素直になれない話「君なんか好きじゃない!」
そう叫ばれ、魏無羨は驚いた。
発したのは藍忘機。清流の水辺のように常に冷静でしとやか
で他人に感情を見せない男が、感情を露わにして怒っていた。
「お、おいおい……冗談だろ……。そんなに怒らなくたっ
て……」
「君がそんなことを言うからだ!」
彼の怒りは収まらない。何を言っても火に油を注いだが如く
怒りを見せている。これは困ったもんだ。どうしていいか分か
らず魏無羨は頭をかいた。
みんな俺のことが好きなんだ。お前だって本当は俺のこと
好きなんだろ?
そう言っただけなのに。それはそんなに怒る事だったのだ
ろうか。ちょっとからかって、うっとおしそうに否定するあ
いつを見てやろうと思っただけなのに。それなのにどうして
ここまで怒ると言うのだ。
「なぁ、藍湛。そんなに怒るなよ。俺はただ冗談でそう聞い
ただけだろ? なんでそんなに怒るんだ。そこに他意なんて
ないんだよ。それとも本当に……」
そこまで言って藍忘機の毛が逆立つのを見た。感じるのは
殺意にも似た怒り。今にもその力を爆発させようとしている
かのように顔を歪める藍忘機にこれはいかんと魏無羨は入っ
てきた時に使った窓枠へとに足を掛けた。
「ちぇ、ただの冗談なのに……」
「失せろ!」
「はいはい、分かった。もう行くよ。じゃあな!」
怒る藍忘機を背に窓から飛び降りた魏無羨は後ろを振り返
ることなく去っていく。その姿が余計藍忘機の苛立たせた。
去りゆく背中を見送りながら藍忘機は手を硬く握りしめる。
「君なんか……好きじゃない……」
口からこぼれた言葉は走り去る背に届く事無く消えた。