「まだやってるの、それ。言われた通りジュース持ってきましたけど」
「んー、そこ置いといて」
キッチンから戻った冬居がはあと溜め息をつく。不満げな態度を隠さない男を無視して、俺はスマートフォンから視線を外すことなく集中を保ち続けた。このステージのクリアまで、もうひと踏ん張りだ。
「今どのへんですか」
すぐ真後ろで、ぎしりと畳の沈む気配。背後に感じる存在が、温度が、ざりざりと音を立てながら確実に近づいてくる。それらを必死に意識から追い出して、画面を注視することに努めようとした。
「あ、もうちょっとでおしまいだ」
俺の肩に顎を乗せて冬居がぽそりと呟く。背中にもたれ掛かる重みと体温が、手元をわずかに狂わせた。邪魔すんなバカと文句を吐こうとしたその瞬間、視界の両端からにゅっと腕が現れた。すらりと長い二本の腕に、背後から抱き込まれる。
「あ」
「……ゲームオーバー、ですね。コンティニューしないの?」
「お前なあ! ……構ってほしいなら、素直にそう言え」
「言ったって聞いてくれないくせに。駿君のあまのじゃく、意地っ張り」
言い当てられて言葉に詰まる。仕返しとばかりに、半袖から覗く二の腕にかぶりついてやった。白くて滑らかでいかにも柔らかそうな肌は、見た目よりずっと硬くて力強く、明らかに男のそれだった。そこに残した唾液の光る様に、自分自身で煽られるような心地がした。
「……跡を付けたいなら、もっと強くしないとダメなんじゃないかな。たぶん」
——試してみます? 耳のすぐそばで囁かれた言葉と同時に、グラスの氷がカランと音を立てるのを聞いた。口にする頃にはもう、あの氷は溶けてなくなっているのだろう。薄まったジュースののっぺりした味と、この一瞬先に味わう唇の柔らかさを想像して、舌が甘く疼いた。