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    ミスオエワンドロワンライ様よりお題「憧れ」をお借りしています。
    ※モブの●体、流血表現があります。
    (Twitterに画像であげているものと同じ内容です。)

     案の定と言えばそれまでだが、男の返事は、それは気のないものだった。
    「ふうん」
     そちらが尋ねてきたくせに、話の途中から明らかに頬と口角を落としていた。きっと後半部分はミスラの声に鼓膜を揺らされるまま、その声が象る言葉の形などまるで認識していなかったのだろう。
     ため息をついて、それに触れる。白い骨の山の上に乗った、柔らかく濡れた残骸。

     もう何百年ぶりかわからないけれど、死の湖の周りに集落が形成されたと聞いて、土地に戻った。噂を聞いたのがもう何日——何年あるいは何十年前か分からないもので、その村はすでに衰退が始まっていた。余計にミスラが姿をあらわすのに相応しい時期だ。
     北の国では殊に毎日、人が死ぬ。人間も、魔法使いも。
     近頃は火を以って死体を灰にする方法をとることもあるという噂が耳の端を撫でるけれど、この北の国では関係ない。外で炎を保つことは、人間には到底できない。人間の体が灰になるまでの火を起こすこと自体が、ほとんど不可能だろう。魔法使いだって、下手をすれば隣接する集落を司る魔法使いへの宣戦布告ととられかねない。少なくとも、ミスラはそんな葬送を目にしたことはなかった。
     いつもの合図を見て、村へと船を漕いだ。飛んで岸に渡り、死体を抱えて帰ることも可能だけれど、ミスラはこの渡し守の習わしを行う静かな時間が好きだった。千年変わらぬ手順と方法の通り、仕事を進めていく。
     その日の死体は少しばかり厄介だった。普段なら岸に死体が用意されているのに、どうしても家まで来てほしいという。ミスラが何度断ろうと、震える体と目に溜まった涙を堪えて懇願された。鹿肉と猪肉を捧げられたところでようやく首を縦に振った。
     案内された家に入る。通された浴室では、老女が眠っていた。永遠に閉ざされた瞼はすでに色が抜けて白く、そのぶん体を浸す水は赤い。余すところなく皺に赤が染み込んでいて、まるで血管が剥き出しに現れているようだった。
     絡みついた花と蔦を引きちぎりながら、死体を引き上げる。家族と思しき人間は何も言わず口元を押さえていた。そのあとはいつも通り、死体と共に湖面を渡った。

    「憧れてたんだろうね」
    「はぁ?」
     あれほど退屈に膿んだ表情をしていたくせに、存外話を聞いていたらしい。
    「お前に運ばれることに憧れてたんだよ、きっと」
    「意味が分かりません」
    「自分が憧れた死体の姿を叶えたんだろ。その人間は」
    「はぁ……?」
     オーエンの言葉の意味を図りかねていた。そもそも死体という概念が、魔法使いには遠いものだった。
     己の価値も憧れも、生きているうちに叶えることに意味があって。死んだあとのことなんてどうでもいい。自分の石を取り合う者たちが石になるくらい、食べることを望まれたいけれど、その価値は生きている間に発揮してこそだ。
     死後残らない体を飾るなんて、想像しても共感に難い感情だった。
    「ミスラに死体を運ばれることを夢にみるやつなんて、初めてじゃないでしょ」
    「そうなんですか?」
    「はは……」
     オーエンはひどくかわいた声で笑った。
    「お前の肖像画が飾られてる家だってあるし、死体を運びに来たお前に恋するやつだって今にはじまった話じゃない。その人間も、何年も何年も……ミスラがここに戻らないうちから夢を見て、ようやく念願を果たしたのかもしれない」
     それはミスラに語っているようで、どこかひとりごとのような言葉だった。
     隣で遠くを見つめるオーエンは、澄ましていると生きているくせにまるで人間の死体みたいだと思うが。実際、心臓が入っていないのだから、それに近いのかもしれない。
     だけど触れ合い、互いの僅かな体温を溶け合わせれば、熟れた色を滲ませる肌が美しい。シーツに皺を作る指先も、すべらされる長い脚も。
     殺意を剥き出しにした顔には、愛着のようなものすらわいている。力で押し切れてしまうオーエン相手に戦うことは、ミスラにとって収穫がないけれど、何度殺しても変わらず——殺すたびにミスラへの殺意が研ぎ澄まされてゆく、あの顔が好きだ。
     ミスラと対峙した者の顔は、青白くこわばって逃げてゆくか、ミスラの記憶に残る前に潰されるかのどちらかだ。いずれにしても、二度も見る顔などそう多くない。
     オーエンの語りが、事実だったとして。あの老女(といってもミスラより遥かに歳の若いあの女)が自らに施した装飾は、自己満足以外の何物でもない。ミスラは浴室の空気も匂いも、巻き付いていた植物も、死体の肌も表情も、なにひとつ覚えていない。
    「……」
    「……なに」
    「別に」
     ミスラの心を惹きたいのであれば、このおとこに憧れるべきだった。
     頸椎に絡まった茎と花は色を濁らせ、僅かな腐臭を放っている。
     白い装いに身を包んだ、潔癖な死体のような立ち姿に、無意識に唾を飲み込んでいた。
     この顔をどう染めるか、それだけの楽しみしかないのに、何百年繰り返しても飽いたことはない。
     絡めた指の隙間に魔力を込めた。火花を散らしてゆく。さっきまで抱くつもりでいたけれど、気が変わっていた。今はただ、この男のいちばんすきな顔が見たくてたまらなくなっていた。
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