ときめき課金1瓶目+
竈門炭治郎という人物は、倹約家であると評される。
しかし、そのことについて本人は尻の座りが悪い思いをしている。大家族であり、早くに父を亡くし家計を支える立場のため、自然と質素倹約を心がけていた。
しかし、高校に入ってしばらくしてからは、違う目的のためいっそう倹約するようになった。
そのきっかけは級友である我妻善逸にあった。
ある昼休み「昼ごはんパン一個じゃ足りない……」と腹を空かせていた彼に弁当のおかずを分けてやりながら、「いつもはもっと食べてるだろう、今日はどうしたんだ」と尋ねると。
彼はスマホを見せながら「今このユーチューバーにハマってて、お昼ご飯代課金しちゃった……」と脂下がった顔をした。
「……」
なんと返していいかわからず沈黙する炭治郎に、善逸は、
「いいだろぉ!俺がこの子の事好きで課金してるんだから!そりゃあ弁当のおかず分けてもらって言うのも何だけどさ!この子の可愛い姿を拝ませてもらってありがとうっていう感謝の気持ちの課金なの!無駄金使うなとか、正論言うのはやめろよオォォ!」と高音で叫んだ。
ぜぇはぁと肩で息をし、反論があるなら言ってみろ!とばかりに肩を怒らす彼に、炭治郎は本心からこう言った。
「いいなあぁ……!俺も煉獄先生に課金したい!」
「ん?」
課金。そんな文化があったとは、と目を輝かす炭治郎に毒牙を抜かれた善逸は、「そ、そぅ?……」と嬉しそうな顔をした。
「うん、堂々と感謝の気持ちを伝えられるって羨ましい……。煉獄先生に課金したくてもきっと受け取って貰えないから……」
炭治郎は入学式で一目惚れしてからというもの、ずっと教師である煉獄に片思いしていた。
しかし自分は煉獄からしてみればただの子供、しかも男。とても釣り合うような相手ではない。
それはわかっているけれど、やり場のない彼への想いは日に日に募っていっていた。
善逸のように課金で気持ちが消費できればどんなに良い事か。
それを善逸に伝えると、「すればいいじゃないか、課金」と事もなげに言われた。
「なにも本当に先生へお金が渡さなくても、渡したつもり課金すれば?ちょっとは気が晴れるかもよ」
なるほど。つもり貯金ならぬ、つもり課金か。
それもいいかもしれない、と炭治郎は思った。
その時の二人はちょっとおかしかったのかもしれないが、所詮男子校生なんてそんなものだ。
善逸のすすめもあり、炭治郎はその日から、煉獄にときめく事があったら瓶にお金を入れて課金するようになった。
善逸が言うには、コメントをそえて課金するのも良いと聞き、弟に貰った折り紙にその日ときめいた事などをしたため、ハートや星型に折った折り紙のなかに小銭を包み、大きな瓶へ入れていった。
そうなると、煉獄にときめかない日などないので、毎日課金する羽目になる。
やれ授業中張り切って武将になる姿がかっこよかっただの、やれ珍しく寝癖がついてて可愛かっただの、ときめくネタには事欠かない。お陰で炭治郎は小遣いや家業の手伝いで得たバイト代のほとんどを課金することになった。
しかし、それは悪いことばかりではなかった。節約のため、買い食いは控え、弁当のボリュームを増やす為に節約レシピ、時短レシピの幅が増え、家族に喜ばれた。
働く時間や遊ぶ時間も効率よく捻出するため、タイムマネジメント能力も上がった。
家で勉強する時間を惜しむ代わりに授業に集中し、結果成績も上がり、教師からの覚えもめでたくなった。
風邪などひいて、貴重な煉獄と会える機会を減らさぬよう体調管理も徹底した。
周りからは、炭治郎は努力精進を怠らず弛まぬ努力を続ける勤勉な青年だと印象づいたが、その原動力が課金するためと知るものは善逸だけだった。
しかし、肝心の煉獄との関係といえば、少し目をかけてもらっている生徒に過ぎなかった。
だが、炭治郎はそれで良かった。どうせ告白する勇気などない。せめて煉獄にとって良い生徒だと時々思い出して貰えれば御の字だと思っていた。
そしてそのまま卒業を迎え、炭治郎の手元には大きな瓶が3つ残った。
卒業してから、炭治郎の生活は色を失ったように味気ないものとなった。
金銭的に余裕は出来たのに課金するチャンスがない。
それに加えて、仕事面での悩みも出てきた。
通信制の製菓専門学校を選択したので、日中もパンを焼くことが出来るようになったのだが、急に客が増えるわけではない。もちろん、徐々に売上は伸びているものの店のスペースも変わらないのだから、需要に対して供給過多にならないよう調整しなければならない。
地道に貯金して店舗の拡大を目標にしていたが、あり余るやる気を持て余していた。
そんな時、キメツ学園の理事長から、パンの販売を打診された。
青天の霹靂とはまさにこのこと。販路の拡大をすれば、もっとパンを焼いて販売できる。
なにより煉獄に会うことができる――それは仕事を抜きにしても、炭治郎にとって魅力的な提案だった。
しかし、そうなると移動用の車を用意する必要がある。店舗拡大のための貯金を切り崩せば問題ないが、己の下心が介入する物事に、家族の貯金を使って良いのか炭治郎は悩んだ。
自分の貯金といえば、行き場を失ったときめき課金があるが、なんとなく使いにくい。
しかし頭金くらいなら……いやしかし、ローンを組めば……いややっぱり……と散々悩んだ炭治郎は、1瓶分のお金を取り出すとスクラッチ売り場に赴いた。
中途半端にお金があるから迷うんだ。このお金は煉獄先生に捧げたもの。
己の欲望に使うなんて間違っている。溶かしてしまおう……。
くじ売り場のお姉さんに嫌な顔をされながら、無心で大量のくじを削った。
あとで思い返せば、随分と判断力が低下した行動だったが、それがまさか当たると思わなかった。
呆然としながら当たりくじを渡すと、お姉さんも良かったねと笑顔になってくれた。
こうして手に入れたお金は、車の購入や保険の加入やらでちょうど消えた。
なんだか夢見心地のまま、パンを抱えて炭治郎は学園に舞い戻ることができたのだ。
2瓶目++
こうして炭治郎のときめき課金は再開した。
平日は学校にパンを売りにいけば煉獄に会える。久しぶりにあった煉獄は、「懐かしいなぁ」と破顔しパンを買ってくれた。
在学中は、先生にパンを食べてもらう機会なんてなかったので嬉しくて飛び跳ねた。
それから、俺のパンを気に入ってくれて休みの日に店に顔を出してくれるようになった。
「本当は学校でももっと買いたいんだが、生徒の分まで買い尽くすわけにいかないから」と、店ではご家族の分まで買ってくれる。
そんな言葉をもらった日は、弟からホログラムのキラキラした折り紙を特別に譲ってもらって課金した。
そんな順調な炭治郎のもとに、メガネをかけた胡散臭い男が現れた。
「やあやあ、お久しぶりだね。元気にしてたかい?前田だよ。いや、最近仕事忙しそうじゃない」
朝一で店にやってきた彼は、朝だと言うのに全く爽やかではない笑顔で笑った。
さっぱり彼が誰なのか思い出せなかったが、前田と名乗った男はペラペラと炭治郎と共通の話題を初め、学校の先輩だと言う事を匂わせた。
彼の話では俺の世話をずいぶんと焼いてくれたことになっている。さっぱり思い当たる節はないのだが。
宝くじが当たると親戚が増えると聞いたことがあるが、自分の場合は世話になった先輩が増えるらしい。
そして、前田は最近どうしても手に入れたい株だかビットコインだかがあるらしい。その為資金が必要だ、利益の半分は山分けでいいから投資しないかという前田の話を聞いて、株に詳しくない炭治郎は胡散臭いなぁと思った。店のレジにいた禰󠄀豆子は目を三角に吊り上げて聞いていた。
しかし炭治郎は、これも良い機会かもしれないと思った。便のお金は貯めてはみたものの、自分の為に使うのは気が引けてしまう。ならいっそ馬鹿みたいなことに使ってしまうのもいいだろう。
少し待っていてくださいと前田に言って炭治郎は瓶を持ってきた。手紙の中から小銭を全て取り出して別の瓶に移し替えると、前田にどうぞ使ってくださいと差し出した。前田は驚きながらも瓶をひっしと抱き抱えて離さなかった。禰󠄀豆子の目が益々つりあがったが、さすがにそんなことはしないだろう。
「ありがたくこれは借りるけれど、さっきの小銭を包んでいた紙はなんだったんだ?」
不思議そうな前田に、炭治郎は適当な言葉が浮かばず、感謝の気持ちが湧いた時にその言葉を書いて包んだんですと返した。
「なんだか徳がありそうだ」
そう言って前田が瓶を持って帰って数日後。
株価が跳ね上がったと数倍になった金額を前田が持ってやって来た。前田は、あのお金は本当に徳のあるものだった! きみへの恩は必ず返すと炭治郎への感謝を興奮気味に語り、炭治郎は頭を抱えた。