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    AtmrAyuri

    @AtmrAyuri

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    AtmrAyuri

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    雨の日だけ他人の心の声が聞こえる――。
    テレパスの能力を持ったバジさんの話です。沢山色んなものを捏造してます。
    なーーーーんでも許せる方向け。
    中学生軸、血ハロ生存if、ハピエン、後半はR18です。

    君の眩しさがただ一つのヒカリ(冒頭) 普通の人と違うというのはこの世の中を生きていくにはとても不便だ。
    それが落ちこぼれだろうが、浮きこぼれだろうが、横にズレていようが。はみ出しているものに世間は酷く冷かかだ。まるで最初から存在しないものかのように扱われ、トカゲの尻尾よりもアッサリと切り捨てられる。そうならないように必死に量産型に合わせてみた所で、結局フラストレーションの塊になって今度は自分が壊れてしまう。

    『君の眩しさがただ一つのヒカリ』

     「あれ?今の、オレ声に出してましたっけ?」

    外は酷い雨模様、まだ日が落ちる時間ではないけれど外はずっしりと雲が積み上がって薄暗い。激しく打ち付ける雨にガタガタと揺れる窓。目を向ければ、奥に立ち並んでいるはずの団地の棟が霞んで見えた。
    電気で煌々と照らされた自室は、まるでこの世から切り取られたみたいだった。
    振り返れば声の主は、俺の視界の中で鮮やかな宝石を思わせるブルーグリーンの瞳を不安そうに揺らす。
    ……しまった。そう思った時には、既に遅い。
    今日まで何一つ疑う事無く、俺の事を尊敬の眼差しで追いかけていた千冬から胸を刺すような疑念の視線が向けられている。
    終わった。俺はガクリと肩を落とす他ない。
    俺は大きなため息を部屋に滲ませる。千冬はそれ以上は口にせずじっと俺の返事を待っていて。誤魔化すことは許さない、とでも言いたげな強い意志がそこに垣間見えた。
    「あぁ……。悪い。今日、ずっと聞こえてた」
    「え、なに?聞こえてたって?どういうことすか?」

    「信じて貰えないかもしれないけど、俺、雨の日だけ、人の心の声が聞こえるんだ」

    一際大きく見開かれた双眸を見つめ返す気にはなれなかった。
    「ゴメン。普段は心の声に反応しないようにしてたけど、今のはミスった」

    (なんで)

    責めるような問いかけの言葉は間違いなく千冬のものだが、千冬の口は動いていない。だからこれは心の声だ。
    次の言葉を聞くのが怖くて、俺は静かに床を見つめた。
    口から発せられる言葉なら耳を塞げば聞こえなくなるのに、勝手に聞こえる心の声では手の施しようがない。
    もう春も過ぎようとしているというのに、空気が凍ったように冷えている気がして、思うように手足が動かせない。生きた心地がしないっていうのはこういうことなのか。居心地の悪さに息すら上手く出来なかった。



     春の木漏れ日を集めて、ひょこひょこと横を歩く蜂蜜色の髪が輝きを増す。キラキラとさざ波のように揺れて視界に映る眩しさに思わず目を細めた。
    二人きりの放課後、肩を並べて一緒に下校。それはもう俺にとって無くてはならない日々の風景の一つになった。
    知り合ってからもう一年が経つ。周囲に呆れられても構わず四六時中飽くことなく一緒にいる俺達の日常の一幕は、千冬のおかげでいつも忙しない。
    千冬は何が楽しいのか、いつもテンション高めに俺の周りをうろちょろとして、息つく暇もないくらいに、今日あった出来事や流行りの話題を次から次に繰り出して来る。
    話題に合わせてクルクルと変わっていく千冬の表情は喜怒哀楽に富んでいて、話の内容よりもそっちの方が楽しめるくらいだ。

    「今年も場地さんと同じクラスになれなかったっすね」
    今日の話題はクラス替えについての不満らしい。
    二年に進級して既に数日が経過しているから、正直言うと今頃その話題なのか?と思わなくもないが、ぷぅと頬を膨らませてむくれた顔が新鮮であえて突っ込まず喋らせる事にした。
    去年、留年の憂き目にあった俺としては共に進級出来ただけで及第点なわけだが、千冬にとってはそれだけでは足らないようだ。
    隣のクラスだから体育が一緒なのは前よりマシだけど……でも、体操着借りたり出来ないし。と、絶え間なく愚痴を零し続ける。
    「仲の良い奴らはクラス離されるって言うしな」
    俺らみたいなはみ出しもの、纏めといたら手に余るんだろう。
    「えー!それじゃあ、来年も同じクラスになれないの確定じゃないですか」
    千冬は不満気に口先を尖らせて見せる。こいつの中では来年も俺たちは当然のようにこの調子で仲良くべったり過ごす心算らしい。
    何の気無しに言った言葉が俺の内面を容赦なく擽ってるなんて千冬は想像すらしてないんだろうなぁ。
    「ま、三年は結構思い出作りの為に仲良い奴ら一緒にするとも聞くし、そこに賭けるしかねぇな!」
    視界でふわふわと揺らめく金髪を押さえつけるようにぐりぐりと力任せに掻き混ぜると、千冬は肩を竦めて「もぉ!場地さんは、すぐそうやって髪グシャグシャにする!」と声をあげながら、絡まった金髪を撫で付けた。
    まぁ俺の手の隙間からいくら撫で付けた所で、その行為は無意味に近いが。
    傍から聞けば苦情にも聞こえる言葉だけれど、千冬の声は上機嫌で重ための前髪の下では整えられた眉が緩やかなカーブを描いている。
    「お前の髪の手触り、なんか癖になんだよな」
    「割と傷んでると思うんすけどね」
    その言葉を聞いて、弄んでいた金の毛先を一束摘んで指先で擦り合わせると、水分の少ないパサついた感触。
    繰り返し脱色した髪は潤いたっぷりとはいかないようだが、それでも千冬の髪は指通りが良くて、許されるならずっと撫でていたいと思うくらいだ。
    「うん。なんか野良猫撫で回してる気分」
    「栄養価が低そうってことは理解しました」
    「察しがいいな!」
    かわいいとこも似てる。とは言えずに飲み込んで笑ってやり過ごした。愛嬌たっぷりなとこも、興味の方向がコロコロ変わるとこも。全部が可愛くて仕方ないなんて、到底言えそうにない。

    千冬との出会いは、丁度一年前だ。難癖付けて絡んでくるやつは容赦なくぶっ飛ばすくせに、困っている奴は放っておけずに手を差し伸べてくる千冬を気に入った。帰り道に複数人の輩に囲まれ喧嘩を売られ劣勢ながらも勢い良く暴れている千冬を見かけて、手紙を書くのに困っていた所を助けて貰った礼と憂さ晴らしを兼ねて加勢したのをきっかけに千冬は目を輝かせて俺の後ろをウザいくらいについて来るようになった。
    鮮やかに煌めく金髪と、大きな猫のような瞳が印象的な見目の千冬の性格は、猫のようだが、反面、律儀にご主人様の言う事を守る忠犬のような側面もあった。いや、喧嘩のスイッチが入ると言う事を守らずに突っ走ってやりすぎる時もあるから、忠犬は言い過ぎかもしれないが。
    そういう所も千冬の性分の表れだと思うと俺にとっては堪らない気持ちになるわけで。
    千冬は素直すぎるくらい真っ直ぐなやつで、その言葉のどれもに嘘がない。
    いつも「場地さんカッケェ!」「尊敬です!」「そういうとこ憧れます!」と屈託のない笑顔で俺に恥ずかしげもなく気持ちを伝えて来る。
    その言葉通り俺を心の底から尊敬して慕ってくれていて、それが伝わる度に俺は温かい陽だまりに包まれるような気分になるのだった。
    隣にいるのが当たり前になっているのは、千冬が俺の後を追うだけじゃなくて、俺も率先して傍に千冬を置いているからに他ならない。

    俺にとって千冬は一番頼れる最高の親友。そして誰よりも好きなやつだ。

    「そっちの新しいクラスの顔ぶれはどうなんだ?」
    「んー?別に普通っすよ」
    普通すぎてつまんねぇ、と続けた千冬は来週予定されているクラスの親睦会と冠する強制参加のカラオケが億劫なようで、はぁと深くため息をついた。こいつ俺以外の奴に対しては割と塩対応なとこあるからなぁ。カラオケで仏頂面のままドリンクバーの飲み物だけで腹を満たして時が過ぎるのを待つ姿が簡単に想像出来た。
    「場地さんのとこは?可愛い女子とか居ないんすか」
    「知らねぇ~」
    思い出そうにも女子の顔ぶれなんてどれも同じに見えて、誰一人頭に浮かんで来なかった。
    興味ない奴に塩対応なのは俺も人のことは言えない。似たもの同士だから俺たちは波長が合うのかもしんねぇなと思う。
    それでも興味の範囲は千冬の方がずっと広いから全てが同じわけではないが。
    「場地さんって彼女が欲しいとかないんですか?」
    「興味ねぇなぁ、お前は?」
    彼女には興味がない。お前にしか興味ない。なんて、また伝える気のない言葉が頭に浮かんで静かに一つ飲み下す。
    「え?」
    「カノジョ。欲しいん?」
    「居たらいいなぁとは思います」
    そういえば去年のクリスマスもトーマンの連中と馬鹿騒ぎしてバイク飛ばしに行った時も「俺も彼女が欲しい!」なんてイルミネーションをうっとりと見つめるカップルを睨んで恨みがましく言っていた事を思い出す。あの時はただ場の空気に合わせただけで意味なんてないものと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
    会話の流れでつい聞いてしまったけれど、聞かなきゃ良かったと、心の中で舌打ちする。
    「何で?」
    そして更に聞いてしまう俺はマゾか何かだろうか。
    聞きたくないけど、好きなやつのことは知りてぇじゃん。
    「えー、なんか楽しそうじゃないですか?好きな人と一緒に居られるのって」
    別に楽しいだけなら俺でいいじゃん。
    また一つ飲み込む。
    でも好きな人と一緒に居ると楽しいってのは間違いない。分かる。俺は千冬と居るの最高に楽しいし。
    ……これ俺の考えてることコイツに筒抜けだったらマジで死ねるくらい恥ずかしいな。
    おそらく好きな人と一緒に過ごす事を妄想しているのだろう、千冬の口元がふにゃりと幸せそうに緩んでいる。
    好きな人に当てはまる部分に具体的な人物が想像されているのだろうか。
    あぁ、考えただけで、胸の奥底が煮えるような気がする。肺がぎゅうっと縮んだ感覚に、思わず浅く息を吐き出した。
    「千冬は好きなやついんの?」
    極力、冷静な声を意識して問いかけると、妄想から戻ってきた千冬は目を丸くして「居ないっすよ」と端的に返事をした。
    俺は千冬の返答を聞いて、悟られぬようにひっそりと胸を撫で下ろす。
    千冬が好きになる人の枠に自分が入れるなんてそんな可能性は微塵もないのは重々承知。
    でも、まだその枠に誰も当てはめないでくれと、切に願った。
    その覚悟をするには、もう少し時間が欲しい。でも多分千冬の事だから、そのうちアッサリ彼女を作って、照れながら紹介して来るんだろうな。
    きっと遠くない未来に。
    あぁ、想像するだけで、気が重たい。

    自分でも知らず知らずのうちに、千冬に惹かれていた。出会った頃からじわりじわりと募っていた友情より一歩先の感情。
    自分に恋愛なんて烏滸がましいと、目を背け続けて来たけれど、降り積もる雪のように音も無く膨れ上がっていて。見ない振りができなくなる頃には堆く積み重なって、もう溶かすことは不可能だと悟ったのだった。
    千冬が好きだ。自分の中に溢れ続ける感情を認めて、早半年。俺は奇跡みたいな感情コントロールで、必死に取り繕って千冬にとって尊敬する場地圭介であり続けている。

    「でも場地さんモテますよね?可愛い子から告られたらアッサリ付き合ったりしそう」
    「モテねぇよ。告られたことなんてねぇし」
    「えっ!そうなんすか!」
    千冬は大きな瞳を更に大きく見開いて驚く。どうやらこいつの中では俺は超絶モテる男になっているらしい。
    可愛い子=千冬
    だったなら、秒速で付き合うだろうから、可愛い子から告られたら付き合うってのはあながち間違ってはないけれど。
    だけどそんな日は一生来ないわけで。
    「モテない呪いかかってるから」
    空に向けて小さな恨み言を呟くと、「何すかそれ」とケラケラと腹を抱えて心地いい笑い声が耳をくすぐる。なんの悩みも無さそうな明るい笑顔が太陽の光を浴びてより眩しかった。



    自分が他の奴らとは違う特異体質なのだと気付いたのは小学校の半ば位だった。


     空手を習いに通っている道場では既に練習時間は終わっていた。師匠の孫であるマイキーにいつまで経っても一矢報いる事が出来ずにいた俺は母親が迎えに来るのが遅いのをいいことにしょっちゅう居残り練習をしてその差を埋めようと奮闘していた。
    その日、夕方から降り出した雨はいよいよ本降りの様相で道場の屋根をバチバチと叩きつける。母ちゃんの迎えは雨のせいでいつもより酷い渋滞にはまって動けないらしく、俺は長く道場に居座っていた。
    普段は迎えまで付き合ってくれる師匠も流石にマイキーやエマの元に行く時間になってしまった。
    一緒に夕飯を食べるか?と誘われたけども、首を振って断った。
    「夕飯は家で母ちゃんと食べる。道場もう少し使わせて」
    「それは構わねぇけど、大人の居ない時間は基礎の型だけにしとけ。無茶すると怪我するからな」
    「分かった」
    俺が首を縦に振ると、師匠はぐりぐりと俺の頭を撫でてから道場を後にした。
    基礎の型だけってのは、正直もう身体に染み付く位にさせられてたからつまんない。でも、先月上級生に絡まれた時に、基礎通りに身体が動いて応戦出来て勝てたからやっぱり重要なんだと思う。
    それでも何発か貰っちまって、マイキーには「ダセェ」って馬鹿にされたし、母ちゃんには「仕返しにしてもやりすぎ」とこっぴどく叱られたけど。

    「お、電気付いてると思ったら。まだやってるのか、偉いもんだな」
    「誰?」
    背後から声をかけられて、俺は後方に視線を移す。そこにはヒョロリと背の高い男が立っていた。この大雨なのに傘を忘れたんだろう、短髪の黒髪からは絶え間なく水滴がぼたぼたと落ちているし、着ている服はピッタリと身体に張り付いていて動きにくそうだ。終わっているはずの道場に俺がまだ残っていることに驚いたのか目を丸くしている。
    「真一郎くん、どうしたの?今帰って来たの?傘忘れたの?」
    それはマイキーの兄である真一郎くんだった。
    慌てて自分のスポーツバッグから持っていたタオルを一枚差し出す。
    「これ、予備のやつ。まだ使ってないから」
    「おぅ、サンキュー。圭介、久しぶり!元気にやってるか」
    真一郎君はタオルを受け取ると頭に被せて雑な手つきで水滴を拭った。スポーツタオル一枚じゃずぶ濡れの全身を拭くには全然足りなかったけど、真一郎くんは「助かったわ」と笑ってくれる。
    「うん。超元気!」
    ぐっと拳を突き上げてみせると真一郎くんはタオルの合間からニカっと歯を見せて笑って、俺の頭を強めに撫でて髪の毛をグシャグシャにする。
    雨に濡れているのにその手は暖かくて、妙に擽ったくてケラケラと笑ってしまっていた。
    「圭介には俺の声が聞こえてるのか?」
    「何急に。聞こえるよ。それが何?」
    真一郎くんの声は、穏やかな響きで言い聞かせるみたいな口調だったから、雨音に邪魔はされていたけど、俺の耳は確実にそれを聞き取っていた。
    「そっか」
    「どうしたの?」
    僅かに項垂れる真一郎くん。スポーツタオルが影になって見えなくなった顔を覗き込むと、「圭介」と短く名前を呼ばれる。
    (ちゃんと見て。今、俺の口動いてるか?)
    「え……?」
    タオルの奥で覗き見た真一郎くんの表情は、口をぎゅっと一文字に引き結んで固く閉ざされている。その状態では何かを発する事が出来るとはとても思えなかった。
    (もしかしてお前、人の考えてる事が分かるのか?)
    逆に黒めがちな瞳で顔を覗き込まれて尋ねられる。瞳の中には俺が映っていて、俺の全てを見透かすみたいだった。でもその間も真一郎君の口は動かない。
    少し前にテレビでやってた腹話術を見てるみたいな違和感。
    「何それ。意味分からんこと言うなぁ、真一郎くんは」
    精一杯、冗談めかして言ってみるけれど、真一郎くんの表情は変わらない。
    (あぁ、やっぱり。聞こえてるんだな)
    それはまるで既に知っていた事を再確認するだけのような言い方で、俺にとっては青天の霹靂。

    マイキーに「場地ってたまに鋭いとこあるよな。たまに」と言われたのは、いつだっただろう。
    わざわざ「たまに」を強調する言い方に、引っかかるものはあったけど、マイキーは人の気持ちを逆撫でする言い方をして揶揄うのが上手いから、敢えて乗らずにおいた。
    丁度、母ちゃんに「もっと周りを見て動きなさい!」と叱られたばかりだった俺はその言葉があまりピンと来なかったってのもある。
    今考えても子供の頃の俺は、どちらかといえば人の気持ちには鈍感な方だったと思う。
    だって、人の気持ちを想像するとか、相手の立場に立って考えるとか。そういうの何か面倒くせぇし。
    「俺なんかより、お前の方が鋭いと思うけどな!」
    「俺は無敵だからな!何でもお見通しだよ!」
    「何だよ、結局お前の自慢のかよ」
    「へへっ。まーな!」
    他愛のない会話が、今更この場に浮かんだ疑惑を色濃くしていた。

    子供心に何かヤバいことになってるんだろうということだけは、いつもはヘラヘラと明るい真一郎くんが神妙な表情をしている事で理解出来た。
    でも、じゃあどうしたらいいのか、なんて到底分かりっこない。
    「真一郎君、俺どうなってんの?どうしたらいいの…?」
    漠然と自分の中に広がっていく不安に押しつぶされそうになる。震える唇で真一郎くんに縋ると「そんな心配そうな顔すんなって」と強気な笑みが返ってきた。
    「今までは周りもガキだらけで気付かれ無かったんだろうな。何とかなるよ。でも、今のうちに心の声に反応しないように練習は必要だろうな」
    「練習?」
    「そう。相手の口の動きを見て、ちゃんと言葉で発してる声か心の声かを見極めてから返事するとかさ」
    「そんなのしなきゃいけねぇの」
    ぶすくれる俺に真一郎くんは宥めるように諭すようにゆっくりと語りかけてくれた。
    「……まだ圭介は子供だから分かんないと思うけど、今しておかないと大変だと思うぞ。俺も練習付き合うからさ。な?」
    「うん……」

    そこから真一郎くんは、道場の一人居残り練習をしている時にふらっと現れては、俺との練習に付き合ってくれた。
    自分のこのよくわかない能力はテレパスという名前らしく、ネッシー並みの眉唾もので世間一般に同じような能力を持っている人はいないらしい。
    真一郎くんとは一緒に手探りで実験めいたこともした。聞こえ方に違いはあるか。いつから聞こえていたのか。いつも聞こえているのか。意識して聞こえないようにする方法はあるのか。
    俺一人だけじゃ思いつかないような事を想定して真一郎くんは丁寧に紐解いてくれた。
    そして分かったことは俺が人の心の声を聞き取ってしまうのは常時ではないということだった。
    「だから、周りに気付かれにくかったし、お前自身も気付かなかったんだな」
    それが分った時、真一郎くんは「気をつける時間が少なくて良かったな」と大きな掌で俺の頭を掴むと左右にグラグラと揺らすみたいにして撫でてくれた。
    下にマイキーやエマがいて、この辺一帯を取り仕切る大きい族の総長もやってた真一郎くんは舎弟に対してもよく頭を撫でていたから、きっと癖みたいなものなんだろう。
    ただ、あまりに雑な手つきだから、そりゃこれじゃ女にはモテねぇな、と子供ながらに思ったものだ。
    真一郎くんとの練習の結果、俺が声を拾ってしまうのは、決まって“雨の日”だという事が分かった。
    すると、それまでなんとなくふんわりと俺の中にあった違和感の正体が形を帯びてと見えてきた。思い返せば、俺はおそらく物心ついた時には既にこの声が聞こえていたのだ。なので、おそらく生まれつき聞こえていたんだろう。
    雨が降ると、何となく周囲が騒がしくなるとは思っていた。
    「傘忘れた、最悪!」だの「外で遊べないな」だのと、みんなの雨を嫌う声が授業中でも構うことなく飛び交っているというのに、いつもは口煩く私語を注意する教師も咎めることは無かった。それどころか「洗濯物干しっぱなしだ」なんて言い始めるから、余程みんな雨が嫌いなんだろうと驚いたこともある。俺も雨は鬱陶しいし、好きにはなれないから、そんなものか、と思っていたけれど、あれは全て心の声だったのか、と合点がいった。
    それに家でも、たまに母ちゃんの小言がいつもよりずっと長い日がある。普段の母ちゃんは俺が悪さをしたら、厳しくビシッと叱るけど、あとはさっぱりとしていて、グチグチと詰るような叱り方はしないのに。
    それが稀に延々と小言が続く日があって、今日母ちゃんは機嫌の悪い日なのかぁ……と俺は針のむしろにいるような気分で辟易としていた。言い返すと面倒だと思って黙っていたのはある意味正解だったのだろう。思えば、あれも全て母ちゃんの心の声だったのだ。子供の俺に分かるように叱った後、母ちゃんは思い悩んでいたのだろう。

    雨の日に人の心の声が聞こえる。
    改めてそう認識した時、誰にも知られちゃいけないんだろうなって事は子供心に分かった。
    真一郎くんの教えてくれる練習の意味も「知られない為に」だったから。彼はいくつかテレパスについて描かれたファンタジーな漫画を持って来て、他人に知られたら起こるかもしれない困った事も教えてくれた。
    誰だって自分の隠している内側を知られるなんていい気はしないだろうし、俺だって勝手に頭の中を覗かれてたら絶対に嫌だから。知られれば変な目で見られる事も理解出来た。俺は自分の能力を親にも幼馴染にも、誰にも言わずに抱えることに決めて、日々を過ごすことにした。

    心の声かどうかの見分け方は、口の動きを見ること。
    それ以外に方法は無かった。
    心の声と普通の声との違いは、注意深く聞けば、心の声の方が僅かにぼわっとエコーのかかったような歪んだ響きがあるけれども、複数人の声が混ざる学校では、とてもじゃないが瞬時に判別して受け答えするなんて真似が出来る訳がなかった。
    特に子供の頃は思った事をすぐに口にするから、心の声と実際言葉にする内容との差異があまり大きくなかったのもあって、俺はしばらく混乱した。
    でも、多分そのおかげでこの稀有な状態を気付かれることなく過ごせていたのだと思う。
    とにかく雨の日は、正面から話しかけられた声にしか反応しない。口が動いているか確認してから返事をする。
    この練習は意識すればするほど、神経をすり減らして疲れ切ってしまって、慣れるまでは雨の日は憂鬱で仕方がなかった。
    それでも一年も経てば少しづつ要領良くこなせるようになって、真一郎くんは「やっぱ子供は飲み込みが早いな」と褒めてくれた。


     「真一郎くんも、俺の事気持ち悪いって思う?」
    真一郎くんの貸してくれた漫画を読みながら尋ねたのは、練習が半年ほど過ぎた頃だ。テレパスをテーマにした漫画は他人に能力を知られるとテレパスは揃って決まり事のように拒絶される。それは親や兄弟でさえも同じだった。むしろ家族の方がテレパスの異質さを受け止めきれずに強く存在を否定する描写が多い。その後受け入れて貰える結末のものは多いけれど、それはあくまで心を通わせたほんの一握りの限られた人で万人ではなかった。
    この受け入れてくれる数少ない理解者が、今の俺にとっては真一郎くんだ。
    雨の日にこの質問を投げかけるのはルール違反な気がして、雲ひとつ無く晴れ渡る日を選んだ。
    「んなこと思わねぇよ。俺はお前が真っ直ぐでいいやつって知ってるからな」
    俺の横でグラビア雑誌を手繰っていた真一郎くんは、顔をあげるとヘラっと気の緩んだ笑みで、手癖のように俺の頭を撫でる。相変わらず力任せでグラグラと揺らされるし、痛い。
    「痛いって。力加減考えろよ、だから真一郎くんが女にモテねぇんだよ」
    「おい、それは冗談でも言うな。昨日フラれたばっかの俺に刺さる」
    「またかよ。連敗記録何処まで延ばすんだよ」
    「ウルセェ。お前にもモテない呪いかけてやる」
    「うげ、最悪」
    一頻り笑い声を青空に響かせていると、ぽつりと独り言のように真一郎くんが言葉を紡ぐ。
    「さっきの話な。俺は気持ち悪いとか思わねぇよ、だから自分を否定するな。お前の能力にはちゃんと意味があるから。いつかお前の大事なものを守るために使えよ。それにもしこの先万次郎が暴走すんの気付いたら止めてやって。アイツのこと守ってやってよ」
    「それは真一郎くんがしろよ。アニキだろ。それにマイキーは俺よりずっと強ぇし」
    「そーだな、アイツ俺より強いもんな」
    「真一郎くんが弱すぎなんだよ」
    「また圭介はそうやって俺を抉る」
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