて行こうとしてるんじゃ……
考えれば考えるほど冷や汗が出る。まさか……そんな……
「ひっ」
その瞬間、握っていた手の間からぞわぞわとムカデのようなものが這い出てくるのを感じ慌てて手を振り払おうとする。
「Cys!?」
「は、離せっ!やだ!」
「落ち着けって!待て!そっちに行くな!」
rockの制止を振り切り走ってきた道を駆け戻る。これ以上あの何かがrockと同じ声と姿で目の前にいられたら気が狂いそうだ。早く、はやくにげなきゃ……はやくここをでてみんなにあわなきゃ……
「え………」
ふと気づくと遠くに見えていた出口の光は消えていた。走っていた筈なのに足も動かず、真っ暗闇に取り残されて声も出せない。
その暗闇の中から黒い手のようなものが伸びてオレの身体を掴んだ。
(あ……ああ……………)
はくはくと口を動かすも呼吸もできず、沈むように意識が塗りつぶされていく。
(rock……ごめん……………)
友達を信じきれなかった後悔は無慈悲にも闇に食われていった。
『rockがここにいるのはあまりにも都合が良すぎる』
という余計な疑心を抱いてしまった場合のバッドエンド
精神すり減ってるときに考え事はやめよう