破鏡不照小さな墓標の前には、幾許かの花が供えられていた。
穏やかな風がその花弁を揺らし、そこに立つ者の黒髪を、紺の外套を揺らしている。
雨の上がった後の、透き通った水の匂いが辺りに漂う日和の午後。
立ち尽くすベナウィに近づく足音が、彼を振り返らせた。
「……貴方でしたか」
「ここで何をしている」
「花を、」
ベナウィは声をかけてきたヴライに言いかけ、目線を落とした。言葉通り、墓標の前には花が置かれているのが見える。
「汝を呼んでこいと言われた」
「……そうですか」
そう言ったきり、無言の時が続く。
まだ乾ききっていない地から、水の気配がうつろいその身にまとわりつく。まるで、見えない呪いのように。
先に口を開いたのは、ベナウィだった。
「……私の隊での、初めての死者でした」
「戦で死ぬなど当たり前のことだ」
「ええ、そうです。戦に出るのなら、死とは隣り合わせです。ですが……」
「それがなんだというのだ」
湿った風が、二人の間を割くように緩やかに通りぬける。
「──破鏡重ねて照らさず、落花枝に上り難し。……失ったものは二度と返りません。ただ、それだけです。死者を悼むことは、その人のためにすることです。……元いた場所では、それすらも許されなかったので」
「……くだらんな」
「そうですね」
その言葉にベナウィは再び振り向き、佇むヴライを見上げた。
土の香る空気が、不快に鼻腔を刺激する。
ひどく冷たく、それなのにひとところに澱む嫌な水の気配。
その中で暗く濁った緑の瞳が、ヴライをじっと見つめている。
──戦場にいる時とはまるで違う、ひどく頼りない、虚ろな影
この手で掴んだら、すぐにでも崩れてしまいそうなのに
「貴方の言うことは正しい。何も間違ってはいません。失われる度に心を痛めるなど、馬鹿馬鹿しい」
彼の強ばった声に、ヴライはわけもなく苛立ちを覚えた。