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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    【灼カバSS】部長を引き継ぐ決意を固める冬居の話。CP要素なし

     関東大会決勝リーグ第三試合を戦い終えた、残暑厳しい九月のある夕べ。傾きかけた西日にじりじりと焼かれながら、僕たちはふたり家路を辿っていた。最寄り駅から自宅までの十数分、歩き慣れた道を見慣れた横顔と並んで歩く。共に所属する部活動の部長であり隣人でもある、ひとつ年上の幼馴染みだ。改札を出て以降、彼はなにごとか考え込んでいる様子で、こちらの振る話題に生返事しか返さない。三年生にとって最後の公式試合となった今日、帰りの電車内で彼はつとめて明るく振る舞っているように見受けられた。皆と別れて少し気が抜けたのかもしれないな、とその心中をこっそりと思う。普段よりずっと静かな、本日限りの感慨を宿した帰り道は続く。
     遅くもなく速くもない歩調は着実に、帰る場所へ向けて妙な空気ごと僕たちを運ぶ。この横断歩道を渡って次の角を曲がれば、いよいよ我が家は目の前だ。赤信号に足を止めた瞬間、隣から声が掛かった。
    「冬居、大事な話がある」
    「はあ」
    「次の部長にお前を指名しようと思ってる。受けてくれるか」
    「ああ。いいですよ」
    「まあそう言うなって。俺がちゃんと……」
     何かを制するようにかざした手のひらがぴたりと動きを止め、驚きの色に染まった顔がぱっとこちらを向いた。
    「いい、つったのか? 今」
    「言いましたけど。そっちが振ってきたんだから、返事くらいちゃんと聞いてください」
    「てっきり断られるもんだと……」
    「あ、青になった。行きますよ」
     仕草で促すと、呆気に取られたような表情が訝しげなものに変わり、のろのろと半歩後ろをついてくる。二つ返事は彼にとってよほど予想外の事態らしかった。
    「もしかして、駅からずっと切り出すタイミング窺ってたんですか?」
    「タイミングっつーか、どう説得するか考えてたんだが……全部無駄だったか?」
    「そうなりますかね」
     心配して損した、とは声に出さなかった。腑に落ちない感情を露わにする彼は歩みを早め、僕の隣に並ぶ。
    「お前、集団を率いる役割とかやりたがるタイプじゃねーよな」
    「当たり前じゃないですか。絶対向いてないし」
    「……実は憧れてて挑戦してみたかったとか」
    「主将っていうポジションに憧れたことはないですね」
     じゃあ何で、どういう風の吹き回しだよ、などと散々問い詰められるうちに自宅前まで辿り着く。むすっと口を尖らせた彼は、最後に残したカードを切るみたいにぽつりと呟いた。
    「……やりたくねーけど世界組だからしょうがない、ってことかよ」
    「……否定はしませんけど。消極的なだけじゃないから、心配しなくたって大丈夫ですよ」
     スポーツバッグの外ポケットから鍵を取り出しつつ、さっさと門を押して敷地内へ足を踏み入れた。
    「とにかく、説得する手間が省けたんだから山田さんには好都合でしょ。じゃあ、今日はお疲れ様でした」
    「……おう、おつかれ」
     釈然としない気色を帯びた視線を振り切り、玄関ドアをがちゃんと閉める。肺の底からせり上がるような、深い溜め息がひとつ漏れた。面倒臭い絡まれ方をすると知っていれば拒むフリだけでもしてみせたのに——僕が部長を務める覚悟を決めた理由は簡潔に説明できるものではないし、なにより、彼は知らなくていい。


     山田さんが部長を引き継いだ時のことはよく覚えている。引退する当時の部長に名を呼ばれ前に出た彼は、いつもの快活な笑顔に加え、堂々とした態度で新部長就任の挨拶をした。責任ある立場に立つのが当然という、黄金世代の世界組スタメンとしての矜持がその表情には滲み出ていた。いい加減そうなのに不思議と頼もしさを感じさせる佇まいは、三年生の引退にしんみりとしていた場の空気さえ塗り変えてしまう。新しいチームへの期待感が漂い始めるのを、ひしひしと肌で感じた。
     ――そんなムードのなか僕はひとり、動揺を押し隠していたのだった。

     なぜ今まで思い至らなかったのだろう。彼の次に部長を任されるのは、おそらく自分だ。世界選抜の一員としての実績を持ち、三年の引退後はスタメン入りもありうると同級生から囃し立てられている。一番強い選手がチームを率いるのが道理だとしたら、次の代は僕が適任ということになってしまう。性格からして向いているとは思えないし、当然自信など欠片もないのに。
     世界選抜チームに選ばれた当時は、勝ち取った立場に別の責任が伴う時が来るだなんて想像もしていなかった。けれど今までがそうだったように、いつも強引な幼馴染みに「次の部長はお前」と宣言されてしまえば、諦めの境地で従うほかはないのだろう。一年かけて心構えを整えるしかない、と腹に力を入れ、前を向いてみる。でもきっと、来年の引き継ぎ式は彼が作り出したような前向きな空気にはならないんだろうな、とチームの未来をひっそりと憂いた。

     これが約一年前の出来事。それからしばらく後、山田さんの引退宣言を受け止めた結果、将来的にプロを目指すなら部活動の部長くらい通過点のひとつとして僕は割り切れるようになっていた。不安に思うのは変わらないけれど、更なる未来に据えた目的を思えば自然と恐怖は薄らぐものだ。結局、能京高校との試合を機に引退宣言は撤回されるのだが、部長を引き継ぐ意志はとっくに固まっているので予定に変更はない。
     そういうわけで、帰り道での打診は僕にとっては今更な話にすぎず、あっさりと受けてしまったのだ。引退試合の帰りにふさわしい感傷らしきものが掻き消えた原因は、おそらく僕にある。別れ際も強引に切り上げてしまったことを思い出し、ふと小さな後悔がわいた。何年一緒にいても、僕らはなぜか大事なところで噛み合わないのだ。

     スポーツバッグから汚れ物を引っ張り出し、洗濯機へ放り込んでいく。汗を吸って少し重い、背番号七のユニフォームをなんとなしに眺めた。次の公式試合では、僕はきっと背番号一を背負ってコートに立つのだろう。部長の座への憧れだとか、誰より良い番号を背負う優越感や責任だとかへの思いは抱いていない。けれど、「奥武高校の一番」に対する思い入れは、確かにこの胸にあった。

     僕と山田さんは同時にカバディを始めたものの、同じチームでプレーした経験はそう多くなかった。世界選抜の一軍と二軍は練習メニューからはっきりと区別されているためだ。彼が一軍に上がって以降、当然ながら一緒にプレーする機会はがくんと減ってしまっていた。
     そんな中学時代を経て、僕が高校に入学してから彼が引退するまでの、一年半にも満たないこの日々のことを思う。振り返ってしまえばあっという間の、短くてぎゅっと濃い、そしておそらくかけがえのない時間。その終わりを目前にした今、部長を引き継ぐという決意に根差すものが義務感や諦念ではなく、自分自身のエゴにほかならないことを僕は自覚し始めていた。自分にとっては「世界組六番」の山田駿よりも「奥武高校一番」の彼の方がずっと身近で、どうしようもなく特別な存在なのだ。だから彼の背負っていた奥武の一番を他の誰かに渡すくらいなら、自分がもらってやろうと思った——きっと、何よりも強力な御守りになるだろうから。そのエゴに責任や苦労が伴うのなら丸ごと飲み込むしかないのだ、考えるだけで死ぬほど憂鬱だけれど。

     ドラム式洗濯機が回り始めるのを見るともなしに見る。漠然と感じる不安や恐怖、寂しさ、心細さ。絡まり合った感情すべてが、洗濯物と一緒くたになってぐちゃぐちゃに掻き回されるような心地を覚えた。
     三年生の去ったコート上の光景を想像してみる。戦略を捻り出す頭、仲間を鼓舞する声、率先して身を削る背中。それらの代わりを務める自分の姿は、全くもってうまく像を結ばない。焦燥感がひたすらに背中の表面を撫で、季節にそぐわない冷や汗が滲むのを感じた。——こんな時は目の前にある課題から片付けるのが一番と決まっている。シャワーを浴びたら、引き継ぎ式での挨拶を原稿に起こす作業をしようと、そう思い立った。


     ドライヤーのスイッチを切ったちょうどその瞬間、ピンポーン、と呼び鈴が来客を知らせた。鳴らしてすぐココン、とせっかちな二回のノック音。このコンビネーションを使う人物といえば一人しかいない。母も承知しているのだろう、「冬居〜、出て〜」と間延びした声がリビングの方角から響いた。
     ドアを開ければ予想通り、幼馴染みがハーフパンツのポケットに手を突っ込んで立っている。
    「駿君? どうしたの」
     少し気まずそうな顔で頬をかいた彼は、こちらが招き入れる暇もなく勝手知ったる様子で玄関へ上がり込んだ。
    「あー、さっきの続きっつーか……なんか話し足りねー感じがして」
     ——そうだった。こうしてたまに、噛み合う瞬間だって、僕たちには確かにあるのだ。ごちゃごちゃとした感情に引っ張られ強張りかけていた心が、ふっと綻ぶのがわかった。
    「……ん。それじゃあ、手伝ってほしいことがあるんですけど」
     提案すれば、心なしか彼の瞳がきらめいて見えた。その表情へ向けて、自分でも意外なほどの自然さで僕は微笑みを返す。引退試合の帰り道は、日が沈んでもまだまだ続くらしい。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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