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    Ryu_3512

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    Ryu_3512

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    無理矢理短くした酷いやつです。
    後で直すかも。

    夏の果てに夏の果てに

     祭囃子の音が響いている。
     
     目を開けるとそこは幼少期に住んでいた村にある神社の石段の前だった。石段の両端には提灯が灯されており、石段を見上げると仄かに明るい光が見えた。祭囃子に交じって楽しそうな人々の声が聞こえる。
     石段を上がっていくと香ばしい匂いもしてきた。出店がいくつか出ているのだろうか。
     そんなことを考えながら歩みを進め、暫くすると色とりどりの屋台が十軒ほど見えてきた。不思議なことに屋台を見るとわくわくとしてくる。それにつられて石段を登る足取りも軽くなった。
     登り切ると、屋台も提灯の灯りも確かにある。だが誰も居なかった。祭囃子や人々の喧騒は聞こえるのに人の気配は一切ない。
     不思議に思いながら拝殿の方へと歩みを進めるとお賽銭箱の前の石段に黒い半狐面をつけた少年が座っていた。
     少年へ近付こうとさらに歩みを進めると祭囃子の音がいっそう賑やかになった。
     少年の目の前で立ち止まる。話しかけようとしたところで気がついた。これは夢だと。浮世離れしているのに妙に現実味のある夢。最近毎日のように見る夢。
     少年に話しかけたところでいつも目が覚める。返事をされていることはわかるのにそれを認識させて貰えないのだ。

     今回は話しかけずに驚かせてみようか。目の前にいる男にどうされればこの少年は驚くだろう。少し思案していると半狐面がこちらを見ていることに気がついた。

    「ちょっと待ってくれるかい? 今驚きを……あっ」

     話しかけてしまった。意識が覚醒するのを感じる。少年の口元が動いているのが見えたがやはり何を言ってるのかは分からなかった。


     目を覚ますのにはだいぶ早い時間に起きた。仕方が無いので少し気分転換に外を散歩する。少し歩いたところでランニング中の伽羅坊に会った。
     伽羅坊とは子供の頃から近所の付き合いでよく遊んでいた。声をかけ少しじゃれると伽羅坊は嫌そうな顔をしつつも受け入れてくれてた。
     話の流れで変な夢を見ると言うと少し伽羅坊が興味を示したようだったので、丁度良い機会だし同じく幼少からの付き合いの光坊も混じえて大学の食堂で話をすることにした。
     光坊への連絡を伽羅坊に頼み家に帰った。
     まだ大学に行くのには早いので二度寝をする。少し相談したのもあってかすぐに寝れた気がした。


     祭囃子の音が響いている。
     目を開けたら石段の前に立っていた。
     今度は明確に夢を見ていると自覚している。
     夜以外にこの夢を見るのは初めてだったか……とりあえず半狐面の少年のいる拝殿まで歩く。
     屋台のご飯独特の美味しそうな香りも食材が焼ける音も人々の話し声も聞こえるのにやはり人の気配も姿も一切ない。話し声に耳を傾けてみても何か話している以上のことは分からなかった。日本語のようで日本語ではない。と言うよりどの言語でも無さそうだ。脳が理解を拒む感じがある。一旦聞くのをやめて屋台の方を見ると焼きそば、射的、串肉、かき氷、わたあめ……色々並んでおりどれも出来たてのように見える。だがやはり店主も売り子も居ない。
     ……食べてみたらどうなるのだろうか、そう思うが生憎お金を持っていないためそもそも買うことが出来なさそうだ。
     特にこの道でできそうなことも無いため拝殿への道を急ぐ。矢張り賽銭箱の前の石段に黒い半狐面の少年が座っていた。
     さて、ここからどうしようか。少年の面を見つめながら思案する。いつも通りなら少年に話しかければ夢から覚めるが……いっその事少年から話しかけられるのを待ってみようか。
     少年が話しかけるまで待つと決めたので、石段を少し上がり少年の隣へと腰を下ろした。こうすれば話しかけない訳にも行かなくなるだろう。
     少年の口元が一瞬驚いたとでも言うように開かれ、その後笑ったように見えた。

    「ははっ、相変わらず坊やは面白い子だな……だが、ずっとこうしていたら遅刻しちまうぜ?」

     初めて声を聞けた気がした。初めて何を喋っているのか言葉を理解できた。
     全てが初めてのはずなのに声も笑った時の口元にも凄く見覚えがあって、懐かしい気持ちに包まれる。それと同時に意識が覚醒していっているのも感じた。

    「……また来るぜ!」

     その時はもっと沢山話せたら嬉しいな!最後にそう言うと少年の口角が更に上がったのが見えた。


     目を覚ましリビングに降りると兄の石切兄さんが朝食の支度をしていた。
     朝食を食べ終えた所で幼少期に面倒を見てくれていた三日月兄さん達が休みの間に会いたがっていると教えてくれた。嬉しくて勢いのまま了承の返事をして大学へと向かった。
     スマホを確認すると光坊から食堂の件を了解したと連絡が入っていた。返信をしスマホを閉じる。坊や達に久しぶりに会えるのが楽しみだった。


     昼になり食堂へと向かう。結局午前中はあの夢のことがチラついて中々理論を組み立てられなかった。この調子だと午後の実験で事故でも起こしかねないので、早急に解決をしておきたい。光坊達にどのように説明すれば一番伝わりやすいかを考えていたらいつの間にか食堂に着いていた。
     カツ丼、うどん、カレー、定食……色々ある中から何にしようか悩んでいると、後ろから声をかけられた。

    「よ! 鶴さん!!」

     随分低い位置から聞こえた声の方を見ると、貞坊がいた。

    「貞坊じゃないか!? どうしたんだい?」

     ここで会うとは驚きだなぁ、と言うと、貞坊は俺の隣に立った。

    「ん〜、みっちゃんが四年生になってからなかなか遊んでくんないからよぉ、丁度俺は夏休みだし遊びに来ちゃったぜ!」

     にこにこといたずらっ子のように笑う貞坊が愛おしくて、思わず頭を撫でるとやめろよ〜と少し抵抗された。

    「みっちゃん食堂にいるかな? こっちの方に歩くのは見かけたんだけどよ、途中で見失っちまって……」
    「光坊ならここにいるはずだぜ、丁度俺と伽羅坊と3人で昼餉を食う予定だったんだ。」
    「え〜! 伽羅も!? いいな〜俺も早く大学生になりてぇ!」
    「はは、それはいいが、貞坊が大学生になる頃にはみんな卒業しちまってるだろうな。」
    「ん〜! 鶴さん意地悪ばっか言うなよな!!」

     今から飛び級すれば……等とブツブツ言ってる貞坊を見ながら再び昼餉について考える。
     日替わり定食にしようか、何が出てくるのか分からないあのわくわく感が面白い。
     順番が来て注文をすると横から貞坊もハンバーグ定食を注文した。会計を纏められてしまったので貞坊の分も俺が出した。

    「悪ぃな鶴さん、はいこれ俺の分。」

     そういいながらお金を手渡そうとする貞坊を制止する。

    「え〜なんでだよ、借り作るのは嫌だぜ?」
    「それは君が大切に持っておけ。その代わりと言ってはなんだが……鶴さんは今から光坊達に相談があるんだ。それを一緒に聞いてくれるってのはどうだ? これはその代金ってことで。」
    「? 相談なんて珍しいな? いいぜ! なんでも話してくれよ!」
    「こりゃ心強い、よろしく頼むぜ!」

     そんな話をしているうちに職員さんが注文した品をお盆に乗せて提供してくれた。

    「おっ、今日の日替わりは魚の煮付けと揚げ浸しか! 日替わり定食は何が出てくるか分からなくてわくわくするよな!」
    「何言ってるんだよ鶴さん……入口の所に日替わり定食のメニュー、書いてあっただろ?」
    「そういうのは見ずに驚きを楽しむのが礼儀ってもんだぜ貞坊。」
    「礼儀ってなぁ……そんな楽しみ方してるのは鶴さんくらいだと思うぜ?」
    「そうか?」
    「そうだと思う。」

     貞坊とは少々驚きへの価値観が違うらしい……。
     さて、貞坊の話が本当であれば光坊達は既にこの食堂に来てるということになるが……。
     食事が乗ったお盆を持ちながら貞坊と光坊と伽羅坊を探していると、少し離れたところで光坊が立ち上がって手を少し挙げているのが見えた。
     近づくと光坊の声が聞こえる。

    「鶴さーん! こっちこっち! ……って、え!? なんで貞ちゃんもいるの!?!」
    「みっちゃんに会いに来たぜ! 驚いただろ!」
    「えー! ほんとに!? 嬉しい!!」

     貞坊はお盆を光坊達がいる机に置いた途端に、光坊に飛びついた。光坊もそれに応えて貞坊を抱きとめ持ち上げる。
     しばらく二人で騒いだ後、二人共自分の置いたお盆の前に座った。

    「で、鶴さん。相談って?」
    「その前に、飯が冷めないうちに食べてしまおうぜ、話はその後だ。」
    「それもそうだな! 早く食べようぜ!! いただきまーす!」

     俺が促すと貞坊は即座に箸を取り元気よくいただきますの挨拶をした。それに続くように俺も光坊も伽羅坊も箸を取りそれぞれの声量でいただきますと言う。
     魚の煮付けに箸を伸ばと箸が当たっただけでほろりと崩れた。それは甘辛く煮付けられており、甘さと辛さの割合が絶妙であった。あまりの美味しさに思わずご飯をかきこむ。
     味噌汁も出汁が効いていて美味しかった。石切兄さんとはまた違う味付けだがこれもまたとても美味い。
     揚げ浸しはさっぱりしており、揚げてあるはずなのに脂が全く気にならずいくらでも食べられそうである。魚の煮付けの甘辛さをさっぱりとさせてくれた。

     一通り昼餉を食べ終えた頃改めて光坊が話題を切り出した。

    「所で……鶴さんの相談事って何かな? 伽羅ちゃんからは相談事があるとしか聞いていなくてね。もしかして恋の悩みだったり?」
    「違」
    「そうなのか!? そういえば、鶴さんの一個下……長谷部と同じ学年に可愛い子がいるってみっちゃん言ってたよな!? その子か?!」
    「違う」
    「こーら貞ちゃん、長谷部くんは僕よりも先輩なんだから、長谷部先輩とか、長谷部さんって呼ばないと。」
    「………光忠もな。」
    「僕はいいの! 長谷部くんとはゼミ一緒だったから仲良いし、今もたまに遊ぶし、許してくれてるよ!」
    「……長谷部先輩は、先輩をつけろと怒鳴ってた気がするが……」
    「気の所為だよ、気の所為!」
    「みっちゃん、本当か?」
    「本当だもん!」

     光坊が言い切ると同時に立ち上がると、周りの学生の視線がこちらに向いた。
     光坊はすみませんといいながら会釈して席に座る。

    「そもそもさ、先輩先輩
    って言うけど、俺達別にお互いのことさん付けで呼んだりしないじゃん。俺とみっちゃんは鶴さんって言ってるけど、あれは渾名みたいなものだし……」
    「確かに……」
    「おいおい、待ってくれ。俺は小さい頃から鶴さん鶴さんって着いてきてくれた坊やたちに今更『鶴丸さん』とか『鶴丸先輩』とか言われたら寂しくて泣いちまうぜ?!」
    「…お前は尊敬するに値しないから安心しろ。」
    「なんだと!?!」

     思わず伽羅坊に掴みかかろうとしたところで、光坊と貞坊が吹き出した。

    「ふふ、あっはははっ!! 伽羅ちゃん、それは、言い過ぎだよ……ふふ、」
    「光坊〜? 貞坊も声にならないほど笑って……そんなに面白いか、そうかそうか。」
    「っ……ごめ、ごめんって鶴さん…」

     二人はひとしきり笑ったあと、また俺に向き直った。

    「ごめん。本題から逸れちゃったね、鶴さんの相談事、聞いてもいい?」
    「そうだな……相談って言ってもな、不思議な夢を見るってだけなんだが……」
    「不思議な夢?」
    「あぁ、ここ最近は毎日同じ夢を見てるんだ。俺の行動次第で起こること……というか、結末っていえばいいのか、それは変わるんだが……」
    「……明晰夢というやつか?」
    「まぁ確かにそれが近いかもな。ただ夢と認識できるのが最初からなのか途中からなのかは毎回変わるんだ。」

     今朝見た夢は最初からだったな。と言うと、光坊は詳細を訪ねてきた。
     俺は、昔住んでいた村の夏祭りの風景であること、屋台の匂いも祭囃子の音も妙に現実味に溢れていること、なのに人は一人も居らず何かを喋っていても人の声であること以外認識できないこと、そして半狐面の少年のことを話した。

    「いつも神社の石段の前から始まって、その黒い半狐面少年に話しかけると毎回目を覚ます……不思議な夢だね。」
    「ん〜祭りの楽しい雰囲気もあるのに人がいねぇってのはどこか寂しい感じだよな〜、こんちゃんの事も気になるし……」
    「こんちゃんって?」
    「黒い狐面の少年だからこんちゃんだろ?」
    「なるほどね……?貞ちゃんの感性って時々わかんない。」
    「……お前が実際に住んでた村の話なんだろう、その時の思い出とかじゃないのか? 夢は深層心理や記憶に関係があると聞いたことがある。」

     あの頃の思い出……。楽しかった記憶もあるし、兄たちと沢山遊んだ記憶もある。だが、どうしてか、夏祭り周辺と村を出た前後の記憶だけがない。
     思い出そうとすると靄がかかった様に何も思い出せず、それどころかどんどん記憶が遠ざかっていく気がする。
     それでも頑張って思い出そうとした時頭に鈍い痛みが走った。

    「っ、」
    「鶴さんどうした!?」
    「大丈夫?!」
    「、大丈夫だ。すまんな、思い出そうとしたが、どうしても思い出せなくて……考えすぎて頭痛がしたみたいだ。」

     困った困った。と笑って見せれば三人は安心したようだった。

    「うーん、その夏祭りで何かあったことは間違いなさそうなんだけどね……」
    「……当の本人が思い出せないのでは仕方ないな。」
    「ん〜、じゃぁさ、石切兄さんに聞いてみるってのは? あの人鶴さんが小さい頃から鶴さんの事見てたわけだし、なにか夏祭りで変だったとこ、覚えてるんじゃないか?」
    「いっその事実際にその神社に行くってのも手だよね。」
    「成程な……」

     何気なく辺りを見渡すと、俺達が話している間にだいぶ時間が経ったのか、食堂に残っている人間が疎らになっていた。
     食堂の賑やかな雰囲気はだいぶ落ち着き、食べ物の匂いも少なくなっていた。
     窓の外を見れば日光と激しい地面の照り返しで眩しく、外に出なくても灼熱であることが伺えた。そんな中移動教室の為に移動する人々は心做しかぐったりとしているように見えた。

    「もう三限目始まりそうだね。僕はまだ平気だけど……」
    「…俺は一年だからな、授業が沢山ある。」
    「だよねぇ。」
    「俺も研究室に行かないといけないな……すまん、誘っておいて歯切れの悪い終わりになってしまった。」
    「全然いいよ! そうだ貞ちゃん、僕と一緒に大学回らない? 最近全然会えてなかったし、僕もうこのあと授業ないから一通り大学見たら一緒にどこか寄るとか。」

     どうかな?と光坊が問えば貞坊が目をキラキラさせながら立ち上がり、光坊の手を取って答えた。

    「もちろんだぜみっちゃん!!」
    「本当? やったぁ!」

     わいわいと騒ぐ二人を眺めながら今日帰ったら石切兄さんにも相談をして見ようと決めた。
     お盆を片付け食堂の前で別れた。なにか進展があれば教えてね! と光坊に念押しされた。


     午後を何とか乗り切り帰宅した。夕餉をとり今日の午後の話を石切兄さんにする。村に行きたいと言うと「鶴丸さんにとって酷だからダメだ」と言われた。1人でも乗り込むと言ったら石切兄さんは渋々三日月兄さん達に取り次いでくれた。


     祭囃子の音が響いている。
     目を開けるといつも通り石段の前に立っていた。
     早くあの少年に会いに行ける事を伝えたい。そう思いながら石段を駆け上がった。
     登り切るとやはり誰もいない。人が居る音はするのに誰も見えないのはやはり驚きがあり不気味でもある。
     拝殿の賽銭箱の石段の前に半狐面の少年はいつも通り座っていた。
     歩み寄り隣に座る。今度は少年が驚いた様子はなかった。
     ゆっくりこちらを向き微笑む。

    「よぉ、坊や。今日は俺を驚かせなくていいのかい?」

     どうやら毎度驚かせようとしてたことは見透かされていたようだ。

    「いやぁ何、今日は報告があるんだ!」
    「報告、ねぇ。」
    「あぁ!」

     驚きだぜ!? と笑って返すと少年が少し笑った。
     矢張りその笑う口元が懐かしい気がする。

    「実はな、今度の夏休みに村に帰ることになりそうなんだ! 今度は夢じゃない現実できみに会えるかもしれないな! どうだ、驚きだろう?」

     少年の口元が驚いたように開く。
     驚かせられたことが嬉しくて思わず笑ってしまった。

    「……いや、坊や、会えるのは嬉しいけどな、兄さんたちは良いって言ったのかい?」
    「ん〜、説得に苦労はしたぜ?」
    「そうか……」

     祭囃子の音が遠くなった。

    「……会えるといいな。」
    「会いに行くぜ! 必ずな!」
    「そうか、そりゃぁ楽しみだ。」

     少年が少し悲しそうに笑った気がした。
     それと同時に意識が覚醒していく感覚がする。

    「またな!!」

     そう言ったところで目が覚めた。


     気づいたら村に行く日になった。村に行くと三日月兄さんたちが暖かく迎えてくれた。昼食を済ませて神社に行きたいと言うと少し引っかかる反応をされたが許可は出たので三日月兄さんの家を出た。

     神社への道は海沿いの道を辿っていくと着く。
     車から見る景色も良かったがこうして徒歩で歩くと更に記憶が蘇るようだった。
     夏草の香り、潮風の香り、波の音、虫の鳴き声。石切兄さんと住んでる家では味わえない全てが新鮮で懐かしい。
     道を楽しみながら歩いてる内に神社の石段の前に着いた。
     石段の前の鳥居をお辞儀をしてくぐる。夢の中だとこの鳥居をくぐった場所から始まっていた。夢と同じように石段をのぼり始める。夢と違い提灯はなかった。祭りの期間ではないので当たり前といえばそうなのだが……。石段は苔むして所々滑りやすくなっている。脇道の木々も警備されていないのか石段の上まで伸びていて時々顔に当たりそうになる。それを避けつつ石段を登り切るとまた鳥居があった。
     夢の中ではあった記憶が無い……気がする。もし、あの夢が俺の記憶からできているなら俺があまりちゃんと認識していない部分は雑になっているのだろうか。お辞儀をして二つ目の鳥居を潜り参道の端を歩く。参道も所々苔蒸しており夢の中よりだいぶ廃れていた。
     途中で手水舎を見つけたので尺で水を掬い手を濡らした。整備されて無さそうだったので口をつけるのはやめた。
     拝殿の賽銭箱が見えてきた。夢とは違い少年はそこにいない。
     お賽銭だけでもして帰ろうか……そう思いながら、拝殿の前の三つ目の鳥居をお辞儀をして潜る。三つ目の鳥居も夢にはなかった。結構俺は雑に物事を認識しているようだ。
     潜り抜けたところで突然突風が吹き咄嗟に目を閉じる。

     目を開けると黒い着物に黒い羽織りを着て半狐面を着けた少年……あの夢の中の少年が賽銭箱の前に立っていた。

    「きみ、やっぱり夢の中だけの存在じゃなかったんだな……」

     そう言いながら近づくと少年はふっと微笑んだ。

    「よぉ、坊や。久しぶりだな。夢の中でも俺と会っていたのかい?」

     笑った口元、声……神社の景観全てが夢の中と違うのにそれだけは夢と全く同じだった。
     夢と現実が繋がったことにある種の感動を覚える。

    「久しぶり……なのか?」
    「あぁ、俺からすれば久しぶりだぜ? 坊やからすれば初めましてだろうな。まぁ、夢の中で会ったってんなら初めましても変な話だろうけどよ。」

     俺からすれば初めまして……ってことはつまり、俺が村に居た頃会っていて村の記憶が無いことを知っているということか。
     だが、そう考えると少年の歳を考えるに赤ん坊の時にあっていたとしても辻褄が合わない。

    「きみは俺と会ったことがあるらしいが、俺がこの村を出たのは七つの時だ。きみの年齢的におかしな話じゃないか。」

     そう言うと少年は笑いだした。

    「あははっ! そうだなぁ、俺の見た目だとそう思っちまうよな。だがな坊や、それは俺が人間だったらの話だぜ?」
    「人間だったら……? まさかきみは、俺が夏祭りの度に会っていたらしい神様……なのか?」
    「神様ね……」

     少年が少し自嘲気味に笑った。

    「まぁそんなところさ。」

     神様なんてものが本当にいるのか未だに信じ難かった。だが、これは全て夢ではなく本当のことなのだと思う。

    「なぁ坊や、知ってるかい、」
    「何をだ?」
    「今年で夏祭りは無くなるらしい。」

     その言葉で胸がちくりと痛んだ。

    「坊やのまた今度。今叶えてはくれないかい?」
    「また今度……?」
    「坊やは忘れてる……いや俺が忘れさせたんだが、毎年夏祭りに会う度に「またこんどあそぼうぜ」と約束してくれてたんだ。」

     突然脳裏に小さかった頃の夏祭りの風景が蘇った。祭り提灯に照らされた少年に手を振りながら「また今度遊ぼうぜ! そん時は神社の中以外でも会おう!!」と言っていた。

    「やっぱりきみは……」

     神様なのか? そう聞くと少年は少し笑って「そうでもあるしそうでは無い。」と答えた。

    「俺の事はいいんだ。いつか機会があれば話すぜ。……もう一度聞くが、坊やのまた今度、叶えてはくれないのかい?」
    「……いいぜ、俺もきみのことを知りたいからな! 忘れっぱなしってのは嫌だし、何より兄さん達やきみに悪い気がしてな。」
    「そうか。……もし、夏祭りもう一度来てくれたら、その時は思い出させてやるよ。」
    「出来るのか!?」
    「まぁな。」

     少年は少しいたずらっぽく笑う。夢では見なかった表情なのに凄く見覚えがあった。

    「なぁ、名前、聞いていいか?」
    「そうだな……薬研、とでも呼んでくれ。」
    「薬研か……俺は三条鶴丸だ。坊やじゃなくて鶴丸と呼んでくれ!」
    「んー、まぁそうだな……坊やは坊やだしからな……あと前も言ったが俺みたいな存在に気軽に名前を教えてはダメだぜ?」
    「そうなのか?!」
    「坊や参拝の作法とかはしっかりしているのにそういう事は知らねぇのか……まぁいい、俺は悪用したりはしないが中にはそういう奴もいるから気をつけろよ。」
    「わかったぜ!」

     この警戒の無さ、変わらねぇな……と薬研が呟いた。

    「それより坊や、神社の外でも遊ぶんだろう? 今日はもう夕餉時になっちまうから無理だが、明日また来てくれるかい?」
    「あぁ! 勿論だ!」
    「夏祭りが無くなればもうまた今度は来ねぇからな、その前に坊やが逢いに来てくれて嬉しいぜ。」

     薬研は悲しそうに笑っていた。
     また今度が来ないというのはどういうことだろうか。薬研に聞くと「そのままの意味だ」と返された。

    「夏祭りが無くなるってことは信仰が薄れるということだ。俺達みたいな存在は進行がなきゃ存在を維持できない。」

     だから消えちまう前に坊やとの約束が果たせそうでよかった。そう薬研は少し視線を逸らして言った。

    「……きみが消えるのは何だか嫌だ。」
    「ははっ、嬉しいことを言ってくれるねぇ坊や。」
    「俺に出来ることは無いのか?」
    「そうだな、忘れないでいてくれればそれでいいさ。記憶があって少しでも存在があったことが覚えられてれば、少しは長く留まれるかもな。」
    「他には、信仰がどうとか言っていたが……」
    「やめてくれ、坊やは俺の最後の友達なんだぜ? 友達を信仰したりはしねぇだろ?」
    「そう、だな。」

     忘れない事か……聞くまで約束をしてたことすら覚えてられなかった俺にできるだろうか。

    「……わかった。きみが少しでも長くいられるように、絶対に覚えているぜ。明日から沢山遊んで色んな思い出を作ろう。それを俺は全部覚えるからな!!」

     俺がそう言うと薬研は一瞬驚きつつこちらに向き直った。

    「ははっ! いいねぇ、夏の果てまで、精々楽しもうじゃねぇか、なぁ坊や。」

     そう笑う薬研は神様みたいに綺麗だった。
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