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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    奥武幼馴染みのSS
    いただいたリクエスト「期末テスト期間で部活のない日の二人」で書きました。ほぼ山田の独白話。
    ⚠️捏造要素あり

    停滞前線異状ナシ 梅雨真っ盛りの七月初旬。期末テスト前七日間の部活動停止期間は、ようやく折り返しの四日目を迎えていた。
     しとしとと降り続く雨音と、冬居がペンを走らせる音が俺の部屋に響く。カバディを取り上げられ勉強一色となった放課後には、湿気を含む重い空気が滞っていた。
    「……手、止まってますよ。山田さん」
     向かいに座る男が、ノートから視線を外すことなく俺に言葉を寄越す。
    「……テキスト読み込んでるとこなんだよ、今は」
     そう、と静かなひとことが返ってくる。正面にある無表情をちらりと盗み見て、きょう一緒に勉強することにしたのはやっぱり失敗だったかもしれない、と小さく溜め息を吐いた。テスト前恒例の集まりだからといって、今このタイミングでわざわざ二人きりになる必要はなかったんじゃないだろうか。
    「……あの様子だと」
     俺の落ち着かなさを感じ取ったのか、冬居がぽつりと話し掛けてくる。
    「まだ言ってないんですね。おばさんには」
     なにを、とは明言されずともわかる——俺がこの夏でカバディを辞める件を指しているのだと。先ほど一階で顔を合わせた母は、「駿がサボらないようにしっかり見張ってやってね!」と、まったく普段通りのテンションで冬居に接していた。その態度から感じ取るものでもあったのだろう、さすが付き合いが長いだけはある。
    「……大会終わるまでは黙っとく。お前も、母ちゃんにはそのつもりで頼むわ」
    「……ん。了解」
     話の流れでつい、冬居に借りを作ってしまった。ただでさえ晴れない気持ちが更に曇るように感じられて、どうにも居心地が悪い。お互い口にはしないものの、この妙な緊張感の原因は明白だった。テスト休みに突入する前の、最後の部活でのことだ。あの日俺は、冬居ひとりにだけ去就を明かしていたのだった。「これが最後だ」と——この夏が、俺にとって最後の舞台になる、ということを。

     次回の練習まで期間の空くこのタイミングならと、俺なりに考えた上でのことだった。と言っても、こんな報告にベストな時期など存在しないことくらい理解している。少しずつでいい、早めに何かしらの区切りをつけておきたい、そんな俺自身のエゴに冬居を付き合わせただけのことだ。こいつがそれをどう受け取るかなんて、本当の意味では想像できていなかったのかもしれない。もっとわかりやすく悲しんだり怒ったり、想定内の反応をこいつが返してくれていたなら、宥めるなり躱すなりと対応できたはずなのに——当の本人はいまいち読めない表情を貼り付けたまま、この数日俺に接しているのだった。
    「そういえば……進路、もう決めたんですか」
     らしくないポーカーフェイスが、ひとつ踏み込んだ話題を振ってくる。
    「……まだ絞り込んでる段階、だな」
     ふうん、といかにも興味の薄そうな反応を返した冬居が、すっと顔を俯ける。ふたたび問題集に集中し始めたらしい。そっちから聞いておいてその態度はなんだと引っ掛かる部分はあるけれど、突っ込まれても困る話題には違いないからこちらも黙ってやり過ごす。進路に関しては、関東大会が終わるまでに大まかな希望だけでも決めておけば十分だろうと、宙ぶらりんなまま先送りしているのが現状である。思い返してみれば、去年の方が今よりよほど具体性のある進路希望を思い描けていたのだ。その当時の計画は、「最短で日本代表に召集されることを目標に据え、大学日本一を狙えるチームに入る」という至極わかりやすいものだった。それほどの強豪校となれば当然、候補は片手の指で足りる程度しか存在しなかったけれど——どうしてだろう、今はあの頃に比べれば段違いに選択肢が広がったはずなのに。増えたのは数だけで、その彩りはすっかり失われてしまったように思える。だとしても、選ばなければならない時は遠からずやってくるのだ。「大会が終わったら」という言葉に付随するものが、ひとつまたひとつと、近い未来に積み上がっていく。
     俺が悶々と思考を繰り広げるあいだにも、冬居は順調にノートの余白を埋め続けていた。
     この夏を終えて俺がカバディから完全に離れ、受験に追われ始める頃も、こいつは変わらずカバディ部の一員でいるんだよな。——口にするまでもない、当然の未来だ。そこへ意識が及んだ途端、胸の底がいやにざわつくような感覚に襲われた。少なくとももう一年、選手としての日々が冬居には残されている。それはつまり、トータルの競技歴で冬居が俺を上回ってしまうことを意味している、ということだった。よーいドンでスタートを切ったからといって、同時にゴールできるってわけじゃない。そんなこと、競技を始めた当時は考えもしなかった。それに加えて、この程度のことに引っ掛かりを覚える気持ちが俺の中にまだ残っている、という事実も——。とっくに受け入れたはずの諦念が自ずと裏返り、ひた隠しにした対抗心を暴きにかかる。——考えるなよ、俺。たった一年、冬居の方が長くカバディをやるってだけのことだろ。努めて冷静に言い聞かせながら麦茶の入ったグラスを手に取り、勢いよく呷る。すると、冷たい喉越しがモヤつく思考をほんの少しクリアにしてくれた。そうだよ、わかってたはずだろ。こんな風にぐずついた気持ちを含むすべてが、俺の選択の結果に他ならないことくらい。だから、何もかも納得ずくで飲み込む以外にできることなんかないはずなんだ。カバディに関する事柄で俺が冬居に勝てないなんてと、みみっちくこだわりを叫ぶこの対抗心は、もう絶対に表に出したりするもんか。——それに、俺にはまだひとつだけチャンスが残されているのだから。競技年数で冬居に追い抜かれることが決まっているとしても、実績ならこれからでも作ることができる。この夏の大会で、日本一の座を手にするキャプテンになればいい——俺にとって、最初で最後の栄冠を。奥武高校カバディ部の歴史を作った部長として記録に名を残せたなら、それこそ最高にすっぱりと終われるはずだ。星海や英峰の前評判がどれだけ高かろうが関係ない。だって、勝負なんてもんはやってみなけりゃわからないだろ? ——そうだ、やってみないことには、わからない。そんな当たり前のこと、俺はよくよく知っているはずだ。でも、本当に知っているのだとしたら、なぜ——俺はこの舞台から降りようとしている?

     掌に、不快な汗がじわりと滲む。思わず緩めた右手からシャーペンがするりと落下して、ノートの上をころころと転がった。必死に掻き集めてきた「理由」という名の言い訳たちが、指の間からぽろぽろとこぼれ落ちて消えていくような、そんな錯覚をおぼえた。冷たい汗が背筋を伝う。まばたきも忘れて、ふたつの掌を食い入るようにただ見つめる。
    「……山田さん? どうかしましたか」
     届いた声にぱっと顔を上げれば、冬居と正面から視線がぶつかった。数え切れないほど何度も見てきた両目だ——今はそこに、俺の本心を見透かそうとする色が浮かんでいるように思えてならない。その追求から逃れるように、咄嗟に手元へと視線を落とした。拾い上げたシャーペンをぎゅっと握り直す。大丈夫だ、理由はまだこの手の中にある。決断が覆るなんてこと、絶対に起こり得ない。
    「……しばらく集中すっから。話し掛けんなよ」
    「……わかりました」
     淡々とした様子で話すこの男は、今なにを思っているのだろう。まっすぐに尋ねる勇気もないくせに、今だけは気になって仕方がなかった。先の見えない無策の読み合いは、すぐに放棄した。
     ——ああ、こんな風にどん詰まった時こそカバディがしたい。そうすればきっと、少しは気も晴れるのに。体も頭も思いきり動かして、まだ見ぬアイディアが降ってきてくれたならもっと最高だ。目の前がぱっと開けるような、爽快感と万能感を今の俺はただ欲している。——よくわかってるよ、俺だって。こんなのは、本当に辞めたがってる奴の発想じゃない、ってことくらい。矛盾まみれの心中を直視して思わず自嘲が漏れる。もう考えるな、とにかく今はテスト勉強が最優先だろ。欺瞞から目を背け、ついに観念したふりをして、俺はノートに文字を綴り始める。手汗と湿気を吸った紙をシャーペンの先がぎこちなく引っ掻いて、えがいた線はひどく不明瞭だった。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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