未定 俺の人生なんでこんなにツイてないんだろう。
苦労して大学入学出来たと思えば、意味のわからん顔面力の派手好き高身長イケメンに面白いとか目をつけられ。
高校からの親友はそのイケメンの友達のこれまた派手な美丈夫に狙われ。
挙げ句、親友は自分の尻が狙われてるのにこれっぽっちも気づかず、着々と現在進行形で外堀を埋められている。
俺くらいは真っ当に彼女を作って正しいキャンパスライフを謳歌しようと思うのに、派手好き筋肉だるまが近くにいるせいで、周りの女の子は面白いくらいそいつに吸い寄せられる。
当然とばかりのそいつの態度にコンプレックスが刺激されて、落ち込んだり怒ったりする俺を見てますます楽しそうな筋肉だるまが腹立たしくて、よそのサークルの飲み会に参加したのが先週の話。
可愛くて積極的な美女といい感じになってトントン拍子に家にお邪魔することになったまではよかった。
ヤバいなこんなにいい事あって夢じゃないよなイヒヒとか思ってたら、彼女の家にコワモテの男がいて。
「俺の女に手ェ出してどう落とし前つけるんだ」とすごまれた。
彼女も、彼氏の顔見た途端「この子がしつこくて家までついてきた」なんてしれっと言うもんだから、あぁ、また俺は女の子に騙されたんだなって悟った。
せめてホントに手を出してたらまだ納得もいくもんだけど、手すら握ってないのに何を落とし前つけたらいいんだ。
多分殴らせるか、金銭を渡せば良いんだろうが痛いのは御免だしそもそもそんな金はない。
その場は自慢の俊足で何とか逃げ帰ったが、相手の男も同じ学校だって言うから、大学に通うのもコソコソと警戒しないといけなくて精神的にも疲労困憊だ。
「もう俺どうしたらいいんだよぉ〜たんじろぉ〜……」
もう八方塞がりだ、と俺は高校からの親友である、炭治郎の膝に涙と鼻水で濡れた顔を埋めて泣いた。
男の膝だけどこの際我慢する。本当は可愛い女の子がいいけど。
ハーフパンツだから剥き出しの肌がべたべたになっているのはちょっと申し訳ないと思ってる。
炭治郎は眉を下げてしょうのない弟を慰めるように頭を優しく撫でてくれる。
厳しい事も言うけれど、頼られると無碍に出来ない優しいやつなんだ。
「善逸、泣いてもしょうがないだろう……相手の男の人にちゃんと話して誤解を解こう」
「やだあぁ〜、あいつ怖いもん!話聞くつもりなんてないんだ……」
ぐずぐずと鼻を啜って、額を炭治郎の太ももに擦り付けた。
みっともないが、ここは炭治郎の一人暮らしのワンルームだ。炭治郎に情け無い所を見られるなんて今更で、取り繕うなんて思い微塵も湧かない。
笑うなら笑え。笑ったら呪ってやる。
「……どうしましょう、煉獄さん……」
炭治郎は弱ったように隣に座った煉獄さんを見やった。
炭治郎の横で胡座を組んで俺の事を見下ろしていた煉獄さんは、炭治郎を狙ってる先輩だ。
というかなんで当たり前みたいに炭治郎の部屋にいるんだ。今夜の9時だぞ。
「ん?そうだなあ。1人で話すのが無理なら宇髄に付き添ってもらったらどうだ?」
溌剌とした声で煉獄さんがそう言うと、「あっ、確かに宇髄さんと一緒なら、女性との揉め事にも慣れてるし力になってくれるんじゃないか?」と、名案だと言わんばかりに炭治郎が賛同した。
「はあぁああぁ!?それ、本気で言ってる!?」
ガバっと顔を上げてそう叫ぶと、炭治郎はびっくりしたように目を見開いた。
「吾妻少年、近所迷惑だぞ」
「それはすいませんねぇ!というかあなたの家みたいにしれっと居ますけど何なんですか!?同棲でもしてるんですか!?」
声のトーンを落としてキッと煉獄さんに詰め寄ると、煉獄さんは表情の読めない笑顔でニコニコしているが、炭治郎は「同棲って、俺と煉獄さんが住んだら同居だろう。遊びに来てくれただけだよ」と呑気に訂正して笑ってた。
ボケが。遊びに来たって頻度じゃないだろ。
ガッツリ煉獄さん自分のルームウェアじゃないか。
なんで風呂上がりなんだよ。
あと、着実に部屋のあちこちに煉獄さんの私物が増えてるんだよ。
この前泊まりに来た時から、高そうなドライヤーとかあるからおかしいと思ってたんだよ。
このまま同棲に持ち込もうとされてんだよ。気づけよ。お前の尻の純潔が風前の灯なんだよ。
炭治郎を睨んでも、何も気づく様子がなくキョトンとしている。
危機管理能力どうなってるんだ。頼りにならないな炭治郎は。俺がなんとかしないと。
ギリギリと奥歯を噛み締めていたら、「宇髄さんが気まずいなら、俺が一緒に話をしに行こうか?」と俺の頭を撫でながら炭治郎がそう提案してきた。
「うそ。めっちゃ頼りになる。炭治郎好き」
がばりと身を起こして炭治郎の手を握ると、「炭治郎が危ない目にあうかもしれないからそれはダメだ」とすかさず煉獄さんから待ったがかかった。
おい。彼氏面か。俺なら危ない目にあってもいいのか。
「でも、このままじゃあ拉致があかないですし……」
炭治郎は困ったようにそう言うが、「炭治郎が危ない目にあうかもしれないのはダメだ」と煉獄さんは頑固親父のように折れない。
「……じゃあ、煉獄さんも一緒にきてくださいよ」
ダメ元でそう言ったけれど、煉獄さんがきてくれたら、こんなに頼りになることはない。
この人、炭治郎さえ関わらなかったら面倒見もいいし、優しい。そして何より強そうだ。
そうだ、筋肉だるまよりよっぽどこの人の方がまともで頼りになる。
道は開けたと目を輝かせたが――。
「俺?」
驚いたような顔をした煉獄さんは、「それは無理だな!」とそれはもうハキハキと俺の望みを打ち砕いた。
「黄色い少年は宇随のお気に入りだからなぁ。宇随を差し置いて俺が割って入ったら拗ねる。あんな大きな男が拗ねたら面倒くさい」だからこの話はお終いだな!と勝手に話を終わらせた。
「ちょっ……お気に入りって!からかって楽しんでるだけでしょう!そんな……助けてくださいよ〜、俺だって可愛い後輩でしょう!」
「可愛い後輩だが、宇随に拗ねられるより君に拗ねられた方がマシだ」はっはっはと豪快に笑い飛ばされて、こんな時まであの筋肉ダルマに邪魔されるのかと目頭が熱くなった。
「ときに黄色い少年、きみはいつ帰るんだ」
挙げ句そう言って俺のことを追い出そうとする。
「……帰りません。俺は今多いに傷ついているんです。こんな時に一人になりたく無い」
俺を帰らせていちゃつこうって魂胆なんだけどそうはいくか。
俺のこと助けてくれない煉獄さんに遠慮なんて必要ない。
炭治郎の尻も守ってやらないといけないし、邪魔してやる。
そもそも俺の方が炭治郎との付き合いは長いんだ、と鼻息荒く帰らない宣言をした。
「あ、じゃあお風呂の用意と布団の用意するな」
甲斐甲斐しく世話をするために立ち上がった炭治郎をよそに、俺と煉獄さんは立ち上がって対峙した。
「俺は炭治郎と付き合い長いし……こう言う時、炭治郎は頼られたいって思ってます」
だからおれは全力で頼る。そう開き直ると、煉獄さんは笑みを崩さず「そうだなぁ。あの子は、友人に頼られて無碍にするような子じゃないよな」とぽつりとこぼした。
どこを見ているのかわからない煉獄さんの笑顔に、背中からぶわりと冷や汗が吹き出す。
「たとえば膝で泣かれたりしても嫌がりもせず、膝を貸してあげるような優しい子だ……」
ピリ、と空気がひりついて、あ、しまったと気がついた。
この人、俺が炭治郎の生膝に顔押し付けてたの嫉妬してたのかも。
「炭治郎の友人だし、きみとは仲良くしたかったんだがな……」
口角を上げて微笑む煉獄さんの端正な顔を見て、俺はひゅっと大きく息を吸い込んだ。
悲鳴を上げなかったことを褒めてもらいたい。
だけど、炭治郎の純潔のためにも、俺が今日一人寂しく過ごさないためにも、ここで折れるわけにはいかない。
男には戦わないといけない時があるんだ。
「炭治郎〜、この家、客布団1組しかないよな〜?俺今日それ借りるな!」
「あ、でもそれいつも煉獄さんが使ってて……」
申し訳なさそうに炭治郎がそう言ったが、さも先輩に遠慮する後輩のように遠慮する。
「家主と先輩を床で寝かせらんないだろ、二人でベッドで寝なよ」
「え、でもそれだと煉獄さんが狭いし、俺と善逸が一緒の方が……」
冗談でもやめろ。俺に嫉妬で狂った男の圧に耐えながら一晩過ごせと言うのか。
「くっついて寝ればいけるだろ!ぴったりと!身を寄せ合えば!」
「黄色い少年もそう言ってるし、そうしよう炭治郎!」
必死な俺に、うきうきと弾んだ声の煉獄さんが畳み掛けると、「え?まぁ煉獄さんがいいならそれで良いですけど……」とようやく炭治郎は納得した。
不思議そうに布団を用意する炭治郎を尻目に、俺は一仕事終えたとばかりに額の汗を拭った。
そんな俺を見て、いい働きだったとばかりに煉獄さんが満足そうに頷いた。
すまん、炭治郎。
親友の純潔よりも命を優先した俺のことを許してくれ。