めためた酒に弱いアズール「本当にね、リドルさんはズルいんですよ…」
また始まった…、とアズールの横でリドルは内心呆れつつ、手に持っていた度数の高いカクテルを煽った。
アズールは酒にめっぽう弱い。恐らくリドルが飲み交わすような知り合いの中で一番弱い。比較的度数が低く酔いにくいとされている、ミルクで割った甘いカクテルでも、一杯飲めば陶器のように滑らかで白い肌は赤く染まり、眼鏡の奥の目は据わり始める。それも三杯目となれば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。
「……キミにズルいだなんて、言われる筋合いはないよ」
「頭脳明晰で魔法だってトップレベルで…」
アズールはリドルの言葉など一切聞こえていない様子で続けた。
伏目がちに、頬杖をついてため息を吐く姿が物憂げで色っぽく見える。
「こんなに格好いい人が、僕の好きな人で、僕の恋人だなんて…僕、世界で一番幸せな人魚だと思いませんか!?」
「アズール、もう」
別に飲み過ぎても体調が悪くなったり翌日に残るようなことは無いのだが。これ以上は更に面倒なことになりそうだと思い、アズールのグラスを取り上げようとすると、
「や、です!」
アズールは子供のようにぶすくれて両腕でグラスを守る。これでは手が出せない。
「…ボクは、止めたからね」
もう知るか、と肘をついてそっぽを向くと、肩にコトンと重みを感じた。
「他人に厳しい以上に自分に厳しいところも、小動物が好きなところも、字が綺麗なところも好きです」
何を言い出すのかと思えば、アズールはリドルの肩に頭を乗せて、長い指を一本一本折りながらリドルの好きなところを挙げ始めた。挙げられたのはまるで脈絡もなく「?」と思うものばかりだが、好きだと言われれば照れ臭くもなる。リドルは肘をついた手で段々と緩んでくる口元を隠した。
「適量がわからないところも可愛い」
「その時の料理、キミ、すごい文句つけてきたじゃないか」
リドルがすかさず突っ込むと、顔を上げたアズールと至近距離で目が合った。あ、リドルさんだ、と今気付いたかのように嬉しそうな顔をする。
「すきです」
「はいはい…」
「…シクシク…リドルさんは僕のこと、すきじゃないんですね…」
「…本っ当に酔うと面倒くさいな、キミは」
「僕のこと、おきらいですか…?」
「う……っ、す、…きだけど」
「きこえません」
「すっ、好きだよ!」
「ふふ、知ってます」
「………」
言わせたかっただけなのだろう。いたずらっぽい顔で微笑むアズールに、ドキドキと同時に苛立ちも覚えて、リドルは再度そっぽを向いて頬杖をついた。
視界から外れたところで、アズールがくすくすと笑う気配がする。そして後頭部をするりと撫でられた。
「あなたの丸い頭を撫でるの、好きです」
「…ふーん、そう」
「でも本当を言うと、あなたに撫でられるのも好きなんです」
そう言って今度は撫でろと言わんばかりに腕の側面にグリグリと額を擦り付けてきた。観念して柔らかな髪を雑に撫でてやると、アズールはうっとりと瞼を閉じた。
「……食べる時の一口が小さいところも、不器用なところも可愛い」
「……」
「こんなに素敵なのに、愛され慣れていないところも」
「…あ、アズール…っ」
アルコールには強いはずのリドルの顔は、いつの間にか酔っ払いのアズールよりも赤くなっていた。
恋人になってからと言うもの、アズールの愛情表現の甘ったるさは筆舌に尽くし難く、居た堪れなくなったリドルから禁止令が出されている。普段はそれにも程よく従ってくれているアズールだったが、こうなるともはや天災だ。雨雲に溜め込んで溜め込んで、飽和量を超えた愛情が豪雨のようにリドルを襲う。
首の後ろまで赤く染まったリドルを、顔を上げたアズールはきょとんと見つめた。
「…リドルさん、飲み過ぎじゃありませんか?顔が真っ赤ですよ?」
「……ッいい加減にしないか……!」
全部、見られているのだ。一部始終を。
◇
学生時代から数年間交際を続けてきた2人がついに同居をするという事で、お互いの友人が新居に押しかけ、今日は引っ越し祝いのパーティーが開かれていたのだ。
「いやぁ…、お前たちが付き合っていると聞いた時は正直どうなることかと思ったが…仲良くやっているんだな…」
数年前の、苦笑いしてしまうような仲の悪さを思い出し、しんみりと呟き涙でも零しそうなトレイの横で、パシャリとシャッター音が鳴る。
「ね~!まさかのラブラブ糖度MAX!あっ、リドルくん、こっち見てよ~」
ニコニコしながら至極嬉しそうにカメラを向けるケイトが、スマホの上でピラピラと手を振った。
「ケイト、写真を撮るのはおやめ!」
「え~やだよ。こんな可愛い後輩たちを撮らないでどうするのさ」
「ハナダイくん、その写真オレらにもちょーだい?」
「オッケーフロイドくん!後で送るね♪」
「……はぁ……」
困り果ててため息をつくリドルの背を、ジェイドが優しくポンと叩いた。
「リドルさん。こちらのタコが面倒になりましたら、いつでも返品可能ですからね」
「…返品はいいから、その左手の動画を止めてくれないか」
「おや、バレていましたか」
「むしろ隠す気があったのかい?」
ジェイドと話していると、後ろからお腹に腕が回されて、ぐいっと引かれた。
「…ぼくのりどるにちょっかいを出すな」
アズールがリドルの体を抱き寄せる。少し目を離した隙にアズールの前に空のグラスが一つ増えていた。離せ!と怒鳴っても、アズールはお気に入りの人形を抱える子供のようにリドルを離さない。
藁にもすがる思いで幼馴染を見上げると、先ほどとは打って変わって、ニコニコと何やら裏がありそうな笑みを浮かべてこちらを、…というかアズールを見ていた。他の3人もカメラを構えてやたら近付いてくる。
「なぁアズール。リドルは誰のものだって?」
「…トレイ!」
「…りろるさんは……ぼくのものれす…!」
トレイの問いに舌足らずにそう答えると、アズールはリドルを抱えたまま眠ってしまった。
酔っ払いどもが大笑いするこの中でよく寝れるものだ、とリドルは呆れつつ、すぅすぅと寝息を立てるアズールの背中をそっと撫でた。
◇
気心が知れているとはいえ、マナーはマナーなのに。
4人が帰宅する時間になってもアズールは目を覚まさず、せっかくの来客に見送りも出来なかったことをリドルは悔やんでいた。
後日きちんと非礼を詫びようと心に決める。
それにしても、ずっとこのままでは流石に困る。眠るにしても床では身体を痛めてしまうかもしれないし。
「…よいしょ…っと」
リドルはアズールに抱きつかれたままなんとか立ち上がった。腕で持ち上げなくて済む分、自力で掴まってくれている内に運んでしまった方が楽だろう。
それでも、自分よりも体の大きい男を運ぶのは骨が折れる。リビングから寝室まで辿り着きベッドにアズールを振り落とした頃には、アルコールのせいもあってか、かなり汗をかいていた。
怪我をしてはいけないので、とりあえず眼鏡だけは外してサイドテーブルに避難させる。
いつもより血色の良い唇。ピンク色の頬に、少し濡れた睫毛。それらを見てリドルはこくりと小さく唾を飲んだ。ありえないほど色っぽいのだ。
「っ…ま、まったく…!今後は外でお酒を飲むのは禁止だよ…!」
振り落とされた衝撃でも、リドルの恨み言でも起きないアズールを置いて、リドルは一人バスルームに向かった。
「…リドルさん…?」
寝巻きを着てタオルで髪を乾かしていると、寝室からリドルを呼ぶアズールの声が聞こえた。
生乾きの髪をそのままに寝室の扉から顔を出してみると、アズールはベッドの上でぺたりと座り込み、不安そうにキョロキョロと辺りを見回していた。
「ここだよ」
そしてリドルを見つけた途端、アズールは嬉しそうに両手を広げて腕を伸ばした。リドルがその手を取ると、優しく腕を引き、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめる。
「…いなくなってしまったのかと…」
「うん、ごめんね」
バスルームにいたのはたった数分なのに、肩口に額を押し付け、長い間会っていなかったかのように寂しそうな声を出して甘えるのは間違いなくアズールで、同一人物だ。
アズールは酒を飲みすぎると先程のように人前でデレるが、別々に暮らしていた頃は眠ってしまったアズールをタクシーへ押し込んで終わりだったので、その先は知らなかった。どうやら甘えん坊になってしまうらしい。これは尚更、外での飲酒を禁止する理由の一つになりそうだ。
「リドルさん…、良い匂いがします」
「…さっきシャワーを浴びたからね」
アズールがしっとりとした項に鼻先を当ててすん、と匂いを嗅いでくる。くすぐったくて逃げるように身を捩って息を詰めた。
「逃げないで?」
「ッ、逃げて、ない」
鼻を擦り付ける仕草から、優しく吸い付く動きに変わる。静まり返る部屋の中で、アズールの唇から発せられる短いリップ音だけが聞こえた。ただじっくりと味わうように何度も唇を当てられ、リドルの内側が焦らされていく。耳元で熱く湿った息とともに名前を呼ばれれば、抵抗することなど出来なかった。
「今日はリドルさんをいっぱい愛したいです」
「う……、んっ、」
「いいですか?」
「い、いい…けど…」
囁かれる優しい言葉の裏にどこか強い欲を感じて、リドルは小さく身震いをした。服の裾からそっとアズールの手が侵入してくる。先程まで眠っていたからかアズールの指がいつもより熱い。
「アズール、」
リドルが名前を呼ぶと、答える代わりに唇を合わせてきた。何度もその柔らかさを確かめるように押し当てられ、下唇を甘く噛む。リドルがアズールの首に腕を回し、髪をくしゃりと撫でると、アズールは目を細めて唇に舌を割り込ませた。舌先をくすぐるように舐められたあと、今度は息を奪うように舌が絡め取られる。溶けて一つになりそうなほど深いキスをしたあと、名残惜しく唇を離して、額をつけたまま見つめ合う。
「好きです」
「…ボクも、好きだよ」
「ふふ、両思いですね」
そう言って嬉しそうに笑うと、リドルの瞼にアズールのまつ毛が当たる。それからアズールは額や鼻や頬に何度かキスを落とし、今度は耳から首筋へと唇が降りていった。眼鏡を外してしまったから見えづらいのか、手探りで寝巻きのボタンに触れ、丁寧に外していく。その感触さえ焦らされているように思うのは流石に勘ぐり過ぎだろうか。
部屋の明かりに晒されたリドルの無駄の無い体を見て、空色の瞳はうっとりと細められる。
「……っ」
言葉も無く見つめられて体温が上がるのを感じ、羞恥でギュッと目を閉じる。すると突然するりと胸の突起に触れられ、リドルは小さく声を上げた。
「ぁ、う……っ」
何度もアズールと交わる内に性感帯となってしまったそこを優しく撫でられ、むず痒い感覚に腰の辺りが少し重くなった。そのままゆっくり性感を高めるような愛撫に身を委ねていると、そこをアズールの口内に含まれ、先程よりも強い刺激にリドルの体が勝手に震えだす。声を抑えようと手で口を抑えようとすると、すかさずアズールがリドルの両手を捕えた。
「な…っ」
「声、聞きたい。…聞かせてください」
「あっ……かむな…っ…!」
両手はそれぞれ指を組まれたまま、舐められ甘噛みされた左の胸の先端は、執拗な愛撫から解放された頃には赤く腫れていた。
アズールが少し身体をずらして反対の突起に軽く歯を当てて、予想してなかった刺激に、リドルは小さな悲鳴にも似た声を上げてしまう。
「…かわいいです、りどるさん」
アズールは酷く甘い声で何度もリドルを呼び、胸元からへその辺りまでキスを落とす。弱火で煮詰めるような愛撫を散々受け、リドルの性器はズボンの中で完全に勃ち上がっていた。
唇の刺激に小さく反応しながら、アズールの手を、張り詰めた自身まで誘導する。
「も、いいから…っ」
「ふふ、分かりました。こっちですね」
アズールは手早くリドルのズボンを脱がすと、足の間に入ってそっとそれに触れる。根元から先端までをするりと指でなぞられ、てっきり手で扱かれることを予想していたリドルは、次の瞬間アズールの熱い口内に迎え入れられ、声を抑えることが出来なかった。
「ぁあっ」
思わずアズールの髪をくしゃりと握る。気持ち良くて下半身がじんと重くなり、溶けてしまいそうな感覚に、リドルの思考もだんだん曖昧になり蕩けていく。
「……ッそれ、ん…っんん」
舌で先端と裏側を舐められ、唇で全体を扱くように刺激されて、リドルの限界はすぐにやってきた。
「ぁあッ、やっ、…あずーる…ッ!」
ちゅ、と絶頂に達する直前で口内から解放されて、リドルの体が一度だけ大きく跳ねた。吐精寸前で留まった熱を、どうにかしようと身を捩る。
「やだ…っ、…なん、で……っ」
その情欲をそそる姿を目の前にして、アズールはまた目を細めて呟いた。
「はぁ…。いやらしくて、かわいい」
宙を彷徨うリドルの手を捕まえ頬を寄せるアズールの肌は汗ばんでいた。熱い、とうわ言のように言いながら体を起こして、上の服を一気に脱ぎ去る。その様子をぼぉっと見上げていると、少し乱れた髪のアズールと目が合い、咄嗟にそらした。
「ね、リドルさんの中に入りたい…」
だめですか?と不安げな声で聞きながらズボンの前をリドルの足の間に押し当てて、ゆるゆると腰を擦り付けてくる。可愛くねだる姿に心臓がきゅんっと鳴った気がした。
「う、ん」
リドルの小さな返事にアズールは心底嬉しそうに微笑むと、サイドテーブルの引き出しから潤滑剤を取り出しポイっとベッドに放るとともに、避難させていた眼鏡をもう一度かけた。
ふぅ、と大きく息を吐いて興奮していた呼吸を整え、乱れて前に垂れ落ちた髪を片手で後ろへ撫で付けたアズールが、いつものアズールに戻ってしまったような気がして、限界ぎりぎりで息を乱す自分の現状が急に恥ずかしくなる。
滑りを纏わせた指が後孔に宛てがわれ、リドルは小さく息を飲んだ。
「……ッ!」
「きつくないですか?」
「ん…へいき……ッん!」
思いやるような言葉とは裏腹に、いきなり二本の指で中の壁を撫で回された。先程までのじっくり熱を高めるような愛撫とは正反対の、性急に絶頂に追いやる動きに、アズールの細く長い指をきゅう、と締め付けてしまう。敏感な部分なぞられると腰から全身にかけてビリビリと電流が走った。
「ぁ、や、んあ…っ、!」
「……きもちいい?」
「ん、いい…っ」
アズールの問いに素直に答えると、空いた手でリドルの頭を撫で、唇を何度も何度も重ね合わせてくる。さらに舌を絡めながら中の弱い所を刺激されると体が小さく震えた。
「ぁ、も、だめ……!」
「いいですよ。イって」
「ぁ、ぁああ…――ッ」
リドルは咄嗟にアズールの腕にしがみついて絶頂に達した。
その余韻に浸っているうちに、アズールの指が抜けて、代わりに性器が宛てがわれた。固くなったそれがゆっくりと中に侵入してくる。尻と腰骨がぶつかって、リドルが息を短く吐いた瞬間、抽挿が激しくなった。
「――ッ!? あアッ、あずーる……ッ」
「…ぁー…、りどるさんの中、きもちいい」
「ぅ、……ッやぁぁ……! ま…って、!」
その急すぎる行為にブレーキをかけるべくアズールを見上げると、白い肌は首から胸元まで赤くなっており、空色の瞳を涙で潤ませながらでリドルを見ている。泣きそうになりながら腰を打ち付けてくるアズールに愛しさを感じて、リドルは嬌声を上げながら火照った体を抱きしめた。自然と繋がりが深くなり、堪らず全身を震わせて熱い息を吐き出す。
「はあ……ッあ、ん、アズール……っ」
「リドルさんっ、すき、すきです」
「あッ、は、ぼく、っも……やあぁ……ッ!」
アズールの告白に答えたいのに、与えられる快感が強すぎて、リドルの言葉は意味を持たない声に変わる。快楽の許容量を超えたリドルはアズールの性器をぎゅうぎゅうと締め付けて、体を打ち震わせた。
絶頂の余韻に浸る間もなくアズールはたんっ、と腰を押し付けてくる。
「や、あっ、まって…ッ」
「はぁッ、は…っ、りどるさん、もっと…っ」
アズールに激しく求められ、リドルは右も左も、上も下も分からなくなるくらい興奮していた。
普段のアズールなら、絶対にこんな自分本位な求め方はしない。リドルが待てと言えば待ってくれるし、嫌だと言えば愛情表現の仕方だって変えてくれる。いつでも慎重で理性的な恋人が、実は自分に対してこんなに激しい劣情を抱いてるのだと知って、尚更愛おしくて堪らなくて、なんでも受け入れたいと思ってしまう。
「ッぁ、ん…――ッ!」
「く……ッ!」
リドルが何度目かの絶頂を迎えると、アズールも体の動きを止めた。中でびくびくと痙攣しているのが感じ取れて、温かく濡れた感触が広がっていく。
「んん……っ」
抱きしめられたまま体に満遍なくキスを落とされ、その些細な刺激でも、敏感になっているリドルには過ぎた快楽だった。その度にビクンと震えるリドルの身体を抱きしめ、それでもキスをやめようとはしない。
ようやくアズールはリドルの体内から性器をゆっくり抜き、そのままベッドに横たわった。汗で顔に張り付く癖毛をよけてやると、ふにゃりと微笑むアズールと目が合った。
「…りどるさん、すき」
鼓膜を震わす声がとろけるほど優しく甘やかで、リドルの心臓がとくんと跳ねる。
「…ボクも、普段のキミも、今のキミも、全部好きだよ」
リドルがそう答えると両思いですね、とまた先刻と同じ言葉を言って嬉しそうに笑い、どちらともなく唇を重ね合わせた。ゆっくりと唇を離して目を開けると、目の前のアズールはそのまま眠りについてしまっていた。
「…まったく。だらしがないな…」
腹の上に落ちた自分の精液と臀部から垂れそうなアズールのものを簡単に拭き取りながら、リドルは呟く。それはアズールにも、自分にも向けた台詞だった。
本当は明日の健やかな目覚めの為に、もっとお互い汗やら何やらで濡れた身体をきちんと清潔にして眠るべきだと、わかっているのだけれど。
今日くらいはいいか、と、すうすうと安らかな寝息を立てる恋人の額に口付けたあと、そっと気だるい体を起こす。そしてアズールが風邪をひかないよう、そっと布団をかけてやるのだった。
◇
翌朝、妙な倦怠感を感じながらアズールは目覚めた。珍しくリドルはまだ腕の中で眠っている。
時間を確認しようと片手でスマホを探り当てると、何やら見知った名前からの通知が数件届いていた。寝ぼけ眼でアプリを起動して、送られてきた動画を何も考えずに再生する。
『…シクシク…リドルさんは僕のこと、すきじゃないんですね…』
『…本っ当に酔うと面倒くさいな、キミは』
『僕のこと、おきらいですか…?』
「………は?」
呆然とするアズールを置いて動画は流れ続ける。
『…りろるさんは……ぼくのものれす…!』
眠気はとうに吹き飛んでいた。画面に映っているのは間違いなく自分なのに、全く記憶が無い。誰だ、この、子供みたいにリドルにしがみついて舌足らずに喚いている蛸坊主は。
嘘だろう…とアズールが一人ぼやいていると、の中のリドルが身動いだ。
「んん…」
「ちょっとリドルさん!なんですかこれ!?」
「…なんだい?騒々しい…。もう少し寝かせてくれ…」
「そんなこと言ってる場合じゃありません!」
アズールは腕の中で微睡むリドルの眼前にスマホの画面を近付ける。
するとリドルは「ああ、これか」と前から知っていたような返事をした。
「キミ、本当に何も覚えていないのかい?」
「…覚えてないので…落ち込んでます…」
「毎回記憶を飛ばせるというのも、ある意味すごいな」
「ちょっと待ってください。僕、毎回何かやらかしてるんですか…?」
アルコールを飲む機会はそう多くはないが、気付いたら家で朝を迎えていたし、何より隣にいるリドルから何のお咎めも無かったので、ただ眠ってしまっていただけかと思っていたのだ。
はぁ~…、と枕に顔を埋めたアズールの髪をリドルが慰めるように撫でると「今そういうの要らないです」と不貞腐れる。
「いいじゃないか。撫でられるの、好きなんだろう?」
「…うるさいですよ」
「キミのそういうところ、可愛いと思うよ」
「リドルさん、意外と趣味悪いですね?」
アズールが片目でジトリと睨んで言うと、リドルは少し目を見開いて、ぱちくりと瞬かせた。
「うん、…そうかもしれないね」
そしてクスクスと笑い出す。
こんなに情けなく酔い潰れるアズールも、可愛いと思ってしまうなんて。
「ボクって結構、趣味が悪いのかも」
end.