夜鶴「見つけた!みつ、ライラ、ライラだ!見つけた!ライラ!」
ヘッドホン越しに聞こえた声に思わず顔を上げると、視界のうんと遠くに誰かが立っているのが見えた。
木々の間に覗く豆粒くらいの大きさの人影は、もう一度大きな声で見つけたと叫び、その後にはガサガサと枯れ草の上を駆けて行く音が響く。記憶の中の、子供たちの喧騒が頭の奥で続いた。
黒衣森は精霊がいる。それでも、自然への畏怖とともに分け入る大人と違い、森の中でかくれんぼをする子供は少なくはないので、声のことは気にも留めず、目線を上へと伸ばした。秋を迎えたこの森には、夏の間の鬱蒼と生い茂った薄暗さから一転、天高く広がる青が、いくらかすっきりとした枝葉の隙間から顔を覗かせていた。拾い集めていた木の実と土まみれの手袋を採取用の鞄に入れ、屈み作業で固まった腰を伸ばすように両腕を挙げていると、今度は先程よりも近くで、見つけたと声がした。
不思議なことに、森に入ってからしばらく、この声以外に人の気配は感じていなかった。思い返せば、かくれんぼをする子供の声も、一度も聞いていない。
ふと湧きあがった警戒心から、音の方向を探ろうとヘッドホンに手を掛けた瞬間、背後からスルリと、誰かの左腕が胴へと回される。驚きから身を固くしていると、ヘッドホンをゆっくりと外されて、冷たい風に晒された耳元に先程の声が吹き込まれた。
「見つけた、ライラ。私。」
首筋に顔をうずめられ、擦り寄られ、深く息を吸われる。恍惚とした吐息混じりに、背後の男は更に言葉を重ねた。
「ライラ、ライラ。あなたを見つけた。たましい、エーテル、見えるから。見つけた。また、ライラ、正解だ。おれも、わかった、嬉しいから。」
ぐりぐりと額を押し当ててくる男の表情も言葉の意味も分からない。うわ言の様に何度もライラ、ライラと繰り返しながらも、胴に回された腕はあくまでそのまま、締め付けられる事もなく、柔らかな拘束でのみその場に留められていた。
湿った息を首筋に感じる。背後の男がおおよそ興奮しきっていることだけが振り向かずとも伝わり、ごくりと喉を鳴らした。森の中には、人の気配は他にない。誰かの介入も望めそうにない状況は、振り返るだけの覚悟を決めるには十分だった。
黒衣森は静謐を湛えている。ヘッドフォンの落ちる音は、濡れた枯れ草が飲み込んだまま、思い出されることもなかった。