謀は密なるを貴ぶ虹色の夕日が傾き、僅かに開けている窓から鋭く差すように私の背中に落ちている。
その燃えるような色を見ながら、私は今日何度かのため息をついた。
座した目の前の文机には何もない。しかし私は夕日に塗られた虚空をじっと見つめる。そこに答えはないと分かっているのに。
「はあ…………」
私はまた何度目かのため息をついた。
久しぶりの休日であったのだが今は特にやることもなく、早朝にウマの世話をした後自然と足が向き、詰所へ顔を出すと旗長に声をかけられた。
丁度よかった、休みの所悪いが使いを頼まれてほしいというので承諾し、指示が書かれた紙切れを渡される。
中身を読み確認していると、後ろから影が現れる。ふわりと明るい、しかし落ち着いた気配が私に声を落とした。
「ふうん、今日はそういう日だからのう」
「ミト殿。……そういう日とは?」
振り向き、見上げる私にいつの間にか現れた彼女はいささか呆れた顔でため息をつく。
「なんじゃ、其方今日が何の日か知らずにこの使いに行こうとしたのか? なら余がついて行ってやろう」
ほら行くぞ、と支度を始める彼女に続いて私も腰を上げた。
道すがら、彼女の語るところによると今日は「夫婦や恋人が贈り物をする日」なのだそうで、それに乗じて想い人に思いを伝える日でもあるそうだ。「婚姻と家庭を貴ぶ偉人が殉じた日」が起源らしい、と彼女は笑って言ったが今日、特にユニシアやクロマの店はとんでもなく大変だろうよ、とも言った。
使いというのは花や菓子の材料を店に卸してほしいというもので、私達は大量の荷物を荷車に乗せ店まで届けるため何度も行き来をした。
「なあ」
「はい」
「こういうのは、事前に運んでおくものではないのかのう」荷車を引きながら彼女が口を尖らせる。
「指定された店はどれも小さな規模のようですから、あまり置き場がないのでしょう。恐らく前日までに用意したものを使い切って、その後に運んでほしいようですね」
「なんじゃ、面倒よのう」
「運べばよいだけです」
荷車の回る音と、街道の喧騒に溶け込みながら歩いていたがふと彼女がこちらを見た。
「其方はいつも涼しい顔をしおってからに。……そうだ、其方は贈り物をせんのか? あの男に」
思ってもない言葉に、思わず足が止まってしまった。
「……何故です?」
「仲良いだろう? む、いや語弊があるな。むーん……」
顎に手を当てて考え込んでしまったミト殿に、私はまた、荷車を引きながら言う。
「ミト殿が仰りたいのは、例えば感謝の気持ちやそれに当たるものをクロウに伝えるために、贈り物をしないのか、ということでしょうか」
「それじゃそれ。なんじゃ、分かっているではないか」
まるでいたずらっ子が目を輝かせている様を感じながら、私は苦笑する。
「ミト殿は御存じでしょうが、私とクロウは元々は侍従関係です。確かに、今までの彼の働きについては感謝しています。ですが」
言葉を切ると、彼女は不思議そうにまた私を見る。私は慎重に、そして小声で言葉を選びながら口を開いた。
「――そのことを軽々しく口に出したり、行動出来るような場所ではなかったのです。私達のいた所は」
――そう。少なくとも、私達のいたあの国では、生きること、目の前のことをこなすのに精一杯で。それ以外の何かを感じることなど、ましてや表に出すなど、難しかったのだ。
そして今私は、ミト殿から言われた言葉について頭を悩ませていた。瞼を閉じると、その闇の中で夕日がきらめく。見たこともなかった、虹色に輝く炎。それが今不思議と、自分の心にも灯るように思えて。
『少なくともここでは良いのではないか? 己の気持ちを伝えたとて、ここで其方を咎める者などおるのか?』
彼女の言うことは正しい。この教団(カラザ)にいる限り周囲に怯えることなく生きることは可能だからだ。そして気を緩めた分だけ、他のことを考える余裕も生まれる。そのことについては否定しない。
ただ、今まで辿ってきた道が私を縛り付けているのも事実で。
果たして、それをしてもよいのかという思いと、許されるならそうしたいという気持ちが、せめぎ合っている。
そして考えれば考えただけ、この世界では無駄だと気づくのだ。
私はため息をついて立ち上がり、部屋の窓を閉める。その音に思考を切り替える。
――考えるのが無駄なら。顔を合わせて、それから考えよう。
表さなくてもいい。秘めていてもいい。それが己の性分だから。だからせめて彼に、クロウに会ってから。
終わりのない考えや、思いからも出ようと。そうしてうつむいたままの顔を上げる。
部屋から出ようと戸を開けると、そこには彼が、クロウが立っていた。