白鷺杯で優勝したフェルディナントは踊り子として戦場にでることになった。彼は「歌がなければ踊らない」と意地を張った。けど、フェルディナントは歌が上手だから問題ないのではないし、普段から自分の名前を叫んでいるため、歌ぐらいは皆平気に受け入れた。
しかし、ヒューベルトだけはフェルディナントの歌が気に入らなかった。何故ならフェルディナントが主に歌う歌とは、盛大な聖歌やドラマチックな歌劇曲だったからだ。フェルディナントは苦心してセットアップリストまで作って戦場の雰囲気や味方の特性に合った曲を歌ってくれるなど徹底さを見せた。ヒューベルトはどんな歌も決して楽しんでいなかったが。
指揮官のベレスが行方不明になった間、フェルディナントは踊り子よりは騎兵として活躍し、数年間踊る機会がなかった。シュヴァルツァアドラーヴェーアにベレスが戻ってきたということは、フェルディナントが再び戦場を舞台にしなければならないということだった。
「フェルディナント、今回も歌いながら踊るの?」
ベレスが昨日のことのように尋ねると、フェルディナントは恥ずかしい過去を思い出し顔を赤らめた。しかし、習慣とはすさまじいものだった。いざ戦場に出ると歌わなければ体が動かなかった。
かつての聖歌は教団と争っている今の状況に歌えなくなった。この前みたいに前もって何を歌うか考えておけばよかったのに。長い戦争が続き、人前で楽しく歌うこともなかった。フェルディナントは彼らしくないほど不安な様子を表した。ヒューベルトが彼の状態に気づいた。
「どうしたのですか」
「歌が思い浮かばない」
ヒューベルトにとってそれはいいことだった。もっと早く口をつぐんでほしかったと皮肉ったが、フェルディナントは冗談を言える状況ではなかった。
「歌わないと体が動かない」
フェルディナントの顔はますます強張った。彼に踊り子を任せたのを今更後悔しても仕方がなかった。なるべく彼を踊らせる必要ないようにすればいいとヒューベルトは思った。
しかし、やってきてしまった。フェルディナントが踊らなければならない状況が。このままじっとしていると、敵にやられてしまう状況だった。ヒューベルトは凍りついたフェルディナントを何度も振り向いて、切羽詰った気持ちで彼を呼んだ。
「フェルディナント殿!」
フェルディナントはその呼びかけにヒューベルトと視線を合わせた。
「私が音頭を取ります!一緒に歌ってください!」
ヒューベルトが歌い始めたのは帝国の国歌だった。戦場で士気を高めるのに最適だった。もちろん歌ってもよりによってそんな歌を…と思う人もいただろうが。先に歌ってくれる人がいるお陰で、フェルディナントは気安く歌を歌い、それにつられて体も動いた。フェルディナントはその日、戦場で帝国の国歌だけを歌った。愛国心が自然に湧き出る戦闘だったと、多くの兵士たちは振り返る。それをきっかけにフェルディナントとヒューベルトの仲がよくなったと皆推測した。
そしてもう一度、多くの人々の記憶に残る戦闘があった。ある日フェルディナントが戦略室のベレスを訪れた。次の戦闘ではヒューベルトを全面的にサポートしたいという彼の提案を受け入れ、ベレスは戦術を立てた。
フェルディナントは翌日、戦場でヒューベルトに献辞するための歌を熱唱し、踊りを披露した。その歌とは···。
「貴方は紫色のように〜」
陰惨でさえある紫色の暗魔法の気運が敵を飲み込む間、血なまぐさい戦場でフェルディナントの玲瓏たる声が響いた。どうか止めてほしいが、その口を閉じさせるよりは戦闘を早く終わらせた方が早いだろうと思ったヒューベルトは、普段よりもっと熱心に戦うことが出来た。その姿を見て、とうとうヒューベルトが好きな歌を見つけたと喜んで喜んで歌うフェルディナント=フォン=エーギル。更に似たような雰囲気の曲を持ってきて歌う彼を止めることができず、ヒューベルトは結局ベレスにフェルディナントの兵種を変えてほしいと要請するしかなかった。