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    Khr5fIre

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    Khr5fIre

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    まとさん・yukkiiさんによる #SW共通プロット企画 への参加ものです。

    SW共通プロット企画 別れようか、とリアムが言った。

     言葉の意味を理解するのに数秒かかって、飲み込むまで更に数秒。どうしてと問いかける前に、緋色の瞳がうっそりと笑みを浮かべる。
    「理由を聞きたいという顔だね。……うん、ひとことで言えば、ありがた迷惑だったんだ。この世界へ無理矢理に僕を縫い止めた、君の正義感が」
     リアムが、まっすぐに俺を見つめる。燃えるような憎悪を宿したあかい右目が、焔を宿して俺を焼いた。
     ふと、嫌な煙が鼻をつく。いつのまにか足元には、熱と炎が広がっていた。どうして。燃えるものなどなにもないのに。
     リアムはそれらをものともせずに、火柱と煙の向こう側に消えていく。まて、と呼び止めようとして、煙が言葉を絡め取る。
     火傷を覚悟で追いかけても、距離は開いていくばかり。いつしか、リアムの背中は完全に見えなくなった。



     最悪だ。
     いつもと変わらぬベッドの中、今の状況を表すなら、そのひとことで事足りる。
     冗談じゃないほどの夢見の悪さ、だけではない。
     一晩いたベッドに潜っていても感じる悪寒に、二日酔いもかくやというほどの頭痛。ひとつ息を吸えば咳が出るし、干からびた喉に唾液を送り込めばひどく痛む。
     紛うことなき、風邪のフルコースである。
     冬はとうに過ぎたというのに、なんとまあ季節外れなことか。
     水中で目を開けたときのように、視界も聴覚も触覚も、あらゆるものが鈍かった。痛覚だけが鮮明で、こめかみのあたりが不快に脈打つ。
     ぼうっと周りを見回せば、ベッドサイドにリアムがいた。リビングから持ってきたらしき椅子に腰掛け、その手元には分厚い数学書。その姿に、わけもなく安堵する。
     軽く身じろぐと、リアムは目覚めに気がついたらしい。読みかけの本を閉じて、その緋色の瞳でこちらを見つめる。
    「おはよう、よく眠れた?」
    「ん……」
     なにを言うべきか迷って、ほとんど呻き声が出た。まだしんどそうだ、なんて憐れむような言葉が聞こえる。どうやら何もかも筒抜けらしい。
     寝倒した分体力は戻った気はするが、怠いものは怠い。ついでに夢見も悪くて気力がない。張ろうとした虚勢を捨てて、脱力するまま目蓋をおろした。
    「いま、何時だ……?」
    「二時少し過ぎ。悪いけど、お店にはキャンセルの連絡を入れさせてもらったよ」
     店。
     この文脈でそれが示すものは、ひとつしかない。話の速さがいっそおかしくて、喉の奥で少し笑った。腫れた咽頭が、抗議の痛みを訴える。
    「サプライズの意味、ねぇじゃん」
     四月一日、正午。
     この日を狙って、こっそりと予約していたレストランがあった。特別な、けれど実際はなんでもない、今日のための準備だった。
     不可抗力とはいえ、やりきれなさが胸に募る。
    「君の名誉のために言うなら、昨日までは店の特定はしていなかったよ」
     よく分からないフォローがひとつ。つまるところ、計画のアウトラインくらいは把握されていたというわけか。さすがリアム、抜け目がない。
    「寝ている君の調子を見ていたけれど、今日は難しそうだったから。朝のうちに予約票を探させてもらったんだ。勝手な真似をしてごめんね」
     真摯な謝罪。謝る必要などないというのに。
     リアムの行動は、俺が起きてからか寝ているうちかの差でしかなかった。むしろ、もし今から動いたのなら予約時間に間に合わず、店に迷惑をかけていた。至極合理的な先回り。
     やるせなさを飲み込んで、礼を言う。
    「……や、むしろ助かった。悪い」
    「食事なら、治ってから仕切り直せばいいよ。あのお店は繁盛しているみたいだし、行けなくなることは当分なさそうだからね」
     リアムの言う通り、たしかに店がなくなるような心配はないだろう。予約だって、先であればまた取り直せる。
     問題は、今日という日が今日しかないことだけ。
    「そうなんだけどな……」
    「今は気持ちだけ貰っておくから」 
     その言葉に薄く目を開ければ、柔らかく微笑むリアムと目が合った。
     リアムがこの日をどう思っているのか、直接聞いたことはない。これもまた俺の自己満足でしかなかったら、などと、柄にもなく憂いが胸を覆った。体にわだかまる熱が、夢に見た火を思い起こさせる。
    「それより、少し体を起こせるかい? 飲めそうなら、水分をとってほしいんだ」
    「……ん」
     そっと促され、助けられながら体を起こす。高さが変わった頭がくらくらして、しばし俯いて固まった。寝ながら話している分には良かったものの、やはりまだ重症らしい。
    「はい、飲める分だけでいいから」
    「ありがとな」
     目眩が落ち着くのを見計らって、カップが差し出された。室温の水は少しぬるくて、痛む喉を優しく潤す。よくこのままでいられたなと不思議に思うくらい、渇いていたことに気づかされた。
    「いい飲みっぷりだね」
     そう言ってふっと笑うと、リアムは俺の手から空のカップをとる。もう一杯いる? と問われたので、それには首を横に振った。
    「一応スープも作ってあるのだけど、どうかな。無理にとは言わないよ」
    「少しなら。……それはそうと、ちっと用意が良すぎねえ?」
     すべて先回りされていることに笑ってしまう。少なくとも、昨晩寝る前に体調のことを話した記憶はなかったので。
    「大したことはしていないけれど、まあ、昨日から違和感はあったからね」
    「流石なこって」
     用意してくるよ、と立ち上がったリアムを見送る。ドアが閉まった途端に訪れる静寂が、いやな耳鳴りを誘った。
    ーーー別れようか。
     夢で聞いた声がリフレインする。夢は夢。そう分かっていても引きずられるのは、確かな負い目があるからか。
     もとよりリアムは、過剰なほど人の期待に応えようとする男だ。息をするように、望まれる姿を演じてみせる。いま生きてくれていることがそれに当たらないと、どうして言えようか。
    「……あー、くそ」
     ぐしゃっと前髪を握り潰すように、頭を抱える。体が弱ると、思考が引きずられていけない。
     しばらくそのままでいると、リアムが戻って来る気配がした。
    「大丈夫? 頭痛い?」
    「あー……そうじゃねえから、大丈夫」
     夢見が悪くて、と打ち明けるのはなんだか情けない気がして、曖昧に流させてもらう。
    「ならいいけど」
     それ以上追及することもなく、リアムは静かに歩いてきた。その手には一枚のトレー。載せられた二つの深皿からは、やわらかく湯気が立っていた。
    「……チキンスープ?」
    「少しでも栄養をと思ってね」
     トレーごとサイドボードに置きながら、リアムは少し照れくさそうな顔をする。
    「腕にはあまり自信がないけれど、レシピ通りだから大丈夫なはずだよ」
     琥珀色に透き通るスープには、鶏肉やニンジン、それにタマネギと豆が入っていた。具材の種類こそ多いものの量自体は控えめで、みな小さめの一口大なところに気遣いを感じる。
     浮かべられたバゲットは、おそらくリアムが昨日買ってきていたものか。断面は一度天地を返されたものと見え、薄く琥珀色に染まっていた。もう少しスープに浸しておけば、喉の負荷も小さくて済むだろう。
    「さんきゅ、リアム」
     さすがにベッドに零したら困るので、もそもそと動いて端に座る。床におろした脚が寒いなと思っていたら、何も言わないうちにリアムがブランケットを膝に広げてくれた。本当に至れり尽くせりである。
    「自分で食べられそう?」
    「なに、無理っつったら食べさせてくれんの?」
     冗談めかして言えば、リアムは少し笑った。
    「お望みとあらば、なんてね」
     揶揄を含むが、満更でもなさそうな回答。頼めば本気で応えてくれそうな態度だった。さすがにそれは気恥ずかしいので、遠慮させてもらう。
    「悪くねーけど、今回はいいわ。リアムもメシまだなんだろ、自分の食ってくれよ」
     トレーには二つの皿があるので、つまりはそういうことだろう。気にしなくていいのに、とリアムは苦笑したが、それ以上食い下がりもしなかった。
    「それじゃあ、お言葉に甘えて。……あ、熱いかもしれないから、気をつけて」
     そう言って渡された木のスプーンを受け取り、こどもじゃねえんだから、と笑い返す。バゲットはもう少し浸けておくことにして、まずはニンジンを掬った。
     ニンジンはよく味が染みていて、スープは熱すぎず丁度いい。痛む喉さえ通り越せば、あとは優しく胃を温めてくれた。
     飴色のタマネギ、柔らかい鶏肉、三色の豆を順にゆっくり味わってから、いい具合に沈んできたバゲットをスプーンで崩す。たっぷりと水分を含んだパン生地は、口の中でゆるくほどけた。
    「……うまい」
     そうして器の中身を半分ほど減らしたところで、ひと息つきがてら告げる。それを聞いたリアムの口もとが、ふっと緩んだ。
    「それは良かった。無理せず、食べられる分だけでいいからね」
    「ん、分かった」
     一応頷いておいたものの、なんとなく大丈夫そうな予感はあった。なにも食べずに寝た昨晩と比べれば食欲は段違いで、ゆっくりとだが着実に腹に収められている。
     実際、その予感は正しかったらしい。
    「すげー美味かった。ありがとな、リアム」
    「どういたしまして。食欲が戻ったみたいで安心したよ」
     野菜やパンのかけらひとつ残っていない皿を見て、リアムは目を細める。この様子では、昨晩なにも言ってこなかった内から結構な心配をかけていたようだ。
    「……迷惑かけて悪かった。色々助かったわ」
    「体調不良は誰にでもあるから、気にしないで。むしろ、君はこのところ仕事を詰めていただろう? その分もゆっくり休んで」
     リアムの言葉に、裏はない。
     だからこその歯痒さを感じているのはこちらの勝手で、余計なことを言えば無駄な気を使わせることにもなる。出かけた言葉を飲み込んで、かわりに、痛みが気になるフリをして喉に触れた。
    「ねえ、シャーリー」
     ふっと、リアムが困ったような顔をする。その意図を読み取るより先に、言葉が続いた。
    「もしかして君が言いたいのは、予約の件のほうかな」
    「……やっぱ全部お見通しなんじゃねえか」
    「ごめんね、僕も確証がなかったものだから」
     色々なことを見抜いた癖に、よく言ったものだ。それがおかしく思えて、ついつい言葉で混ぜ返す。
    「予約の店まで特定しておいて?」
    「それはそれ」
     じゃれるようなやりとりに、抱えていた緊張が少し緩むのが分かる。なんだか誘導されている気がして腑に落ちないが、それについては深く考えるのをやめた。少しくらいてのひらで転がされたって仕方ないだろう。なにせ、体調がこうなので。
    「でも、確証がなかったのは本当だよ。君がこの日を特別に思ってくれたなんて」
     そう言ったリアムの視線が、窓の外に逃げる。
     四月一日。
     モリアーティ家『次男』の誕生日であり、夜明け前に旧モリアーティ邸が焼け落ちた日。記念日としては、少々曰く付きの日付ではある。
     それでも。
    「……お前が、生き方を決めた日だろ? なら、少しくらい良い時間にしてもいいなと思ったんだよ」
     まあ俺の風邪で台無しにしちまったけど、と付け加えたのはほとんど照れ隠し。それでも散らしきれない頬の熱さは、体温のせいにしておいた。
    「だとしたら、君の目的には添えたんじゃないかな」
    「? それはどういう、」
     リアムが、サイドボードに置かれた深皿に目をやる。とうに空になった器を見る眼差しは、そのまま俺へと向けられた。
    「僕はねシャーリー、どこで何を食べるかより、誰と食べるかの方が重要だと思うんだ」
     もちろん君とレストランに行くのも好きだけどね、と挟みつつ、リアムは続ける。
    「このところお互い忙しかったから、僕はこうして一緒に食べられて、十分に嬉しかったんだけど……どうかな」
     紡がれる言葉に、慰めやフォローの意図は見えない。それどころか、あまりにストレートな言葉だった。押しつけになるのではと悩んでいたのが、馬鹿らしくなるほどの直球。
     やっぱこいつ好きだわ、なんて何度目か分からないことを思えば、さ、とリアムが仕切り直す。
    「食べ終わったのなら、もうひと眠りするといいよ。僕は食器を片してくるから」
     言うや、皿を重ねてまとめるリアム。なにもしなければ離れて行ってしまうだろう態度に、つい、言葉が零れた。
    「……それ、後にしねえ?」
     緋色の瞳がまるくなる。それに笑みが宿り、しまいにリアムは浮かせかけた腰を下ろした。
    「君にしては、随分と可愛らしいおねだりだね」
    「いいだろ別に……」
     幼いこどもでも見るような目を向けられて、少し据わりが悪くなる。けれど目的は達せられたようなので、大人しくベッドに潜ることにした。
     スープのおかげか、ひどい悪寒はだいぶマシになったような気がする。起き抜けとは段違いなことにほっとしながら、そばに座るリアムを見上げた。
    「……治ったら、また予約すっから」
    「それは是非」
     一方的な宣言にも、リアムはほほえみを絶やさない。
    「『お前の誕生日』は改めて祝うから、覚悟しとけよ」
    「……喜んで」
     そんな調子で、ぽつぽつと会話を交わしてゆく。先の約束で安心を得るなんて、我ながら回りくどいとは思う。けれどそのおかげか、はたまた満腹感と温かさによるものか。ゆるやかな眠気が身を包み、返事も曖昧になっていく。
    「どこにも行かないから、安心して眠るといいよ。……おやすみ、シャーリー」
     完全な眠りに落ちる前に耳が拾ったのは、そんな言葉。どこまで分かってたんだ、とは言えず終いだった。

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