交換条件「布地の仕入れ?」
目の前のヴァルシャンが小さく頷いた。続けて、と促せば詳細な情報が伝えられた。
今回の依頼はヴァルシャンからの頼みにしては不可思議な依頼だった。期限に余裕はあるし、相場から考えても報酬は高いし、回数も一度切りでは終わらない。太守からの頼み、とヴァルシャンが話していたが、付き人ならそれくらい他の業者に普段頼んでることは分かるのではないだろうか。真意が読めず、いまいち気が進まない。
「……その単純作業、私じゃなくてもいいんじゃない?」
「いや、どうしてもあなたにと」
「へえ、じゃあ私からも交換条件を出そうかな」
身構えたようにヴァルシャンの瞳が瞬いた。私も笑みを作る。職人だって仕事を選ぶ権利はあるのだ。
交換条件で私はヴァルシャンに街の案内と飲食店の紹介をお願いした。そんな簡単なことなら喜んで、と快諾されたが、これは私にとっては死活問題だ。
胃は強い方だと自負していたがラザハンの食事はあまりにも合わなかった。フルーツか飲み物しか信頼できるものがない生活はあまりにも辛い。
職人として生計を立てているものの私には調理師の才能はなかったため、食事は主に買い置きか外食だ。英雄とは酒場で酒のお供として夕飯を共にすることはあるが、朝や昼を一緒に食べるような関係ではないのだ。
その後、張り切ったらしいヴァルシャンに身の丈に合わない店に連れて行かれたため、かなり気を遣った感想を伝えることになった。
メリードズメイハネのチャイは絶品だ。スパイスの配分が決め手なのか自分で作っても、こうはならない。
ここは、私達の行きつけの店の一つで、何かあるたびにお世話になっていた。
「ヴァルシャンの正体知らなかったあの時、やけに不思議な契約持ちかけてきたことあったの覚えてる? あれ、何だったの」
ヴァルシャンも記憶があったのか、覚えている、と頷いた。
「あれは……あなたとの接点が欲しくて必死に考えたんだ」
「ええーっ、口説き方下手だなあ」
「……仕方ないだろう、まだ若いんだから」
「はいはい、小さな恋人はいつも可愛いよ」
む、と口を尖らせてヴァルシャンがこつりと額を合わせてくる。額を合わせるのは、アウラ流の角を擦り合わせる行為に相当する愛情を示す行為なのだと今では知っている。