【フェルヒュー】 最後の戦いタルティーン平原でファーガス王国軍を倒した帝国軍は、王都フェルディアに逃げる教団軍を追いかけた。皇帝エーデルガルトを筆頭とするシュヴァルツアドラーヴェーアや帝国軍はフェルディアに入る直前、陣地を張って態勢を整備した。教団が簡単に投降しないことを念頭に置き、長い戦いの終止符を打つ準備をしなければならなかったからだ。
フェルディナントはなかなか眠ることができず、テントを出て周辺を歩いた。そして遠くに行かず、自分のように早く休まないでテントから出てくるヒューベルトに会った。
「ヒューベルト」
「まだ起きていらっしゃいましたか」
「ああ...どうも眠れなくて...」
「無理はないでしょう。私もそうです」
フォドラに春が訪れて久しいが、北の風は4月にも鼻を冷ました。じっとしていても体が冷えてしまうだけで、二人はしばらく歩くことにした。 ゆっくりした足取りの中でヒューベルトが口を開いた。
「フェルディナント殿、明日の戦いで緊張されますか」
「……そう」
「もし、明日で戦いが終わらないことを知るようになりましたら、貴殿の緊張は解けるのでしょうか」
フェルディナントはわけのわからないことをつぶやくヒューベルトを見つめた。それはただの独り言ではなかった。
「くく、セイロス教をフォドラから追い出すことですべて終わらせたら…どれだけ嬉しいことでしょう。これから続く戦いがいつ終わるか、それだけ分かったら私は…今すぐ兵舎に戻り、両足を伸ばして安らかに眠ったはずです」
何の返事もしていないのに、ヒューベルトはいつもより口数が多かった。 何か言いたいことでもあるのか、フェルディナントはただ黙って彼の話を聞いただけだった。
「誰かはこれが最後の戦いになることを切望しているでしょう。そして貴殿も当然…終戦の後に来るべき平和を大勢の人が長い間…望んでいるはずです」
「...」
フェルディナントは、ヒューベルトが語る戦いとは比喩的な表現だと思った。たとえ戦争が終わっても、フォドラにはまだ多くの問題が残ってる。戦争に勝利しただけで平和は自然と伴わないもの。エーデルガルトが初めて一国の皇帝としてフォドラ統一帝国を治める番が来るのだ。しかし、フェルディナントは次の言葉を聞いてその推測が間違っていることが分かった。
「少し昔話をお聞かせしましょう」
ヒューベルトは昔の事件について言い始めた。昔々、アドラステアを治めていた皇帝に起こったこと、皇帝になる子たちに起こったこと、皇帝になる必要なかったエーデルガルトに起こったこと、ヒューベルトの父が犯した罪のこと。
「ヒューベルト」
フェルディナントの父親である元宰相、ルードヴィヒ=フォン=エーギルの名前が出た時、フェルディナントは息をのんでヒューベルトを呼んだ。しかし、ヒューベルトは話を止めなかった。
「残念ながら、元宰相閣下がすべての背後にいたわけではありません。首謀者は別にいます」
明日の戦いが最後になることを最も切実に願う者たち。セイロス教を滅ぼすために、この全てを企んだ者たち。ヒューベルトは彼らを「闇蠢く者」と呼んだ。エーデルガルトが、ヒューベルトがこの戦争に身を投じさせた根源には、彼らがいる。
「彼らと手を組むと陛下にお願いしたのは私でした。もうすぐ、その責任を負う時が来ます」
ヒューベルトが今まで隠していた真意をいま自分に明かした理由をフェルディナントは知らなかった。いつの間にか立ち止まって彼の話を聞くのが最善だった。一方、ヒューベルトが遠い未来を語っているように見えても、その未来に向けた次の一歩を踏み出すことになる明日の戦いを前にして彼が緊張していることをフェルディナントは気づいた。
「その戦いに私が加勢てもいいよね 想像もできない時間や努力が要ると思うけど…」
「フェルディナント殿…」
「はは、この戦争が終わったら、私はエーギル領であれ皇城であれ、エーデルガルトが作って導いていく帝国のために働くことになると思っていた。私の力を貸してあげるならどこでも構わない。たとえそれが戦場といえども」
寒さで声がふるえた。
「そしてエーデルガルトがいる所には必ず君がいるだろう。それなら私は更に嬉しい気持ちで共にする!」
ただ一方的に言い放つ言葉でフェルディナントを理解させることはできないとヒューベルトは思っていた。まだ来てない、彼には来ないかもしれないことに、彼はただそれらしい答えを加えただけなのに。ヒューベルトの胸の片隅に温もりが広がった。その温もりはお腹の中にも、思わず緊張していた背中や肩にも、手先にも、顔にも広がり、ヒューベルトは安堵感に包まれた。
「それはとても心強いですな」
この安堵感の存在が不安だった。張りつめていた緊張から目を閉じさせるような安らぎ。一生願ってもなかった種類の私欲。
「もちろんさ!私が誰だと思ってる!」
休んだことのない、休めない、ただ前を見て前進するヒューベルトに横を振り向かせる人。決して消えないだろうと、深い怒りだけが満ちていたと思っていたヒューベルトの心に静かな喜びを植えておいた人。
彼に対する感情が何なのか。
「私は」
ヒューベルトはもう知っている。
「私は貴殿のそういうところが好きです」
温かい言葉に温かい息が混じって、その言葉を聞いたフェルディナントの顔も一緒に熱くなった。今夜はいろいろとヒューベルトらしくない姿をたくさん見かけた。フェルディナントは彼のそういう面に会えるのがあまりにうれしくて、今この場で彼との永遠を誓いたくなった。
しかし、激昂する感情を解消できる場所は、この静かで和やかな二人だけの散歩の時間ではなかった。このわくわくする気持ちを抱いてテントに戻らなければならない。 翌日、鼓動に合わせて大声を上げながら敵に向かって突撃しなければならない。長い戦いが彼を待っていたが、フェルディナントの心は疲れを知らなかった。