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「別にいらないです」
まるでそれが当たり前かのように呟かれた拒絶の言葉。
怒っているわけでも拗ねているわけでもなく、お腹いっぱいになって食べられない時と同じように、ただ本当に「いらない」と。
そんな風に言われたものだから、一瞬思考が追いつかず固まった。
「えーっと…嫌、だった?」
手元の作業にもう意識を移してた目がキョトリとこちらを向く。
まん丸い大きな目に見つめられると言葉が、いや胸が詰まってしまう。
タソガレドキ城下にある忍軍御用達の薬屋に行こうと誘ったのだ。あそこは一般客も利用できるが一見さんお断り。自分たちが紹介さえすれば次から専用の手形で出入りできる。
そう話したらいらないと言われた。
「嫌というわけでは…」
数馬は持っていた薬草の束を端に置き、困惑した表情で言う。
「店には珍しい薬もあるし、俺たちの連れと言えば特別にまけてくれるよ?」
「予算もありますし僕の一存では買えなくて…」
それに、と続けて
「僕は三忍からの特別が欲しいんです」
特別。
数馬の事は好きだし恋人だから三忍とも特別に扱っている。
それとは違うのか。
首を傾げる自分に、口元に拳を当ててうーんと考え込む数馬。
「その、なんて言ったらいいのか…他の人から三忍の特別として見られたい訳じゃなくて」
「三忍が僕の事を想って考えてくれる心が特別なんです」
そう言うと「ちょっと恥ずかしいですね」と照れたように頬を染めた。
敵わない、と思った。
今までなら高価な物を贈ったり良い宿に泊まったり、優越を感じさせるのが恋人を「特別」に扱っている事だった。そうすれば皆喜んだ。
でも数馬は違った。
穴から引っ張り上げる手だったり
道端で見つけた同じ髪色の花だったり
それらが「特別」だと言う。
思えば自分たちも、この子からは既に数えきれない特別を貰っている。
数馬の愛し方は影で生きてきた自分達にはあまりにも眩しくて、思わず目を細めた。
様子がおかしい自分を気遣う声がする。保健委員としてではなく恋人だから。
その事実が嬉しくて嬉しくて飛び上がりそうだ。
手始めに
この小さく愛しい人を両腕で包んでみようか。