俺たちが身を置いているのは戦場であり、命など一瞬の爆炎で消し飛ぶ世界だ。分かっている。何人仲間を失ったか、もはや数えていない。明日は我が身だ。こんな戦いの中で、見送ることができるほど身体が無事に残っていることすら、奇跡に近いのだ。とても喜ぶ気にはなれなかったが。
真っ白い棺に、彼女の黒髪は良く映えた。
埋葬が済んでしまうと、そこについ先日まで生きていた人間が埋まっているなんて実感は彼方遠くへ消え失せてしまって、なんだか作り物を見ているような気分になった。さわさわと通り抜ける風が周囲の草花を揺らす。その音がやけに耳障りだった。
ぼんやりと墓の前にしゃがみ込む。墓を埋め尽くさんばかりの献花は、それだけ彼女が慕われていた証だろう。
「……あんた、どうせ花なんて興味ないでしょう」
ぽつりと呟く。
「ま、こんだけの人間を置いて行ったってことです。ちょっとは自覚してくださいね」
一度口を開いてしまえば、もう言葉は止まらない。
「……だから何度も言ったじゃないすか。あんたは後ろでふんぞり返って指揮取ってるくらいがいいって。前に出すぎないでくださいって。……戦うのは得意じゃないくせに、絶対に下がろうとしないんですから。どっから湧いてくんですかその自信。俺たちの身にもなってくださいよ。……分かってますよ。あんたが退く姿なんて、敵に背を見せる姿なんて、俺だって見たくはない。…………けど、あんたの死体はもっと見たくなかったっすよ」
伝えたい相手はもういない。だから誰にも伝えられない。こんなことを言うつもりはなかった。それでも、吐き出してしまいたかった。
「……俺は、あんたの後なんて継ぎたくなかった」
そんな言葉は誰かに届くわけでもなく、音は風に溶けてさらわれていった。
ちっぽけな人間の感傷などのために時間も戦いも待ってくれるわけがなく、数日後には原初のアルカナに着任、零区の統括を任されることとなった。案の定不安を滲ませる部隊員を一喝する度量は持ち合わせていないし、そういうのは柄じゃない。
執務室の椅子に深く腰掛ける。あの人の見ていた景色を見る。
大層な理想など無い。
突出した能力も無い。
上に立つ器など無い。
正直に言えば面倒だ。
それでも、あの人の後を他の人間に継がせたくはない、と。そう思ってしまう自分に小さく嘆息した。