舌はちゃんとしまいましょう アンズは絶体絶命のピンチだった。何度となく怖そうな男たちから逃げてきたが、今回は相手が悪かった。
顔に絆されアレコレと気前よく宝石を購入してくれた女が、自分に気がないとわかった途端怒り狂ってヒステリックに騒ぎ立てた。
そこを通りかかったフジさんと呼ばれる男がいつもの如く場を納めてくれたのだが——アンズは今、手首を拘束され床に転がされていた。
「さて、今回で2回目だね。あそこで騒ぎを起こされては困ると伝えたはずだけど」
フジは口元に笑みを浮かべてそう言うが、薄紫の丸いサングラスの奥の瞳は、とても鋭い目つきをしていた。
彼に逆らうと何をされるかわからない、そんな噂がアンズの脳裏をよぎりヒッと情けない声が出る。
「誤解だって!俺は何もしてねーよ!」
「誤解も何も……騒ぎを起こしたのは事実だろ?」
「そーだけど、俺だって被害者だ!」
必死に身振り手振りでアピールしようと思っても、芋虫のように床の上でウゴウゴと動くだけとなってしまう。帽子が落ちてしまったが拾うことすらできない。
「この間はお茶代でチャラにしたけど、今日は君の体で支払ってもらおうかな」
フジがずいっと顔を近づけると、傘の柄についている鈴がチリンと音を立てた。
アンズは恐怖でヒクリと口元を引き攣らせた。
(体って、何するつもりだよ……)
思わず硬直するアンズの体に、フジの腕に抱かれた招き猫が顔に押し付けられる。
「んぶっ!なにすんだよっ」
「なーんてね。冗談だよ、冗談。そんなに怯えないで」
フジが面白そうにフフッと笑って見せるが、アンズはちっとも笑えなかった。
「本当は君に聞きたいことがあったんだ」
フジは目を細めてアンズを観察した。その目に見つめられると有る事無い事を喋ってしまいそうで、目を逸らすと思わずギュッと唇を結んだ。
「……俺はあんたに話すことなんて何もないけど」
「そう。なら話してくれるまで拘束は解かないよ」
抱いていた招き猫をコトンと床に置くと、空いた手でゆったりと頬を撫でられる。アンズはギュッと目を瞑った。
「君は、何を知っているんだ?どこまで関わっている?」
その言葉に、ギクリとしてしまう。咄嗟に言い訳してもこの男には通用しない気がして押し黙る。
「その様子じゃ、やっぱり何か知っているね。教えてくれないかな」
いくら口調を優しくしたって、こんな怪しい男にやすやすと話す義理はなかった。
「意味わかんねー。俺はただ装飾品を売ってるだけだっての」
茶化すようにベーっと舌を突き出すと、その舌をグッと強く引っ張られる。
「!?ひゃめろっ」
「まともに話せない舌ならいらないよね。引っこ抜いてしまおうか」
他人の舌を掴んで飄々と笑っているフジがおそろしい存在のように思えた。
自分の意思では舌を引っ込められず、アンズは口の中に溜まった唾液が口の端と舌先に溢れるのがわかる。
「ぬるぬる滑って掴みづらいな」
掴んでいた舌の表面を撫でるようにフジの指が動いた。その感覚にアンズの背中がぞくりと粟立つ。掴み直そうとするたびに、ゾクゾクっとして、まるで風邪を引いた時のようになってしまう。
「?……ふぁっ……」
アンズは意味がわからず、だが体が勝手にピクリと跳ね上がる。
「ふうん、なるほど」
フジはそう言うと、明確に舌を指先で刺激し始めた。唾液が泡立ち、にゅる、ぐちゅっと卑猥な音を立てながら舌を弄ばれる。
「ひゃ、ぁ……っ」
逃げたいのに逃げられない。他人の指で好き勝手に舌を弄られる経験なんてもちろんなく、アンズはただ鼻息を荒くして悶えた。
さらに口の中にまで指が入り込んで、上顎をさわさわと撫で付けられると、鳥肌が立つような感覚が一層強くなる。
「ん、はぅ……っ……」
「口の中、弄られるの気持ち良いんだ」
そう言われて初めてこれが快感なんだと自覚させられた。好き勝手に口の中を弄られて気持ち良いなんて、それはまるで——。
「変態、だね」
考えていたことをフジに口に出されると、カァッとアンズの顔が熱くなる。
「ふふっ、大丈夫。口の中には神経がたくさんあるから、気持ちよくなるのは普通のことさ」
そういって大胆に指がぬちゃぬちゃと動き、アンズは口の周りがベトベトになるほど唾液が溢れていた。
「んっ、んぐっ、んぅー……っ」
訳がわからず高められ、後少しで達する、というところでずるんっと指が引き抜かれる。
「ふ、ぁっ……ぁ……」
「そんな物欲しそうな顔しないで」
唾液でべとべとになった指で頬を撫で付けられると、それだけでピクッと体が震える。
「ちゃんとお話できたら、続きをしてあげよう」