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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    奥武カバd部の過去捏造話。ワンドロワンライのお題「山田駿」で書いたSSです。大幅な時間オーバーのためタグなし投稿。⚠︎副部長については背番号からの推測です
    2023.7.22 加筆修正済

    鬼の居ぬ間に語らうは まだ夏の残り香漂う十月初旬、ある日の午後のこと。いつもの体育館、身に馴染んだウォームアップメニュー、聞き慣れた音はシューズと床の奏でるもの。そんななかいまだ不慣れに感じるのは、この夏引退した三年生のつくる空白だった。一学年抜けただけで、これほどだだっ広く感じるものなのか——天井の高い空間を見渡して、港はぼんやりと思った。加えて今日は、新しく主将に就任したばかりの山田駿をそのメンバーに欠いていた。各部活のキャプテンが揃う部長会議へ赴いた山田に代わり、副部長の港が場を仕切るイレギュラーな日。そこに居るだけでやかましくもある男を待つ体育館は、やはり普段より静かな印象だ。ウォームアップのダッシュを終えた部員たちの、息を整える呼吸音ばかりが港の耳に届いた。
    「……なあ、ホントに大丈夫だと思うか? あいつ」
     汗を拭いつつ、橋本が沈黙を遮る。「あいつ」とは言わずもがな、ここにいない唯一の部員のことだろう。
    「大丈夫って……山田が部長としてうまくやれんのか、ってこと?」
     橋本の問いに、最初に反応したのは矢島だった。水筒を傾け、ぷはっとひとくち喉を潤してから彼は見解を述べる。
    「俺は心配してないけどなあ。実力的に、あいつより適任がいるとも思えないし」
    「そりゃ俺だってそう思ってるよ。指名した先輩の目に狂いはない。……けど山田って」
    「いい加減なとこもあるし、何より面倒臭がり。だろ?」
     船井が二人の会話に割って入れば、「それな」と指を差して橋本はこう付け足す。
    「あと、突拍子もないこと始めたり、ちゃらんぽらんな奴にしか見えねー時だってある」
     矢島もそこは同意見なようで、苦い笑みを浮かべつつ頷いている。けどさ、と彼はこちらへ視線を寄越して言った。
    「そのへんをカバーするために港がいるんだろ?」
    「お、俺か?」
     突然水を向けられ、少々慌ててしまった。橋本と船井は、山田のいい加減さについてまだ二人で議論を交わしている。漏れ聞こえた会話によれば、船井は春休みに山田に貸した漫画を返してもらえていないらしい。後でこっそり返却を促しておこう、と港は思った。
    「……そうだな。俺にできる仕事はしっかりサポートしていくつもりだ。重要な書類の確認なんかは特にな。……だが駿にしかできないことも、沢山ある。俺は、部長を信じてついていくよ」
     誰の思いも裏切ることのない返答を——そう心掛けたせいか、妙に気恥ずかしい台詞を吐いてしまった気がする。港は咄嗟に手で口を覆い、照れ臭さに歪む表情を誤魔化した。一瞬ぽかんとした矢島は、すぐににっこりと朗らかな笑みを浮かべる。
    「だよな! 先週から始めた守備練習楽しいよ、俺」
     山田が部長の座に就いて以降、毎日の練習メニューはだんだんと変化してきているのだ。基礎練習から細かな戦術に至るまで、部長自らまとめ上げた資料の数々を港は他の部員より一足お先に見せてもらっていた。「俺様がトップになったらやろうと思ってたんだ」と得意気に笑ったあの表情が、港のなかに印象深く残っている。それらの資料の中身を日々の練習に少しずつ落とし込んでいく作業が、近頃の山田にとってもっぱらの楽しみであるらしい。ホワイトボードやノートパソコンを体育館に持ち込んで解説に使用したり、時にはインドに暮らす世界MVPの選手とインターネットを介して交流をすることもある。引退した三年生の代わりに山田がもたらしたのは、新しいこと尽くしの充実した日々だった。
    「……それはまあ、確かに。あいつのおかげでまだまだ上手くなれるって思えるし、毎日やり甲斐があるよ」
     船井が穏やかに笑って、愚痴を言い合っていた隣の橋本をちらりと見る。
    「……俺は山田のカバディへの姿勢は素直に尊敬……してるんだよ、それ以外が信用ならねーだけで」
     頬を掻き、照れ臭そうなしかめ面でこぼした言葉は、本人の前ではけして明かさない本音だろうなと港は思った。橋本の言う通り、いい加減で面倒臭がりな我らがキャプテンは、カバディに対する姿勢だけは一貫して真摯だ。俺はプロになってみせると豪語する男を、同輩の誰も茶化したりしない。しっかりと地に足を着けたまま遥か高みを見つめるその背中に、「もしかしたら」と、望みを託したくなってしまう——山田駿とは、そういう男なのだ。
    「なあ、冬居的にはどうなんだ? 幼馴染みが部長ってのは」
     矢島が話を振ったのは、部員全員の中でもひときわ上背のある一年生である。霞冬居はマットの点検に勤しむ手を止め、二年のいる方へ向き直った。
    「うーん……僕としては、しっくりくる部分の方が大きいですかね。昔から周りを引っ張っていくタイプなので、あの人は」
     上級生から突然意見を求められたにも関わらず、霞は動じることなく淡々と考えを述べた。まだ言い足りないらしく、更に言葉を続ける。
    「自然と人を惹きつけるって言うか、謎に人望があるんですよ。主将向きかどうか、僕にはまだわかりませんけど……」
    「へー、ちっちゃい頃から友達多いタイプだったのか。なるほどなあ」
     気さくに相槌を打つ矢島をよそに、「今こそチャンスなのでは」と、期待するような空気が周囲には立ち込め始めていた。山田の昔話を霞から聞き出そうとして本人に止められる、といった流れをこれまでしばしば繰り返してきたせいだ。会話に参加していない二年も雑用に取り掛かる一年も、こっそり耳をそばだてている気配がある。
    「それこそ小学生の頃なんかは、近所一帯のガキ大将みたいな立場でしたよ」
     霞の一言に堪らずぶはっと吹き出した橋本が、腹を抱えて笑う。
    「山田がガキ大将って! 想像しやすすぎるだろ」
    「ありありと目に浮かぶ……」
    「昔と全然変わってねーのな」
     部員たちが口々に感想を述べ、黙って聞いていた港もつい声を出して笑ってしまった。集団の先頭に立ちたがる性質は子供の頃からのものだったか。小さな姿のキャプテンを想像して、港の口元が自然と緩む。一方、話し手である霞は顎に手を当て、記憶を探るように視線を彷徨わせた。そういえば、と呟いてから彼は人差し指をぴんと立てて見せる。
    「顔が広いせいか、やらかした時に噂が広まるのもすっごく早くて。たとえば小三の時なんか」
    「おつかれーい! お前らのキャプテン様のお帰りだぞー! マジメにやってる、か……」
     ——威勢のいい声がやにわに飛び込んでくる。ぴたりと一瞬、この場の時の流れが止まった。開けっ放しの入り口には、制服姿の山田が突っ立っていた。
    「あ? なんだよこの空気……」
    「……霞、今の続きはラインで頼むわ」
    「了解しました」
     橋本がスピーディに約束を取り付ければ、「あっずるい! 俺も!」と矢島が続く。もちろん港だって話の続きが気になったけれど、立場上悪乗りには加担しづらいのだ。しかしこの分なら噂はすぐに部内を駆け巡るだろうから、ほんの少しの我慢だと港は自分を納得させた。
     いまだ状況を飲み込めていない山田が、周囲をきょろきょろと窺いながら体育館に足を踏み入れる。そんな新部長とすれ違いざまに、「タイミング考えろよな」と憎まれ口を叩いたのは船井だ。ずいぶん理不尽なと港は内心面食らったが、漫画の恨みもろともぶつけたのかもしれないな、とも思った。
    「冬居お前! 何言ったんだよオイ!」
    「まだ何も?」
     涼しい顔でぷいっと部長から目を逸らし、「早く練習始めましょう」と霞はマットの点検へ戻った。あちこちからさざめく笑い声とともに、体育館を和やかな雰囲気が包む。港はただひとり不服そうな我らがキャプテンの肩を叩き、宥めるべく声を掛けた。
    「駿、さっさと着替えてアップして来い。俺らはプリント通りに練習始めとくからさ」
    「あんだよ港まで。紙さえありゃ俺は用無しか?」
    「そんなわけないだろ、教えてもらうことはまだまだ山積みなんだ。時間がもったいない」
    「……ビシバシ指導してやるかんなお前ら……っと、そうだ。練習終わりに部長会議のフィードバックやんぞ、港」
     そう言い残し、山田は更衣室へと駆けて行く。——ほらな、大丈夫だよみんな。面倒な事務仕事だって、部に必要ならあいつはしっかりこなせるさ。誰に聞かせるでもなく、港は心の中で呟く。離れゆく背中は、頼もしい部長のそれに違いなかった。
     この男が中心となって巻き起こす変化を、めまぐるしい進化を共に作る一員でありたい——ここから引退までの一年足らずのあいだに、果たして何が待ち受けているのだろうか。かすかに秋の気配を纏う風が体育館をふわりと吹き抜けて、溜まった暑気を蹴散らすのだった。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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