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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    付き合ってない冬駿のSSです。4月のはじまりの日の話。⚠️未来捏造注意

    ##冬駿

    トリックスターを欺く日「僕、高校まででカバディ辞めようと思います」
    「……へ?」
     ぱちくりと音がしそうなほど大きな瞬きをひとつ。次いで、ふたつの目がみるみるうちに見開かれていく様を僕は興味深く見つめた。台詞の意味をじわじわと理解し始めたらしい彼——ひとつ年上の幼馴染みは、二の句も告げない衝撃をその顔に露わにした。

     何の変哲もない、春休みのとある一日。朗らかな陽気漂う正午前の出来事だった。
     この春から大学生になる幼馴染みは僕の自室に入り浸り、ゲームをしたり漫画を読んだり代わり映えのしないくつろぎっぷりを謳歌している。特に予定もない日の、なんとなく二人で過ごすいつもの自由時間。お昼ご飯どうしましょうか、そういや腹減ってきたな、うち何か食べるものあったかなあ、なけりゃラーメンでも食いに行こーぜ。他愛もない会話が途切れて訪れるその「間」を狙い、ねえ駿君、とまずは名前を呼んで彼の意識をこちらに引きつける。普段と同じ声色を心掛けながら、あらかじめ用意していた台詞を吐いた。自分でも少し驚くくらい平板な響きが空間に放たれ、広がったのは動揺という名の大きな波紋。

     あんぐりと開かれた口がようやくその形を変え、意味のあるようなないような言葉を繰り出し始める。
    「いや、待てよ、なんでいきなり」
    「なんでって言われても。そう決めたから」
     これまた準備済みの返答を、努めて冷静に口にした。すると彼は一瞬ひどく傷ついたような、手を振り払われた子どもみたいな表情を見せた。とても珍しいその様子に罪悪感をちくりと刺される。けれどすぐさま怒気を孕む色に変わり、彼は反論に転じる。
    「……だってお前! 俺が受ける大学決めたとき」
    「ただの口約束じゃないですか、あんなの」
     まだ記憶に新しい日々のこと。いくつかの大学のパンフレットや公式サイト、そして何よりカバディ部のインカレを始めとする過去成績。それらを資料としてまとめ上げる作業を手伝わされたっけ。ここなら僕の興味ある学科もありますね、そうぽつりと呟いた一校が結果的に彼の進学先となったのだ。考えてみれば口約束ですらない、進路という重大な選択の前ではあまりにも曖昧なやり取りだった。
    「……とにかく、そういうことなんで。説得しても無駄ですから」
     さっと目を逸らし、取り付く島もない態度を取る。彼の気勢が削がれ、みるみるうちにしぼんでいく空気を肌で感じた。
    「んなこと急に言われたってよ……」
     せめて理由くらい、と言い募りたそうな葛藤を見せる彼の、喉から出かかって踏みとどまった台詞が僕には手に取るようにわかる。もう楽しめなくなったのか、上を目指すのに疲れたか、自分の限界を感じたのか——すべてかつての彼に跳ね返ってくる言葉たち。他人に問われたところでどうにもできないと身に沁みて理解しているからこそ、安易に投げ掛けることを良しとしないのだろう。なのに、揺れる瞳はそれでも僕を見据えて、覆す余地を探すみたいに訴えた。
    「……なあ、冬居。だとしても、俺は……」
     長い沈黙に滲むのは、予想を超える必死な色。言葉の先に匂わす懇願にこっそり動揺して、これは潮時だと小さく悟った。強く放たれる感情を無理やり振り切って、よいしょと腰を上げる。
    「……お昼ご飯どうするか、母さんに聞いてきますね」
    「いや待てって、昼メシの話してる場合じゃねーだろ!」
     ドアノブに手を掛け、そっと時刻を確認してから覚悟を決めてネタばらしをする。
    「……駿君、知ってる? 嘘をついていいのは午前中まで、っていう地域もあるらしいんです。エイプリルフールって」
    「あ? いきなり何の話……」
     怪訝そうな顔が、一拍置いてハッとしたものに変わる。ピンと来たらしい彼の視線が、めくりたてのカレンダーと掛け時計とを忙しなく行き来するのを横目で見てから、逃げるように部屋を後にした。

     ——うまくいった、のだろうか。慣れないことはするもんじゃないなと、走る鼓動を宥めるべく心臓の辺りを撫でた。
     彼の心をわざわざかき乱したことを悪いと思わないでもない。しかし昨年僕が思い悩んだ時間とそれに伴う決意を思えば、この数分間なんてずっと安いものだろう。あの日あのとき、「作戦のための嘘」という見え見えの建前で取り繕った彼のプライドを慮り、本心を追及しなかったことを少しくらい有難く思ってほしい。酔狂な風習を口実にしたささやかな意趣返しは、思いのほか効果てきめんだったと見える。
     トントンと軽快な足音とともに階段を降りる途中、「冬居てめえ!」と大きな怒声だけが半開きのドアから僕を追いかけてきた。
    「なあに今の。喧嘩でもした?」
     リビングでくつろぐ母が不思議そうに首を傾げて訊ねる。
    「喧嘩っていうか。ちょっと怒らせちゃったかな」
    「だめじゃないの、仲良くしなきゃ。来年からまた同じ学校行くんでしょ」
     ——でも、たまにはいいかと思って。底意地の悪い本音は、親にはとても言えない。適当に誤魔化しつつ冷蔵庫を開け、母さんはお昼どうするつもりなの、と一応の本題を切り出した。
    「それなんだけど。お寿司食べに行かない? 駿君も一緒に」
    「え、お寿司?」
    「入学祝いにどうかなって。回るやつだけどね」
     駿君に伝えておいてね、じゃあ出掛ける支度するからよろしく、そう言い残してリビングを去る母を見送った。二階へ戻ろうと踵を返し、ほんの一瞬立ち止まる。果たして、部屋で待つ幼馴染みはどんな顔をしているのだろうか——戦々恐々とする思いで階段を上がり始める。大胆な嘘をついてみたもののやはり小心者なのだ、僕という人間は。幼い頃から彼のいいかげんな嘘に騙され振り回され続けてきて、程々に図太くなった自覚はあるけれど。対して彼は、僕を翻弄するばかりで逆に騙されることへの耐性はないらしい。今回の新しい発見だった。——なんとなく、これを機に何かが変わっていく予感がする。交わらない日常を過ごすこれからの一年に向けた、変化への布石を打つような嘘。彼も少しは思いを巡らせるようになればいい——僕の言葉の裏だとか、何に心を傾けているのか、ということに。

     階段を上り切ってそっと覗いたドアの向こうには、腕を組んで仁王立ちする幼馴染みがいた。部屋の中へそろりと足を踏み入れてみる。意外なことにすぐ言葉を浴びせるでもなく、こちらの出方を窺うような雰囲気があった。ただ怒っているだけとは違う、ひどく複雑そうな表情で僕をじっと見る。離れていたわずかな時間のあいだに、色々と考えてくれたのかもしれない。身につまされることでもあっただろうか。
    「……怒ってます?」
    「冬居てめえ……」
     階段で聞いたものと全く同じ台詞を、ずっと小さなボリュームで絞り出す。何を言うべきか迷ってとりあえず吐いてみた、というような暴言だった。
    「……嘘なんだな?」
     押し殺すようにこぼした声を聞いて、効果てきめん過ぎたらしいとやや後悔に襲われる。
    「うん、嘘でした。ごめん」
    「……なら良し」
     この返答の本当のところなんて、夏の大会が終わってみないとわからないのに。燃え尽きてもうこりごりと思う可能性だって無きにしも非ずなのだ。けれどたぶん、僕はきっと——彼と同じコートにまた立ちたい。だから今しがた告げてしまった言葉が嘘へ翻らないよう、まだ走り続けなければならないらしい。腹にぐっと力を入れ、決意を新たにする。
    「ところで、お昼のことですけど」
     入学祝いに行きましょう、と母からの提案をかいつまんで伝えると彼は照れ臭そうに笑った。ふわりと綻んだ空気は、あたたかくて穏やかな春のものだった。
     数日すれば彼は新入生に、僕は新入部員を迎える立場になる。部長を引き継いでからもうそれなりに経ったけれど、新しい経験への恐れはまだまだ僕の足を竦ませる。でも今だけは、未知への恐怖を頭から追い出して新たな門出を互いに祝ってみるのもいいかもしれない。だって今日は、春のはじまりの日なのだから。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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