Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    「ファーストHit♡」

    はじめてのHアンソロジー「ファーストHit♡」
    R指定含むSAMPLEをアップする用です
    @firstH6226

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    2021/11/28発行
    はじめてのえっち♥アンソロジー
    「ファーストHit♡」のSAMPLEです。
    倉御:さかな様

    ##SAMPLE

    【倉御】恋人未満、延長戦 初めてそれを試みたのは、風の生暖かくなってきた春のはじめのことだった。

     引っ越しをしたばかりの部屋は雑然としていて、整理のされていない段ボール箱が隅に積み上げられていた。ベッドとテーブル、それに簡素な棚だけが無造作に置かれている。飾り気のないアパートの一室は、学生らしい清貧さに満ちている。
     ベッドの上に二人はいた。まだ外は明るく、閉じられたカーテンの隙間から強い光が漏れている。明るい日差しから隠れるようにして暗い部屋に閉じこもっているのは、なんだかひどく不健康な気分になる。
     倉持は御幸の頬に触れた。指先が眼鏡の縁に当たる。くすぐったいのか、御幸は僅かに身体を揺らした。薄暗い部屋の中にいるせいで、表情はよく見えない。
     ドクドクと心臓が鳴っていた。顔を傾け、唇を近づける。無意識に息を止めたまま、触れるだけの口づけを交わす。
    「…ふ」
     吐息が漏れる。倉持は、下唇を噛みながら、御幸の顔をちらと見た。
     至近距離のまま、目と目が合う。
    「く、ふは、はは」
     その直後、堪えきれない、というような笑い声が聞こえて、倉持は眉間にしわを寄せた。
    「ごめん、無理、タンマ」
     気の抜けるような言葉とともに、御幸は、だめだ、と小さく呟いた。手のひらで倉持を押し返し、肩を震わせる。くつくつと、喉奥を震わせる笑い声が静かな部屋に響く。
     倉持はなんとも言えない表情でその様子を眺めていた。御幸は、ひとしきり笑ったあと、ごめん、ともう一度呟いた。
    「耐えらんねえ」
    「耐えろ!」
     思わず吠えて、倉持は御幸の肩を殴った。カーテンを閉めておいて良かった、と思う。おそらく、いま、ほんの少し顔が赤くなっている。

     高校を卒業してから一年後の、三月のことだった。
     高校を卒業後、倉持は都内の大学へと進学した。進学とともに入所した大学所有の寮の取り壊しが決定し、一人暮らしを始めることを決めたのが、およそ一ヶ月前のことだ。もとより、破格の賃料と引き換えの不便さを感じていたから、これは良いきっかけであったともいえる。高校の頃から寮生活であったから、団体生活には慣れていたけれど、やはり大学生ともなると、ある程度の自由が欲しくもなる。金銭面の不安はあったが、幸い、学生向けに割安で設定されたアパートを借りることができた。駅からは離れるけれど、自分だけの城ができるのは、なかなかに気持ちの良いものである。
     御幸が倉持の部屋にやってきたのは、引越しの三日後のことだった。当然、部屋は片付いていない。ひとつも余計なものが置かれていないまっさらな床を、御幸は楽しげに眺め、意外と広いな、と笑った。

     倉持が御幸と顔をあわせるのは、およそ二ヶ月ぶりのことだった。以前会った時よりも、また体格が良くなっている気がする。なんとなく面白くなくて、倉持は御幸の頭を叩いた。いて、と、気の抜けた声が漏れる。
     くく、といまだ喉の奥で笑いを噛みしめる御幸を睨みながら、倉持は御幸から少し離れて腰を下ろした。憮然とした顔をするも、御幸に気にとめる様子はない。気づいていないのか、あえて気づかないふりをしているのか。どちらにせよ、たちの悪い男だと思う。



     倉持と御幸は、高校時代の同級生であった。私立青道高校。全国にその名を知られる、高校野球の名門校である。今でこそ盤石の地位を築いてはいるが、数年前までの青道は、名門という肩書きの陰で長く停滞を続け、なかなか結果を残せずにいた。その野球部の主将として、青道の名を再び全国に轟かせた立役者こそが、御幸一也という男だった。
     御幸はドラフトで指名を受け、高校卒業とともに球団所属のプロ選手となった。倉持たちの代でドラフトによるプロ入りを果たしたのは、御幸ただ一人である。客観的に見ても、青道はそれなりにレベルの高いチームであったと思う。その中でも、御幸の野球センスは頭一つ抜けていた。倉持は副主将として、一番近くでその姿を見てきた。だからこそ、その凄さがよくわかる。
     チームを支え、後輩を引っ張っていく立場として、二人は多くの時間を共有してきた。おまけにクラスまで同じであったものだから、本当に四六時中一緒にいたように思う。とはいえ、好き好んで一緒にいたわけではなく、そのほうが何かと都合が良かっただけの話である。険悪だったわけではないが、本当に仲が良いね、というクラスメイトの生温い視線と評価を素直に受け入れる気にもなれない。運命共同体か何かのような持て囃しには、どうにも渋い顔をしてしまう。
     いけ好かなくて、食えなくて、そのわりにどこか抜けているところもある。野球の腕前と飄々とした性格に惑わされ、よく知らない人間からは随分と高く評価されているようだが、案外、普通の男である。それが、倉持から見た御幸一也という男だった。
     よく喋るし、よく笑う。くだらない悪戯を仕掛けたこともあるし、仕掛けられたこともある。先輩にしごかれ、後輩を可愛がり、誰に対しても臆することなくはっきりと意見を言う一方で、人並みに悩むこともある。そういう、ごく普通の男だった。
     友人だと思っていた。言葉にして友情を確かめ合うなんて、寒々しいことをしたことはない。そういう暑苦しい感情のぶつかり合いを好んだのは、倉持と同じ副主将という立場でチームの盛り立て役であった男である。倉持も御幸も、そういった馴れ合いのようなものを苦手とする傾向があった。一緒にいる割に、案外ドライ。それが、二人をよく知る友人からの印象だったようだ。その認識は間違っていない。当事者である倉持自身もそう思っている。けれどその一方で、たしかに、二人の間には一定の信頼があった。踏み込みすぎない距離感が、一番居心地よく、一番自分たちの性に合っていた。それでよかった。それ以上の繋がりなんて、望むつもりすらなかったのだ。
     いつのころからか、倉持は、自分の気持ちに幾ばくか、友情以上の執着が含まれていることに気がついていた。何がきっかけだったのかは覚えていない。そもそも、きっかけなんてないのかもしれない。あまりに長く一緒にいたせいで、感情のスイッチがおかしくなってしまったのだ。いわゆる、思春期特有の勘違い、というやつである。そうだったらいいと、誰よりも、倉持自身が思っていた。
     それを恋だと認めることを、倉持はずっと避けてきた。何が悲しくて、こんな可愛げのカケラもない同級生の男に、ありえないような感情を抱かねばならないのか。教室の端の席で、ぼうっと授業を受ける御幸の後ろ姿を眺めながら、よく考えたものだ。考えながら、随分と視線が厳しいものになってしまっていたらしい。授業終わり、後ろを振り返って目があった御幸に、ヒトゴロシみたいな顔で見んなよ、と茶化されたのを覚えている。
     この気持ちは一体なんなのだろう。わからない。なら、そのままにしておけばいい。そもそも、自分が御幸に何を求めているのかもあまり整理ができていなかった。自然とその姿を目で追ってしまうこと。会話の度に気持ちが弾むこと。細かい変化にすぐに気づいてしまうこと。それらを脳のバグだと強制的に処理してしまえば、とりたてて支障もないはずだと。
     最後まで何も言わないつもりだった。卒業を迎える頃になると、ようやく倉持は、自分の気持ちが恋に近しい感情であると認められるようになっていた。けれど、だからといって、どうするつもりもなかった。どうすることもできなかった。この気持ちをぶつけたら、一体どうなってしまうのだろう。考えても考えても、それが望ましい明日につながるとは到底思えなかった。この心地よい信頼関係を壊してまで、新しい何かを得ようとは思えなかった。よくわからない刹那的な感情に振り回され、すべてを失うくらいなら、何もしないほうがずっとましだ。だから、始めることもなく、終わらせるつもりだった。
     そう、思っていたのに。
     二人の関係性が決定的に変化したのは、卒業式の日のことだった。
     その日も、今日と同じような、生暖かい春の空気に包まれていた。





     卒業式の日、倉持は御幸と久しぶりに顔を合わせた。その日も数ヶ月ぶりの再会だった。プロ入りの決まっていた御幸は、年明け以降、球団の練習やキャンプに参加しており、学校へは来なくなっていた。
     野球部の謝恩会が開かれている教室から、御幸は倉持のことをこっそりと連れ出した。いまになって思えば、よくあのカオスな会場から抜け出せたな、と思う。
     皆が御幸と話したがっていた。特に、後輩のピッチャーは、泣き腫らした目で御幸の制服の裾を掴み、何やら必死にわめいていた。少し前に見たときは、随分と頼もしくなったな、なんて思ったけれど、ああいうところは変わらない。とりわけ、投手と捕手という間柄には、他の選手とはまた違った特別な関係性が築かれるものなのだろう。御幸は、制服がぐちゃぐちゃになる、と文句を言っていたけれど、満更でもなさそうだった。どうせもう、次の日からは着ないのだ。気にする必要もない。

     御幸が倉持に声をかけたのは、随分と時間が経った頃だった。ちょっと付き合えよ。御幸に促されるまま、倉持は教室の外へ出た。想定以上にスムーズな抜け出しだったように思うから、あれは誰かしら協力者がいたのかもしれない。御幸のことも、倉持のことも良く知る、頭が良くて機転の効く協力者が。
     御幸がなぜ自分を連れ出したのか、倉持はよくわかっていなかった。寮に忘れ物をしたから、とか、そんなことを言っていたような気がする。その言葉をまともに信じたわけではなかったが、かといって、それが何の意味を持つのかもわからなかった。悪戯の一種かもしれない、と思った。そういう、どうしようもなくてくだらないやりとりができるのが、自分たちの関係性だった。

    「俺さ、お前のこと好きなんだけど」

     寮に向かう途中、人気のない道を歩きながら、唐突に御幸は言った。言われたことの意味がわからなくて、倉持は立ち止まる。倉持が止まったことに気づいて、御幸も数歩先で立ち止まった。そうして振り返った御幸の顔を、倉持は、今でも良く覚えている。
    「はあ?」
    「いや、はあ、はねえだろ、お前」
     御幸の言葉は、ある意味では尤もらしい抗議であったといえる。好きなんだけど、に対する返答として、はあ?はあまりにも酷い。冷静に考えればそうだ。けれど、倉持は御幸の言葉を額面通りに受け取るわけにはいかなかった。そうするには、あまりにも御幸の顔が勝ち気に溢れすぎていた。まるでここが球場であるかと勘違いしてしまうような、自信に満ちた表情だった。
    「…何たくらんでやがる」
    「何もたくらんでねえし、そのままの意味だよ」
    「そのまま、って」
    「ずっとお前のこと好きだった。気持ち悪いだろうけど、言わせてよ。今日で最後だし」
     倉持は眉間にシワを寄せ、思い切り怪訝な顔をした。咄嗟に浮かんだのは嬉しさよりも困惑だった。早鐘を打ちそうになる心臓を必死に抑えながら、慎重に、御幸の様子を観察した。
     御幸はあまりにも清々しい顔をしていた。嘘も誤魔化しもない、ど真ん中のストレート。確かな重みをもって胸元に投げ込まれたその言葉に、思わず足元がよろめきそうになる。心臓を貫くように真っ直ぐ放たれた台詞のおかげで、倉持は、それを冗談にすることも、気の迷いとして切り捨てることもできなくなってしまった。
     それがリスクを孕んだ言葉であったと、御幸とて気づいていたに違いない。それを伝えたら、何かが変わってしまうかもしれない。大切なものが壊れてしまうかもしれない。もう二度と、今までのような関係には戻れなくなるかもしれないのに。
     どうせ最後なら、洗いざらいぶちまけてしまおうか。倉持とて、そう思わなかったわけではない。それをしなかったのは、まだほんの少し、将来への期待を持っていたからだ。気まずくなって、全てをなくしてしまうよりは、何も変わらなくても、今まで通りの関係を継続した方がずっと良いと、そう思ったからである。
     御幸は、好きだ、と言っておきながら、倉持の返事にはさして興味がないようだった。御幸はすっきりとした顔をしていた。自分の言いたいことだけ言って満足したのだろう。思い悩む様子も、傷ついた様子もない。
     あまりにもあっさりとした御幸の様子に、倉持は拍子抜けして、口をへの字に曲げた。
    「…お前、無駄に思い切りが良いとこあるよな」
     あきれたようにつぶやくと、御幸は一瞬目を丸くした後、気の抜けるような言葉を口にした。
    「えっと、褒められてる?」
    「んなわけねえだろ。自分の言いたいことだけ言い切って勝手に終わりにしようとする、てめぇのエゴの強さに呆れてんだっつうの」
    「はは。ぐうの音も出ねえな」
     笑いながら、御幸はまた、歩き出そうとした。この話はこれで終わり、とでもいうように。なんとまあ、自分勝手な男だろう。まだ、何も始まっても、終わってもないというのに。

     倉持は御幸の背中を見て、これからのことを考えた。ここでこの話を終わらせてしまっても、きっと自分たちの生活に大きな影響はない。同じところを目指していた今までとは異なり、これからは、互いが互いの進むべき道をひたむきに進んでいく。元々淡白で面倒臭がりなところのある男だ。多少の気まずさも相まって、おそらく連絡頻度は激減するだろう。どのみち、プロとしてより一層の高みを目指していく中では、後ろを振り返る暇もないに違いない。倉持には倉持で、新しい生活が待っている。先輩からいろいろ話を聞いているから、大学生活は今から楽しみだ。プロの生活がどんなものかは知らないが、御幸の性格から想像するに、次に顔を合わせるのは数年後になるかもしれない。同窓会かなんかで久しぶりに顔を合わせ、この薄情もん、なんて言いながら、御幸の連絡不精を当てこする。互いの近況を話し、笑いながら足を蹴飛ばしてやれば、きっと、すぐにいつものように、可愛げのない皮肉交じりの言葉が返ってくる。
     そうして、思い出になっていく。いま、自分の中に渦巻くどろりとした感情も、友情以上の執着も、すべて薄れて消え去っていく。真夏の一瞬のきらめきのような、痛みを伴うほどに強く照り付ける日差しのようなこの恋心も、すべて過去の出来事として、モノクロームに塗りつぶされていく。
     それは決して悪くない未来予想図だと思えた。人生というのはきっと、往々にしてそういうものなのだろう。やんちゃな見た目から、一見すると感情的な性格に見られがちだけれど、その実、倉持は非常に冷静で堅実な性質を有していた。だからこそ、今一時のこのよくわからない感情に駆られて、よくわからない未来へと足を進めるほうが、ずっと恐ろしかった。このままここでこの話を終わらせたほうが、ずっと地に足のついた、地続きの未来を歩んでいけるだろうと思えた。
     ああ、けれど。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works