ご都合主義で女体化する話「陽の気ぃ?」
言われた言葉の意味が分からず繰り返すようにそう聞き返せば、問われた藍啓仁はいささか不本意だとでも言うかのように顔を顰めて頷いて見せた。
「そうだ。お前のその状態には陽の気を使うしか道は無い」
そうはっきりと言われて仕舞えばそれ以上言い返すことは無駄なことのように思える。その状況。その状況ねぇ、と魏無羨はちらりと自分の体に視線を落とす。胸元からおしりに掛けて丸みを帯びてしまった体。衣がないからと仕方なしにいつものように自身の衣を身につけはしたがどうやら体格も一回りほど小さくなっているらしく、どれほど巻き付けても余ってしまった布がみっともなくだらりと垂れ下がってしまっていた。まろみを帯びた頬に白魚のようにほっそりとしてしまった指先はどこからどう見ても女それであった。
時を戻すこと数刻前。
雲深不知処の西方に位置する森の中に邪祟が現れたという知らせが入ったのは昼過ぎのことだった。
当然のごとく姑蘇藍家に討伐命令が入り、そこへ叔父の命令から藍忘機が向かうことになったのは当然の流れであった。そこに現れたのがこの魏無羨だ。午後の座学がなくなったのをいい事に、ぶらぶらと雲深不知処の中を歩き回っている時に聞きつけたその話を、あの魏無羨が見逃すはずが無かった。
藍忘機の兄にも一緒に行っておいでと言われて、拒絶しきれない藍忘機の様子を見るのは腹が捩れるぐらい面白かった。嫌がる藍忘機を無理やり説き伏せて邪祟討伐に無理やり同行したのももちろん面白そうだったからだ。そもそも雲夢の大師兄である魏無羨にとって邪祟の一体や二体など雅正集の書き取りをするより容易いことだった。だからなんの問題もなく事を終わらせることが出来ると、そう思っていたのだ。
その結果がこれだ。
邪祟の恨みが根深過ぎたのか、はたまた藍忘機をからかいすぎて注意力が散漫してしまったのかはわからない。絶命の絶叫と共に放たれた衝撃波が藍忘機に向かっているのを目にした瞬間、咄嗟にとった行動は彼を庇うというものだったのだ。
そして目が覚めた時、自分の体は女になったいた。
「あー……でもほっといたらそのうち戻るんじゃ……」
「そんなことは絶対に有り得ない。自分でも分かっているだろ?体の中の陽気が極端に減っている。そのままでは男に戻るどころか女のまま生きていくしか道はなくなるぞ」
きっぱりと戻れなくなると言われた言葉にびくりと反応したのは、意外なことに少し後ろで黙りこくっていた藍忘機の方だった。元より白い藍忘機の肌は今や青く見えるほどになっており、膝の上で握られた手も白く血色を無くし小刻みに震えているようだった。これではまるでどちらがおかしな状態になってしまったか分からない程だ。きっと責任を感じているのだろうと言うことは容易に想像することが出来たが、魏無羨からして見ればお前がそんなに責任を感じるほどかとぼやきたくなるほどのものだった。
(でも仕方ないか……あいつ真面目ちゃんだしな……)
普通の人であればなんとも思わないようなことも、この藍忘機にとっては重罪を犯したが如く責任を感じてしまうのも仕方の無い事なのかもしれない。それもこれもこの体が女子のものになってしまったことに起因していることは魏無羨だって分かっていた。でもだって。そんな事になるだなんて誰が想像も出来たと言うのだ。魏無羨だってそれが分かっていれば、そんな危ない橋を渡ることだってしなかった。……しなかった……だろう。でもそうなってしまったのだから甘んじて受け入れるしかない。なかったのだから仕方ないではないか。
「えっと、つまり陽気を取り込めば男に戻れるんですよね?」
「そうだ」
「なら、男である自分の気を注げばいいのでは?」
「忘れたのか?お前の体は今、女子のものなんだぞ?霊力が依存する肉体の性質が変わっているのだ。ならば、霊力の性質も変わってしまうのも当然だろう」
ああ、なるほど。だからこれほどまでに葬式のような状態になっているわけだ。つまるところこの体を男に戻すには外部から陽気を注入するしかない、そう言いたいのだろう。
「……分かりました。じゃあ江澄に頼んでみます。あいつなら兄弟みたいなものだしあいつも協力してくれると思うから」
「……いいのか?」
どこかよそよそしく、確認するようにそう問われるも、意味が分からずに魏無羨は首を縦に振る。良いも悪いもそうするしかないのだから仕方ないだろう。それに陽気の注入などそう難しいことでも無いだろう。精々手を繋ぐか、霊力を注ぐようにするだけの事だろう。あの江澄にそれを頼むのは少し面倒だが背に腹はかえられない。仕方がないと甘んじて受け入れるしかないだろう。そう思い、返事を返そうとした所、それを止めたのは藍忘機だった。
「私が……!私が、陽気を注ぎます」
「忘機……」
「邪祟退治に同行したのは私です。この状況の責任は私にも責任がある事です。ならば私が責任をもって魏嬰を元に戻します」
言うが早いが魏無羨の手を掴んだ藍忘機は叔父上達の了承も聞かずにずかずかと歩き出してしまった。踏みつける足音はどこか力が籠っている。強く握られた手は痛いほどできっと青くなっているであろうことも容易に想像できた。頭も体もついて行かず、とりあえず止まれと言いたい口は女の体のせいか早歩きをする藍忘機と歩幅が会わずに走るようになってしまい乱れた呼吸ばかりがこぼれ落ちてしまう。それでも、なんとかその背中に魏無羨は問いかけ続けた。
「ちょ、藍湛。べ、別にいいって……。陽気ぐらい江澄にお願いすればいいだけだし別に……」
「ダメだ!」
怒鳴るようにそう言われ引き摺るように連れていかれた先。荒々しく開け放たれた部屋の中に無理やりに押し込まれた瞬間、魏無羨の唇に藍忘機の柔らかい唇が重なっていた。
「んっ、んん!?」
拙く押し付けられただけの唇が僅かに震えている。手首を握る手は先程より更に強くなりぎゅうぎゅうと骨が軋む音すら聞こえてきそうな程であった。
一体どういう事だ? どうしてこんな事になっているのだ?
混乱する頭は状況について行くことが出来ず頭の中を混乱で掻き回している。振りほどこうにも振り解けない体に仕方なしにその行為を受け入れて力を抜けば、藍忘機はゆっくりとくっつけるだけだった唇を離した。
「一体何を……」
「……陽気は男の精液に宿る」
「へ?あ、えぇ……!?」
「だから君が男に戻るまで、私が君を抱く」
一回り小さくなった体から見る藍忘機はいつもより大きく見える。その手もその体も。
ああ、なるほど。だからあれほどまでによそよそしくなっていたという訳か。つまり男と性行為をしないと治らないと、そう言いたかったのだ。
目の前の男を見る。微かに震えている体は覚悟と絶望の証なのだろうか。いやいやそれ以前に。陽気を注ぐことを藍忘機が了承したということは。
「つ、つまり俺が男に戻るまでお前に抱かれるって事か!?」
「そうだ!私が君を抱く!」
混乱する暇なぞ与えず。力強くそう言った男は魏無羨の体を柔い寝台の上に押し倒した。