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    ミスオエ フォ学 喫煙描写、軽度の流血描写があります。
    (Twitterに画像であげているものと同じ内容です。)

     陽の遮られた空間で、それは白く細くたなびいた。
     ゆっくりと吐き出しながら、重たいカーテンを開ける。途端に入り込んでくる光は眼球を突き刺すように眩しい。目を細めながら光源を探すと、既に高い位置にあるそれに、また双子にどやされるなと小さくため息をついた。そろそろ投稿日数が危ないだとかなんだとか言っていたが、足りなかったとしてもミスラの持っているものを行使すればなんとかなるだろう。撮影があれば今頃この部屋に乗り込んできているだろうから、授業をさぼるだけで済んだらしい。
     登校しないことも撮影を踏み倒すこともミスラにとって些細な事象に過ぎないけれど、久しぶりに溜まった欲を吐き出せて気分がいいのだから、水を差すような真似はされたくなかった。

     布が擦れる音がして視線を落とすと、オーエンは布団をかけ直しながらミスラに背を向けた。
     ここのところ、避けられていた、と思う。遠くで目が合っても、近付く頃には見失っていた。理由は分からないけれど、この男はあまりにもころころと気分を変えるから、たまたま虫の居所が悪かっただけだろう。
     しかし一週間以上もなにもしない日が続けば、若い体が持て余す欲に耐えきれず、校内をうろついているところをとっつかまえた。
     抵抗せずに抱かれるくせに、いつもより反応が鈍かった。他のことを考えているらしいのが気に入らず、どんどん乱暴に体を暴いたけれど、目は虚なまま、どこか遠くに焦点が合っているようだった。

     光を反射してきらきらと流れる銀色の髪を指で梳いてやる。オーエンは長いまつ毛を数度瞬かせてから、首だけをこちらに向けた。
    「気に入ったの? 煙草」
     色違いのどちらの眼球も、ミスラを映していない。視線は手元のそれに注がれていた。
    「いえ、特には」
     二週間ほど前、雑誌の撮影の後のことだった。
     一人の男が近付いてきた。(双子曰く大物らしい)珍しいものが手に入ったから、と押し付けられたのがこの煙草の箱だった。ミスラは未成年だというのにこんなものを渡してくるのはどうかしているが、言及するのも面倒でとりあえず受け取っておいた。双子に伝えれば安い賄賂だと、渡してきた男を嘲笑していた。念の為、中身が違法なものではないこと確認してから、どうするのかと尋ねられた。喫煙の習慣はなかったが、たまの気分転換にはちょうどいいかとポケットに捻じ込んだ。

    「ひとくちいります?」
     摘まむ位置を変えて、咥えていた部分を向けてやる。
     オーエンは二秒ほど視線を彷徨わせてから、気怠そうに起き上がった。片耳に髪をかけながら、わざとらしいほどに恭しく口を付けた。伏せられていた睫毛が持ち上がり、上目遣いに、ようやくミスラと視線を合わせた。薄い胸をゆっくりと膨らませ、唇を離す。
    「……にがい」
    「そういうものでしょう」
    「初めて吸った」
     オーエンの言葉に思わず目を丸くした。未成年だから当然のことだが、あの学校の生徒にそんな人間がいるとは思っていなかった。校舎のあちこちに吸い殻が転がってる有様だというのに。
    「噎せないものなんですね」
     吸ったことがないということの他に、これも吃驚したことだった。
     ミスラが初めて煙草を吸った時は、盛大に噎せたものだった。チレッタに肩を抱かれるようにして、半ば強制的に吸わされたようなものだったが、ミスラとしても抵抗があったわけではない。周りの大人は皆、酒と煙草で両手が塞がっていたから、どうせいつかはそうなるのだと思っていた。
     チレッタは煙草の味をおぼえさせるというよりは、咳き込む姿をみたかっただけのようで、大成功だとけたたましい笑い声を上げていたのを覚えている。満足したのか、それ以降は吸わされるどころか勧められることもなかった。

     もう一度、煙草に口を付ける。さっきよりもめいっぱい吸い込んでから、眠たげに船を漕いでいる小さな顎を掴んだ。無理矢理唇を合わせて、一気に吹き込む。
     強い力で肩を押されるのと同時に、オーエンは激しく咳き込んだ。
     自分が初めて吸った時と比べると、敗北とまではいかずともなんだか面白くない気持ちがしていたが、これで溜飲が下がった。
    「ははっ」
     確かにこれは少し楽しいかもしれない。あの時のことを思い出すとまだ新鮮に怒りがこみ上げるものの、チレッタの気持ちがわかるような気がした。
     すっかり短くなった煙草を、苦しそうに咳き込む声を聴きながら、脇に置いていた灰皿でねじ消した。
     言葉は紡げないようだけれど、目は雄弁に怒りを伝えてくる。背筋に寒気にも痺れにも似た感覚が走った。
     この目。さっき煙草に口付けたときのように甘く誘ってくる仕草も悪くはないけれど、痛みや苦しさに歪んだ目で反抗の熱を滾らせて睨みつけられる方が、よっぽどそそられる。
     まだ咳き込み続ける白い体を見下ろせば、首の付け根――背中との境界当たりの位置にふたつ、瘢痕があるのが目に入った。最近は向かい合ってすることが多かったから、すっかり忘れていた。
     白くなめらかな皮膚の上で、それはひどく目立つ。原因を尋ねたことはないけれど、そういえば煙草を押し付けてできる痕はこんな感じだったかもしれない。チレッタの紹介で知り合う男性の腕に似たものを、何度か見たことがある。自慢してくる者さえもいた。
     手首であればともかく、こんな位置に自ら痕をつけるわけはないだろう。
     
     途端に腹とも胸ともつかない曖昧な位置がカッと熱くなる。
     性衝動とは違って、粘着質に渦巻くそれを何と言い表せばいいのか的確な言葉を探るけれど、何も引っかかるものがない。
     オーエンがジャムを指すときにつかう言葉のように、「甘い果実をどろどろになるまでぐつぐつと煮詰めた」ような、「砂糖が大量でざらざら」しているなにか。空腹のように苛立ちが湧いてくるけれど、そんな単純な欲とは違って、どうすれば解消できるのか知らない、そんななにかだった。
     まだ俯いたままの姿勢は都合がいい。後頭部に手を添えて、肩に顔を押し付けるようにして抱き込んだ。
    「なに、」
     咳の合間に短く問う声が聞こえた。返事は返さず、うなじにかかる髪を掻き分けた。
     ゆっくりと口を開く。初めて抱いた日から――それよりもきっとずっと前から残り続けているその痕に、噛みついた。
     悲鳴にも似た呻き声が聞こえたが、無視して周囲の肉ごと抉り取ろうと歯を立てる。
     普段なら痛いと喚くか、嬌声でもあげるだろうに、何も言わずされるがままになっているオーエンのことがまるで分からない。それでも構わず力を籠めた。
     鉄の香りがしてから、我に返って口を離した。ほんの僅かだけれど、皮膚を食い破ったらしく、赤く血が滲んでいる。
    「なんでお前が驚いた顔をしてるの」
    「……」
     そんな顔をしているのだろうか。鏡がないから確認できないけれど、確かに心臓は焦ったように跳ねている。
    「食いちぎる気だったの?」
    「……かもしれません」
    「そんなことしたって、もう元には戻らないよ」
    「でも、……もっと大きな傷は残せますよね」
     肩に手のひらを乗せて、腕や腰に滑らせる。この肌の上に、これまで幾度となく噛みついて、吸い付いて。数えきれないほどの痕を残してきた。だけどそのどれもが一週間もたてば澄ました白い肌に戻ってしまう。あんな風に残ることはない。
     今度はオーエンが驚いた顔をしていたが、それを問う前に明るい声が鳴る。
    「あははっ」
     咳き込んできたときと同じように、口を押えて、ひどく楽しそうに肩を揺らして笑い出した。やはりこの男の表情が変わる速度にはついていけなくて、ただ黙って見下ろした。
     白い背に一本の赤い筋が走っている。ミスラがさっき噛みついた時に残った唾液と、溢れ出した血液。それが一筋、背骨をなぞるように伝い落ちている。
     ひとしきり笑った後、オーエンはようやく顔を上げた。良い悪戯が思いついたみたいに、目が爛々と光を讃えている。
     ミスラの首に両腕を回して、膝の上に乗ってきた。額同士がこつんとぶつかり、睫毛が交差するほど近い距離で見つめ合う。
    「ねぇ、キスマークが原因で死ぬこともあるんだって」
    「はぁ?」
    「詳しいことは覚えてないけど、ニュースでみたことがある」
    「それがどうかしたんですか」
    「お前はよく噛んだり痕を付けたりするでしょ。 僕もそのうち死んじゃうかもね」
    「はぁ……」
    「僕を殺したら、こんな傷なんかよりもっと大きな傷を残せるよ」
     首に回されていた腕がキュッと締まって、胸がぴたりと密着する。
    「ほら、」
     結局何が言いたいのか分からなかったけれど、眼前に晒された首筋に誘われるがまま、抗うことなく口付けた。今度は歯を立てずに、だけどきつくきつく吸い上げる。
     口を離すと、狙い通りくっきりと鬱血痕が咲いている。
    「死にたいんですか」
    「そんなわけないだろ」
    「じゃあ、俺に殺されたいんですか」
    「……さあね」
    拒否されるものだと思っていたから、なんだか意外な返答だった。だけどそう答えられると、ミスラの方もどう答えればいいのか――どういう気持ちになればいいのか、なっているのか、まるで分からなかった。
     分からないまま、だけど気の向くままに、首筋から肩にかけて、短い間隔で痕を残してゆく。
    「久しぶりだから、全部消えちゃってるね」
    「避けてましたよね、俺のこと」
    「苦いのは嫌」
     確かにここ最近、貰ったこれを吸っていたから、口の中は苦かっただろう。ひどく甘いものばかりを舌の上に乗せたがるこの男が言うと、もっともらしい理由に聞こえる。
     だけど今のミスラには、あの瘢痕にこそ理由があるように思えた。本当のところはこの男しか知らないし、本人が口にしない限りは問いただす気もなかったが。
     体重を傾けると、オーエンの体はあっけなくベッドに沈んだ。昨晩のぼんやりと青ざめた顔はもうどこにもなく、紅潮した頬に引き上げられるように、唇が綺麗な弧を描いている。
     枕元に残ったままの、煙草の箱が視界に入ってくるのが邪魔で、片手で握り潰して放り捨てた。
    「もったいない」
    「じゃあブラッドリーにでもあげますよ」
    「もう吸わないの?」
    「口寂しくなるので」
     その言葉に、オーエンはよりいっそう笑みを深めた。首に回された手に項を撫でられると、腰が疼いた。
     しかし下肢に手を伸ばすと、オーエンは自分の指を絡めてきゅっと握り、触れるのを阻んでくる。ここまできてしないつもりなのかと眉を潜める。目を合わせると、甘い声が駄々をこねた。
    「苦いままは嫌」
     そう言って薄く開いた唇から、ちらりと舌先をのぞかせてくる。今度こそ意図を察して、遠慮なく舌を捻じ込んだ。
    「んっ、ふ……」
     オーエンから積極的に舌を絡めて、擦り付けてくるのが珍しくて、気持ちよくて、夢中になって舌を絡めた。キスなんて社交辞令程度で誰とでもできてしまうほどなんの感慨も無くなった行為のはずなのに、脳を直接舐め合っているかのように意識が霞んで、心臓は体を内側から溶かしきってしまいそうなくらい熱い血液を送り出す。
     一度唇を離すと間に唾液の糸が繋がる。何も言わず、再び唇を貪り合った。
     この体に消えない痕を残した誰かがいても、そいつは今もこの先も、もう二度とオーエンと体も道も重ねることはない。いつの間にか、腹の底でざらざらと渦巻いていたなにかは、もうすっかりどこかへ消え去っていた。
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