口の中でころころと転がしていたレモン味の飴は、今や口づけで奪われ、彼の口中にあった。不意に、そ、と舌でそれを返される。応酬は続き、舌と舌で飴をやり取りする内に、それは小さくなり、やがて溶けてなくなった。残ったのは、甘い香り。初めてのキスにしては、随分と濃いレモン味だった。

至る所にキスが降ってくる。
目元に、頬に。首筋を伝い、鎖骨を吸って、尖った胸の突起にちゅ、とくちづける。
じん、と染みる痺れに感じ入っていると、掌を持ち上げられ、甲に口唇が触れた。指先を喰み、薄い指間をつと舌先で舐められる。途端、あ、と口を突いた喘ぎに、目の前の男は艶やかに笑った。

「いやあ、絶景絶景」
端に細い三日月を覗かせた赤銅色の満月を背負い、その城は威風堂々たる佇まいでそこに在った。
「百四十年ぶりの天体ショーだってさ」
「けど、こういうところには、集まりますよね」
元々が要塞としての役目を果たしていた建物だ。血生臭い歴史に加えて、今日は大勢の人々の好奇や畏怖すらも折り重なるように集まり──それは呪いとして形を為す。
「おっ、きたね」
土地に染み込んだ、怨み辛みが力を得て、異形として現れる。地面から噴き出した赤黒い血液のような液体は、徐々に硬化し、甲冑の姿へと変化した。
「日本遺産だから、派手にやって壊さないようにねえ」
「そっくりそのまま返しますよ」
「やるのは恵でしょ。僕は見物。絶景の方のね」

双子でありながら決して重ならない自分たちを象徴するように、月は細く鋭く光っていた。
ぴたりと重なっていれば、いや、最初からひとつであったなら、きっとこんな思いをすることはなかった。
自分は影でよかった。しかし、光を持っていた妹は、それを自分に託し、自ら影と成り果てた。ならば、自分は満ち月として生き延びるだけだ。
月はもうすぐ姿を現し、この惨劇を照らすだろう。濡れた瞳に、見上げた欠け月がぼやけた。

「くだらんな」
百何十年か振りに細く欠けるという、赤銅色の満ち月に、呪いの王は吐き捨てた。
自分が顕在した時代には凶兆とされた欠け月も、時が経てば見物となる。そんな不確かなものは無と等しい。
ただ望むは、虐げ、嬲り、屠る、絶対の力。千年、何千年経とうと変わらぬそれが、呪いの王の欲するものだった。

月が紅く欠けていた。
それは何処かで見たような宝石の色を思わせ、ある邪悪の瞳を思い出させた。
完全に喰われることを良しとしない、往生際の悪い細月は、果たして自分か、それとも裡に巣喰う邪悪か。
欠けたままの月を見上げながら、
「全部喰ってやるよ」
始まりの決意を再びその瞳に宿し、少年は独りごちた。