Honey Day　カーテン越しに感じる日差しにテスカトリポカは目を覚ました。
　部屋に残った空気にまだ少し夜の湿度を感じて、視線を落とすと胸にぴったりと寄り添うハニーブロンドが規則正しい寝息を立てていた。
　この男に対して可愛らしいという形容はテスカトリポカからすれば当たり前だったが、他人からするとそうでは無いらしい。
　まぁ、オレの彼氏は格好良く、綺麗で、その上可愛いの全部セットだからな、と平然と返したら変な顔してたが、とテスカトリポカは思いつつも、こんな愛らしい姿は他の誰にも見せてやるつもりはないので、訂正させてやることはない。
　ちゅっと音を立てて額に口付けると、長い睫毛が僅かに震えて、その瞼の下に隠れている紫色の瞳に自分を映したい衝動と、昨夜無理をさせた自覚があるので、少しの罪悪感が交差する。
　結局、起こさないようにベッドを抜け出して、ブランケットを掛け直しベランダへ向かう。

　サンダルをひっかけて、柵にもたれて、サイドボードから持って来た煙草に火をつける。
　このご時世にまだに紙煙草なんて吸ってるのか、と同僚に小言を言われたこともあるが、どうにも電子煙草は吸った気がしなくて嫌いだった。
　この燻る煙は、これでしか味わえない。
　「ふぅ、」
　ひしめくビル群の間から、オレンジ色の太陽がゆっくりと顔を出していた。紺色は薄い紫になり、徐々に空色に変わっていく。
　まだ微かな生活の音しか聞こえないが、あと数時間もすればいつもの騒がしい街になる。
　この時間を眺める事はテスカトリポカにとって、特別なものでもなんでも無かったが、寝室で眠る愛しい恋人を起こしてしまわないように、朝は外で煙草を吸うのが日課になってしまっただけだ。
　携帯灰皿にすっかり短くなった煙草を押し付けると、部屋に戻り、少し寝癖がついた長い髪を適当に結い上げて、一度だけベッドに目をやってから、部屋を出た。
　リビングでコーヒーメーカーの電源を入れ、流れるように冷蔵庫へ向かう。
　昨日作ったハッシュドポテトが余っていたな、とか特売でまとめて買ったベーコンの消費期限が近いな、とか考える事がどうにも所帯染みているが嫌いなわけじゃ無い。
　油を引いたフライパンに卵2つ、ベーコンの残りを全部入れて、半熟が好きな眠り姫の為に弱火でじっくり焼くべく、タイマーをセットする。その間にトースターに食パンを入れて、レタスをちぎり、トマトときゅうりをカットして適当にサラダボウルへ、とそのタイミングで電子音が鳴る。
　思惑通りの目玉焼きと、思ったよりカリカリになってしまったベーコンを、焼きたてのトーストともに皿に盛り付ける。
　コーヒーのいい香りも漂って来て、正しくいつもの朝だと実感しつつ、揃いのカップに自分用でブラック、彼の分にはミルクを多めに入れて、そろそろ起こしに行くかと、寝室に向かった。
　「デイビット、朝だ。」
　カーテンを開けるととっくに登り切った太陽の光が部屋に入り込んでくる。
　まだ起きる気配無い年下の恋人は「ん、」なんていいながら、温もりを探すようにふるりと震えた。存外に可愛らしくて、その頬に触れると甘えるように擦り寄ってくる。
　「ほら、おはようさん。」
　「…………おはよ、テスカトリポカ、」
　ぱち、ぱち、と宝石みたいな瞳を瞬かせて、舌足らずな挨拶が尚更愛しくて、その蜂蜜みたいな髪に思わずキスを落とした。

　今日も、良い一日になりそうだ。