誘蛾灯ぱちり、カメラ越しでも美しいあのひとをシャッターにおさめる。もうこれで何枚目だろうか、俺はあのショットと呼ばれている吸血鬼に恋をしていて、彼を隠し撮りしてはその写真を集めているのだ。このためだけに吸血鬼も撮影できるカメラを購入し、長くつらい仕事が終わった後、毎晩のように彼が通る路地裏に潜んでいる。いくら昼間に仕事で苦しいことがあっても、自室に帰り、彼の整った横顔や仲間に見せる優しい笑顔を眺めているとどんな苦痛も忘れられた。隠し撮りなので、その笑顔はこちらを向くことは決してないけれど。これが悪いことなのはわかっている。だがそれでも構わない。可愛らしさの中にも美しさのある、あの姿を眺めていられるだけでいい。あの蒼白い肌に触れてみたいし、端正な肢体を組み敷いて、歪んだ表情を見てみたい。いや、彼に覆い被さられたい。彼になら血の一滴まで吸いつくされても構わないと思うようになっていた。きっと心優しいショットさんですら、こんなストーカー行為を許してはくれないだろう。それでも、忘れることなんてできないくらいには自分は彼に心奪われてしまっていた。
その夜は月明かりが眩しいくらいで、俺はいつものようにカメラを構えて路地裏、建物の陰に潜んでショットさんを待っていた。
彼はいつもこの時間帯にこの路地裏を通り、立ち止まってスマホを眺めたりしている。無防備にぼんやりしている彼をゆっくり撮影できる絶好のタイミングというわけだ。
ふわり、と濃い緑のマントが翻り、ショットさんが通りかかる。
震える手でカメラを構え、ショットさんをシャッターにおさめようとした瞬間、ふっと彼の姿が消えた。
「え」
見逃してしまったのか、と思わず影から身を乗り出した瞬間、すぐ後ろから
「いい夜だな」
優しい声がして、思わずカメラを取り落とした。
「は…え」
ショットさんだ。変身して回り込んだのか、いつの間にか背後に立っていた彼にしっかりと肩を掴まれ、俺は腰を抜かしてしまった。
「わざわざ吸血鬼用のカメラ買ったんだなあ、上手に撮れてるじゃねえか」
ショットさんはカメラを拾い上げて、愛しそうに微笑む。バレてしまった、どうしよう。怖い。警察にでも通報されるんだろうか、そうしたらきっと厳しい家族は激昂するだろうし折檻されてしまう。ああどうしよう怖い怖い怖い。
涙をボロボロ流す俺の頬に、ひんやりとした指が触れる。
「どうして泣くんだ?俺は全然怒ってないぜ…むしろ嬉しいんだ、こんなにも俺のことを想ってくれたんだな」
ショットさんの整った顔が間近に来て、真紅の瞳と目が合う。紅に吸い込まれるように恐怖も何もかも分からなくなっていく。
「お前ずっとつらい中頑張ってるんだな。なあ、そんなつらい毎日は嫌だろう俺と一緒にいるほうがいいよな」
優しい声が、どろりと思考を溶かしていく。
そこで俺の意識は途切れた。
「へー、若い会社員の男が行方不明だってさ。家族が探してるってSNSで流れてきたぜ」
夜のカフェテラスはくつろぐ吸血鬼で賑わっている。
スマホを眺めてくつろいでいたロナルドは、行方不明の家族を探す投稿をちょっと眺めて、まあ興味ねえな、と可愛いマジロ動画を見始めた。
「家出とか…悩みでもあったのかなあ…わっ」
ショットの前に置かれたブラッドジュースを飲もうとしたサテツの手を、ショットの袖の下から飛び出してきた蜘蛛が止めた。
「おい、盗み食いはよくないぜサテツ」
「び、びっくりしたあ…使い魔の蜘蛛、なんかまた増えてない?」
ショットは蜘蛛を手のひらに乗せると、指先でちょいちょいと蜘蛛の頭を撫でてやった。
「ん、いい子だろ?こいつらみんな、俺のこと大好きだからさあ」
蜘蛛はショットの指に縋るように頭を擦り寄せると、再び袖からショットの服の中に隠れていった。
「カメラ越しに見るより、これならいつだって触れてやれるぜ」
ショットは、ロナルドやサテツに聞こえないようそっと独り言をこぼす。
彼に心を奪われると蜘蛛にされてしまう、そんな力がショットにあることを誰も知らない。