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    ミヤシロ

    ベイXの短編小説を気まぐれにアップしています。BL要素有なんでも許せる人向けです。

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    ミヤシロ

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    バーンと石山のお話。
    また香水のお話です。先月クロムの匂いがどうのと騒いでいましたので、つい書いてしまいます。実は現在も香水ネタでお話を考えていたり。

    彼の香りは 石山タクミが不死原バーンと会う約束をしたその日、バーンは珍しく遅刻してきた。
    「すまない。待たせてしまったね」
     いつもは早い時間に二人とも待ち合わせ場所に到着しているか、あるいはバーンの方が早いくらいだ。石山は“珍しいな”と意外に思うものの、相手に怒りや苛立ちを覚えはしなかった。バーンはベイバトルの時間には度々遅れていたが、石山との約束の時間を破ったことは今日以外に一度もない。そもそもほんの数分の遅れであってバーンが謝るほどでもないのだ。石山は謝罪をさらりと受け入れ相手が向かいに座るのを見つめる。優美な男性の所作は美しかった。
     二人はバーンがマウンテンラーメンを買収して以来定期的に顔を合わせ、互いの近況を報告し合う間柄となっている。彼等の関係は実に良好で、石山のまとう空気も彼が出せるものの中では穏やかである。彼は引退の窮地を救われたがゆえバーンに少なくない恩義を感じている。たかが数分の遅刻で文句を言う気は毛頭なかった。
     この日の待ち合わせ場所はXタワー近辺の喫茶店だ。落ち着いた雰囲気の店はバーンのお気に入りらしく、石山は既に三度ここで対面を果たしていた。
    「大して待っていない」
     石山はいつものように素っ気なく答え、眉間に皺を寄せたまま相向かいの席についた青年に視線を遣る。“相変わらず忙しそうだな”と呟けば、気遣いをありがたく感じたのだろう、バーンは微笑んだ。無骨な中男とは正反対の美男子が後光が射すような微笑をたたえる。白皙の肌と緋の目が美しく、女性ならばなびかぬ者は居ないだろうと石山はふと思った。
     石山の胸中を知らず、バーンは相手への好意が滲む笑みを石山に向ける。見る者を惚れ惚れさせる笑みをもって彼は、
    「30階、おめでとう」
     と、ソリダスタワーで戦う者を祝福した。
     現在Xシティではスラッシュとソリダスの二つのタワーが活況を極め、石山率いるファランクスは移籍先のソリダスで活躍している。長きにわたり一階に甘んじ、一時は引退の危機に陥ったチームは、戦場を移して以降破竹の勢いでタワーを上っていった。決断には相当の勇気を要したが石山達は結果的に成功を収めた――もっとも彼はまだ行ける、と、現状に満足しているわけではなかった。
     自分達がどこまでやれるか、どれほど強くなれるのか。彼等もまたまだ見ぬモノを見るために日夜鍛錬に励んでいた。
    「もっと上を目指す」
    「君達ならばやれるさ」
     バーンの言葉に石山は頷き、己の手をじっと見つめる。日々のトレーニングでたくましくなった手は大きく、長い年月の積み重ねを感じさせた。拳を作り、ぐっと力を込める。男が険しい面持ちで己が手を凝視するとき、従業員がオーダーを取りに来た。
     バーンも石山も頼む飲み物は決まっている。どちらも紅茶を注文し店員の背中を見送ったとき、石山はバーンに対し違和感を指摘した。
    「いつもと違うな」
     先ほどから気づいてはいたが言及するタイミングが得られなかった。不死原バーンは視覚的には何ら普段と変わらない。だが、嗅覚的には明らかに異なっていて、石山は触れずにはいられなかった。首を傾げるバーンに彼は、
    「香りが、いつものあんたじゃない」
     と、眉間に皺を寄せた顔で言う。バーンはきょとんとしたが、数秒後“ああ”と、合点がいった様子で頷いた。
    「難波ゆにに勧められてね。香水をつけてみたんだ」
     チームユグドラシルの一人であり、モテを信条とする大人気インフルエンサーだ。バーンはこの日彼女とゾナモスと共にチームのプロモーション動画を撮影していて、その影響で待ち合わせに遅刻した。動画の撮影を終えた後ゆには現在流行のフレグランスを勧めてきたのだ。
    ――今大人気のフレグランスなんです! バーン様にぴったりですよ!
     美男子を包み込む香りは深紅のバラを連想させる芳香だ。甘く柔らかで、確かにバーンの雰囲気によく合った。さほど強くはなく、近くに居る者ならば気づく程度のさりげなさだ。テーブルを隔てた向こう側から到達する甘美な香りは確かに素晴らしい、が、石山にとっては決して喜ばしい話ではなかった。
     難波ゆにの名前を出され、石山の眉間にまた一つ皺が刻まれる。彼とゆにとでは性格もバトルスタイルも真逆だった。
    「……。そうか」
     先ほどより幾分低い声で相槌を打つ。声音の変化に発した当人は気づいていないようだが、彼は第三者から見れば怖い顔になっていた。率直に言えば石山はゆにが苦手である。シャッフルバトルの際彼女と刺々しいやりとりをした彼は、無意識のうちに不機嫌になっていた。
    「ローズ系の香水だそうだ」
     香水のメーカーとフレグランス名についてはバーンも記憶していなかった。
    「普段香水をつけないのでね。あまり詳しくはないのだが……、」
    「普段のあんたの方がいい」
     バーンの発言を遮り、石山が断固たる口調で言う。有無を言わせぬ調子は恐ろしいものだったが、石山の無骨な人となりを知り良き関係を築く青年はさして気にならなかった。ふっと目を伏せ穏やかな表情と共に“君がそう言うのなら”と口にする。香水を否定されたにもかかわらず彼は落ち着いたものだった。
    「次はつけないでおくよ」
    「そうしてくれ」
     次の対面が早く来ないものか、と、石山タクミは今会っている最中に次回を希望する。次はどこで会おうか。時々はユグドラシル本社に赴き、ベイの試作品のテストに付き合いたいものだと石山は思う。もっとも場所と日時を提案するのは専らバーンである。大企業の御曹司の方が石山より遥かに多忙だった。
    ――お待たせしました。
     店員が二人分の紅茶を盆に載せ現れ、テーブルにティーカップを置いて去っていく。バーンがまとうバラの香りに紅茶の香しい香りが加わり、ほう、と感嘆したくなるような絶妙な香りとなった。紅茶を一口含みバーンが陶然とする。見る者の胸を高鳴らせる表情だった。
     青年のお気に入りの銘柄を石山は記憶に留めている。随分先になるが誕生日プレゼントには茶葉を贈ろう、と彼は密かに考えていた。
    「ところで普段の私の香りというのは、どんなものなんだろうね?」
     不意に青年が尋ねてきて、石山は言葉に詰まる。人がまとう香りを言語化するのは難しい。無骨な男ならば尚更、だが石山はぽつりぽつりと、言葉少なながらバーンが喜ぶ言葉を紡ぐ。
    「もっと、落ち着く香りだ」
     香水よりも控え目に香る、おそらくはシャンプーの香り。さりげなく甘く爽やかで、長い髪がなびいたときふわりと香りが広がるのが心地よかった。艶やかな髪はどのメーカーのシャンプーを使っているのだろう、石山は少しだけ気になる。と同時に馬鹿馬鹿しいという感情もまた胸に湧いた。
    (くだらん)
     香りが違うからといって何なのだ。些末な問題に心を乱す自分自身に石山は苛立ちを覚える。まとう香りが普段と異なる、それだけのことだ。だが石山は妙に気になり精神をざわつかせる。揺れる精神のまま彼は思わず口にした。
    「普段の香りの方が、ずっといい」
    「そう」
     ふふ、と笑った声を聞いて、石山はしまったと思う。何をべらべら喋っているのだ。口を滑らせてしまってから、彼は己の無駄な発言に苦虫を噛み潰す。昔から沈黙は金というではないか。黙っていれば済んだ話だ。苦々しい面持ちで石山は紅茶を煽るようにして飲む。正直言って味わう心境ではなかった。
     ティーカップをほとんど空にして、石山は剣呑な顔でもって言う。ただでさえ険しい顔が一層悪人のようになった。
    「忘れてくれ」
    「憶えておくよ」
     凄い顔と低重な声はまるで脅すようだがバーンは意に介さない。
    いよいよ顔面が怖いことになった石山を前に、バーンは優美に笑ったまま紅茶を口に含んだ。
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    ミヤシロ

    DONE82話『七色の決意』後のシエルのお話。
    引きこもっていた頃のシエルはやつれていて、ご飯食べてるのかなと心配になって思いついたお話です。
    決意を新たに シグルと別れ帰宅したシエルは、まずは荒れ果てた部屋を元に戻すことから着手した。
     メダルとトロフィーが床に散乱していた。
     ゾディアックとの戦いで大敗しどん底を味わったあの日、シエルはアマチュア時代の栄光を衝動のまま床に叩きつけた。500勝無敗、アマチュアの王、これらの賞賛は無意味でしかなく、彼はあの日自分が塵芥(ちりあくた)と思えるほどに打ちのめされた。クロム不在の間ペンドラゴンを守ろうという誓いは無残に打ち砕かれた――あの日の自分と決別するため、シエルは夕闇が窓に垂れ込める時間、惨憺(さんたん)たる部屋を凝視し硬い握り拳を作った。
     ひどいザマだ。だが時間さえ掛ければ原状回復は可能だ。幸いトロフィーもメダルも破損は見られず、ただ元の位置に戻せばいいだけだった。ひたひたと忍び寄る闇が苦しく、シエルはしんどい気持ちの中それでも自身のやらかしに向き合う。一つ一つ、昔の誓いを改めて胸に刻むように。彼は自分の歩みの証を、クロムの言葉を思い出しながら手に取った。
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    ミヤシロ

    DONE80話『最遅の者』~81話『オールイン』の石山メインのお話。石山の部屋の描写は私的設定です。あとマルチが新ベイを完成させた日時がはっきり特定できない為、80話の翌日に完成したという設定にしています。
    石山は登場するたびに魅力的なキャラになっていますね…! 今回のお話を書いてみて、彼の歩みがアニメ本編でとても丁寧に描写されていると感じました。
    不変の道 石山は母親に頼んで手に入れたスイーツを、翌日ファランクスの二人と共に味わった。
    「すっげー!」
    「うまそうだな」
     昨日バーンの部屋で拒んだ甘味を、この日石山は仏頂面ながら親しき者にはわかる上機嫌で堪能する。母親に電話したあのとき“一人で三つ食べてしまおうか”と頭をよぎったものの、彼はすぐさま思い直し三人で食することにした。予定の空いていた二人は報せを聞き、喜んで石山の家を訪れた。石山の住まいはとある賃貸物件の一室であり、そこはさっぱりと片付いて私物がさしてない場所だった。
     十年間、無骨な男は簡素だが清潔な部屋で暮らしている。勝手知ったるファランクスの二人は用意されたスイーツに目を輝かせ、石山の淹れた紅茶と共に舌鼓を打った。その後は今後の予定やトレーニング内容を確認し、世間の話題にも触れる。彼等の話にはトーク番組の撮影やスタジオに乱入したカルラ、そして黒服への言及があった。
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    ミヤシロ

    DONE『夢か現か』のシグル視点。シグルは台詞も少なく感情を表情から読み取りにくく、お話を書くのはとても難しかったです。彼女も彼女なりに二人を案じたり、ペンドラゴンを好きでいてくれたりするといいな、って。
    来週のアニメにシグルが登場しますね! 楽しみです。
    バイオレット シエルがクロムの中で大切な存在になっていく。
     彼がクロムにとってどれほど支えになっているのか。心の傷を癒してきたか。私は彼に感謝してもしきれないんだろう、上手く言葉に出来ないけど。
     私は何も出来なかった。見ているだけで、壊れていくクロムを気遣う言葉を持てなかった。
     でも、クロムが昔の自分を取り戻しつつある今、私は。今度こそ、何かあったら彼を支えたいと思う。シエルと共に。
     そしてチームのために戦おう。持てる限りの力を尽くして。

    「オレ達の、イメージ香水…!」
     私がモデルを務めるブランドの会議室で、シエルが上ずった声で言った。
     ペンドラゴンの三人をイメージして香水を作る。期間限定で販売される香水が完成したから、と、私達はこの日企業から呼び出しを受けた。雑誌に載せる写真を撮ってインタビューを受けて。私にはそう珍しくない仕事だけど、シエルにとっては初めてのコラボ企画だった。彼はベイについてのインタビューならたくさん受けてきたけど、香水については初めてだ。彼はそわそわしながらイメージ香水に向き合った。営業社員に勧められて香水を試す彼はおっかなびっくり、とても危なっかしかった。
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    ミヤシロ

    DONEバーンと石山のお話。
    また香水のお話です。先月クロムの匂いがどうのと騒いでいましたので、つい書いてしまいます。実は現在も香水ネタでお話を考えていたり。
    彼の香りは 石山タクミが不死原バーンと会う約束をしたその日、バーンは珍しく遅刻してきた。
    「すまない。待たせてしまったね」
     いつもは早い時間に二人とも待ち合わせ場所に到着しているか、あるいはバーンの方が早いくらいだ。石山は“珍しいな”と意外に思うものの、相手に怒りや苛立ちを覚えはしなかった。バーンはベイバトルの時間には度々遅れていたが、石山との約束の時間を破ったことは今日以外に一度もない。そもそもほんの数分の遅れであってバーンが謝るほどでもないのだ。石山は謝罪をさらりと受け入れ相手が向かいに座るのを見つめる。優美な男性の所作は美しかった。
     二人はバーンがマウンテンラーメンを買収して以来定期的に顔を合わせ、互いの近況を報告し合う間柄となっている。彼等の関係は実に良好で、石山のまとう空気も彼が出せるものの中では穏やかである。彼は引退の窮地を救われたがゆえバーンに少なくない恩義を感じている。たかが数分の遅刻で文句を言う気は毛頭なかった。
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    ミヤシロ

    DONEペンドラゴンのお話。アニメ71話の内容を含みます。
    お話を書くにあたって香水を購入しました。某ショップではお試し用が販売されていて便利です。
    Velvet Orchid(Tom Ford)、Mojave Ghost(Byredo)、Arancia di Capri(Acqua Di Parma)
    Velvet~は男性でも使えるらしい。かなり強め。クロムには甘すぎるかも。イメージ香水って難しい。
    夢か現か 気がつけばクロムはベッドに寝かされていた。
     瞬きをし、ぼんやりとしたまま目を開けると、記憶にない天井が翠の双眸に映る。“お目覚めですか”と声を掛けられそちらに視線を遣れば、線の細い若い男が背を向けて本を読んでいた。穏やかだが隙のない男とは面識がなくクロムは相手の名を知らない。男と会話を交わすものの彼は疲労困憊のあまり意識を保てず、すぐさま再び昏睡状態に陥った。
     その後どれほどの時間が過ぎただろうか――再度憶えなき天井を見、クロムはようやく己が連れ去られたのだと理解した。
     頂上決戦で倒れた彼は担架に運ばれ、本来ならばXタワーの医務室に搬入されるはずだった。だが正体不明の者の手に落ち、彼は世間的には行方不明という扱いになった。常人ならば事実を知ったならば恐慌をきたすであろう。あるいは警察に訴え出るか。しかし彼は平然とした表情でもって異常事態を受け入れ、得体の知れぬ者に対しても感情の揺らがせはしなかった。
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