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    ミスオエワンドロワンライ様よりお題「キス」をお借りしています。
    (Twitterに画像であげているものと同じ内容です。)

     死ぬのは得意でも感覚が戻ってくるこの瞬間は好きになれないままだった。
     小鳥の囁き声に震えた鼓膜が意識を揺り起こし、まだぼやける視界を白い反射光で満たす。徐々に覚醒する感覚器官であらゆるものを感じ取りながら、雪に澄まされた北の空気を思いっきり吸い込んで、眠りにとろかされてぬるくなった肺を冷やす。
     そんな完璧な朝の迎え方とは程遠く、腐りかけた植物が漂うどろどろとした沼のなかで窒息しかけて仕方なく意識が覚醒するような、そんな気持ちの悪い感覚だ。酒が回った時のように思考と体の動きがままならない。靄にのしかかられているように心身の動きが鈍く、ただじっと、その靄がはれるのを待つしかない。不快に耐える、無為な時間。
     死ななければいいのだけれど、それでは挑むことは叶わない。生き返るまでの些細な時間の不快感と引き換えにできるほど、オーエンの勝利への執着は弱くなかった。

     だけど今、そこに不思議な感覚が加わっている。体にのしかかっているのは靄だけではない。重たいのに鋭い魔力と、確かな質量と体温。視認するより先に、体が理解する。
     しかし顔に感じるほのかな熱の意図が分からないままだった。焼死するにはあまりにもぬるい、中途半端な温かさが、断続的に顔に触れてくる。主に口元に、何度も。
     まだ完全に復活していないせいで、痛みを感じ取れていないのだろうか。それともオーエンの知らない攻撃だろうか。さっきオズにも劣らぬ鬼畜加減でオーエンの外観をめちゃくちゃにしたくせに、生き返るまでの無防備な瞬間までもを狙うほど、殺したりないとでもいうのだろうか。
     疑問がふつふつとわきあがってくるあいだに、少しずつ戻り始めた感覚がむず痒さのようなものを拾い始める。眉をひそめた――つもりだけれど、きっとほんの僅かに眉尻が動いた程度なのだろう。
     体が修復されるのに伴って、ミスラから与えられる痛み未満の不思議な刺激を、どんどん鋭敏に感じられるようになってきた。寒さに耐えているときのように全身の筋肉と毛穴が収縮し、嫌な疼きのようなものが断りもなく胸と腹の奥に鎮座してゆく。
     寒さなら体を温めて、さらに外界の気温を感じないように結界を張ればいいけれど、これはどうしたら発散できるのだろうか。自分の身に発生している状態異常の正体がわからず、どんな魔法で対処すればいいのか分からなかった。
     ようやく動くようになった手でのしかかる男の肩を押そうとしたとき、その感覚ははっきりと輪郭をもってオーエンに襲い掛かった。
    「っ、」
     口を塞がれているらしく、声が出せなかった。思わず絶叫したいほどの、痺れのような感覚が全身をぶわりと駆け巡る。少しだけ熱くて、ぬかるんだ何かが口の中で蠢いていた。ゆっくりと、オーエンの舌を吸い上げ、歯の裏までくまなく舐め回すように這いずっている。
    「っは、ぁ、」
     生き返って、はじめて息を吸い込む。気怠げな双眼がすぐそばにあった。殺されている最中でもないのに睫毛が絡み合いそうなほど近くで目が合うことに驚いて、心臓が止まりそうだった。鼻腔がミスラの匂いと体温で満ちて、ようやくはっきりした意識がまたくらりと揺れる。
    「なんだ。息、止めてたんですか」
     もう一回死にたいんですか。呆れた声が降ってくる。
     何をしているの、そう言ったはずの声は塞がれ、押しつぶされた。唇に唇を押し当てられたのだと気付くまでの数秒、身じろぐことすらできなかった。
     離れたかと思えばまたすぐに強く押し当てられ、今度はそのまま角度を変えて、唇同士を擦れ合わせながらオーエンの唇を啄むように唇や歯が触れてくる。
     呼吸を止めているのも限界を迎えて、鎖骨のあたりを爪を立てて引っ掻くと、ようやく唇のあいだに十センチほど距離ができた。
    「あなたも覚えが悪いですね。鼻から吸えばいいって何度も言ってるのに」
     ミスラはなんだか楽しげに笑っている。
     また唇を啄まれた。両唇を包んで、ちゅうと音を立てて吸ったかと思えば、下唇に歯を立てられて、やわやわと揉むように甘噛みされる。
     魔法の気配は感じない。殺意も闘気も感じない。
     状況を把握しようとこれまでの知識を必死にまさぐってみるけれど、ミスラのしたいことも、この行為への応え方も分からない。

     乱暴に、両の腕を掴まれた。殺されたわけでもないのに再びすっかり力の入らなくなった指先は、導かれるままミスラの背に触れる。肘は肩にひっかけるように置かれていた。魔法で屈服させられたわけでもないのに、与えられる刺激に体が強張る以外は思い通りに力が入らなくて、支配されるがままになっていた。
     美しい顔がまた鼻先に擦れる。
    「んん、」
     唇の上を、ミスラの唇や舌先が這いまわる。力の抜けた唇を啄まれて、自分の唇がこんなに柔らかいものだと初めて思い知った。脳が発火しているように顔が熱い。
     舌先がほんのすこし口内に割り入るだけで、唇の裏に触れるだけで、首に回させられた腕に力が入る。そのたびに、助けを求めてミスラの体に縋りついているようで癪だったけれど、それ以外に、このびりびりとした得体の知れない感覚を受け止める術が分からなかった。
     ふいに、冷たくかさついた感触がした。おそらくミスラの指だろう。無遠慮に舌と歯を押さえつけて、口を開かせてくる。親指の腹があやすように舌の表面を撫でられると、皮膚と味蕾の擦れあうざらついた感触に肌が粟立った。声を上げそうになるのを、足の指をきゅっと丸めてやりすごす。
     毒でも飲まされたらたまらないと舌を撫で回す指を噛みつけた。なんの抵抗にもならないけれど、睨みつけてやろうとミスラと視線をぶつけた瞬間、後悔と寒気をぐちゃぐちゃに混ぜた深い痺れが背筋を伝った。
     思う存分魔力を振るう瞬間にだけ鋭い光を纏わせる底知れない緑の虹彩が、見たことのない熱をもってオーエンを映していた。
    「はは、」
     笑い声は多分に湿っていて、いつもの子供のようなあどけなさを宿しておらず、頬にかかる吐息は思わず身震いするほど妖艶に熱い。
    「な、に……」
    「こんなになっても抵抗してくるのが、あなたらしいなと思って」
     鼠径部に滑らされた手の意図を掴めず、また疑問符を口にしようとした。だけどそのために開いた口にぬるりとしたなにかが入り込んだ。さっき感じたのと同じ、ぞわぞわとした感覚が、今度はより鮮明に感じられた。
    「んっ、ふ、あ」
     言葉を紡ぐために吸った僅かな息すら漏らさず食い荒らされる。そう、食い荒らされているという表現がぴったりだと思った。死肉に群がる飢えた獣のような勢いで、口内を貪られている。ぬるぬると舌の裏まで舐め上げられたかと思うと、今度はざらざらとした感触が舌の上を這う。
     ぼんやりした頭で、魔力を吸われていないことや、流血していないことを確かめる。その間にも、おそらくミスラの舌であろうぬるぬるとした感触が上顎をくすぐり、背筋がしなる。

     これはきっと攻撃ではない。ならなぜこの男が自分の体に触れるのか。分からないのはこの男から与えられているぞわぞわとした感覚のせいで思考が鈍っているからなのか、オーエンの知らない魔法だからなのか。
     意識をなんとか繋ぎとめて考えるけれど、自身の口内の粘膜とミスラの粘膜が擦れるたびに思考は断絶されて、与えられる感覚以外に気を逸らすことを許されていないようだった。
     舌を深く吸われると、なぜだか膝を閉じてしまう。
     さっきオーエンの舌を撫でて唾液で濡れた指が、今度は耳をなぞっていた。軟骨の形を確かめるようにゆるゆると撫でられると力が抜ける。だけどその穏やかな感触にまどろんでいると、耳の裏をかりかりと引っ掻かれ、内腿がぴくりぴくりと強張った。
     腿の付け根を這っていたミスラの手の熱が、服越しにじわじわとしみてくる。ミスラの舌や指の動きにあわせて腰や脚が跳ねるのをどうにも制御できなかった。
    「もう欲しいんですか」
    「っは、……なに、を」
     ミスラの目が猫のようにきゅっと丸まった。何に驚いているのかは分からなかったが、今日はじめてミスラの裏をかけたようで、一瞬勝利の喜びが胸に滲む。
    「あぁ、あなた知らないんですね」
    「はぁ? 何言って」
     オーエンが言い終わらないうちに、その声を厚い唇が飲み込んでゆく。あの言いようもない感覚に支配されるのが嫌で奥歯を嚙みしめていると、口の端から突っ込まれた親指が無理矢理にでも開かせてくる。また舌が絡み合った。
     諦めてミスラにされるがまま、舌をすりあわせていると、自分が鼻から抜けるような高い呻き声をあげていることに気付いた。止めようとしても、どうにもできなかった。
     やっぱり翻弄されっぱなしなのは悔しくなって、暴れまわる舌先に噛みついてみると、ミスラは嬉しそうに目を細めた。また耳を擽ってくる。耳のふちや穴のまわりを、爪を立てずに指の腹だけで撫でられると思わず腰が浮いた。
     こっちも弱くてすぐ死ぬから、そんなようなことを言ってる声がぼんやりと遠く感じられた。首に回されていた手を珍しく朱の滲んだ頬に這わすと、魔法で手袋が外されて、直に皮膚を擦らせながら指と指が絡み合う。革の下で、爪先まで余すところなくじっとりと汗ばんでいた自身の手に驚く。

     早く最後まで意識を保てるようになってくださいね、そう囁かれた耳元が思いだしたのは吐息につつかれるくすぐったさだけではなかった。甘い恐怖にも似たなにかが、目の奥からじわりと涙を滲ませる。
     きっとすでに覚えている。知らない間に教え込まれてたそれを、意識より先に体が求めている。

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